8話 「追跡」
雑魚ばかりだ。
─────数週間が経った。
その間、結人は自分と同じく龍の細胞を取り込んだ───、巷では最近〝龍人〟と呼ばれているらしい者達を狩っては喰らい、狩っては喰らった。
その数はざっと18に及ぶ。
だが、その数字の内に、結人を苦戦させるような相手は一人たりともいなかった。
「どこから潰そうか。」
眩しく煌めく夜の東京をビルの屋上のフェンスから眺めながら、結人は鼻をひくつかせた。
芳しい龍の血の匂いが、車の排気ガスに混じって鼻を突いた。
このしばらくの間に、龍の香りは随分と増えた。·····少なくとも、結人はそう感じていた。
「キーキーキーキーキー!!」
「ちっ」
尻尾を摘んでぶら下げていたネズミが、甲高い声で鳴くのが五月蝿くて、結人はネズミを一口に噛み砕いた。
このネズミもまた、龍の血を持っていた。
龍の血によって殺し合いをするのは、何も人間に限ったことではないらしい。
虫も、魚も、ネズミも、皆一つになろうとしているのだ。
だが、それには妙な事がある。
龍人達は、互いに強烈な殺意を抱くはずなのだが、最近は何故か複数の匂いが行動を共にしている事があるのだ。結人は頭を悩ませた。
だがもう良いのだ、今夜その真相を確かめる。
結人の嗅覚は、同時に移動する二つの龍の匂いをしっかりと嗅ぎ取っている。
片方は若い男で、もう片方は中年·····歳は50に近いだろうか。若い男の方が少しばかり強いが、どちらにせよ脅威を感じる敵ではない。
食べる前に、どのようにして共同行動を取れたのか聞き出すとしよう。夜が空ける頃には疑問は綺麗に解消しているはずだ。
明かりのない屋上から、飛び降りるようにして光の渦へ飛び込む。
この二人を追跡するために、わざわざ住処の横浜から東京へ出てきたのだ、面白い収穫になってくれると良いのだが·····。
街という水槽の中から、なるべく人の少ない所を選んで、加速する。建物と建物に挟まれた路地へ駆け込み、壁に掴みかかる。蹴って、蹴って、俗に言う壁キックで空へ出る。
この先だ。どうやら二人は、普通の人間の群れに混じって歓楽街を歩いているらしい。
しばらく尾行して、人気のない所へ行くのを待つとしよう。
◇◇◇
何が起きているんだろうか。
薄暗いビルの室外機の上で、結人は頭を傾けた。
先程から追跡していた二人の龍人は、歓楽街の大通りを進んでいるのだが、少し進んでは路地へと入り、出てくる。
·····そして必ず、出てきた時には匂いがひとつ増えているのだ。
今、龍人が四人連れ立っている。
どう考えても異常な事態だ。
結人は顎を撫でる。
どうやらこれは、根本的に考え直した方が良さそうだ。
さっきまでは、あの二人の龍人が特別なのだと思っていた。俺の知らない何かしらの方法で、龍の細胞の本能を解除しているのだと。
だが違ったようだ。
50代に近い中年の龍人を先頭に、数を増やしながら歓楽街を進む彼らには、明らかに〝群れ〟としての統率がある。
はっきりとした集団だ。
薄手の黒のパーカーを、夜のビル風がめくる。
四人の龍人達は、どうやらどこかへ向かっているらしい。アジトへ向かっているなら好都合、そうでないとしても、何かしらが掴めるはずだ。
予定を変更して、結人はゆっくりと四人の後を追うことにした。ジーンズのポケットに手を入れて、路地から通りへ抜ける。
男、女、日本人、外国人、大きいの、小さいの·····。
雑多な人間がごった返す東京の大通りに、結人の身体はスっと溶け込んだ。
「狩りの時間だ」
結人はワクワクと胸を弾ませて、嗅覚へ意識を傾けた。
しばらく群れを追いかけて行くと、やがて一行は大通りを離れて、街灯の少ない住宅街まで足を進めた。
人通りは、一転して少ない。
結人は最大限の警戒を払って、四人の姿を捕捉した。
やはり結人の嗅覚通り、一人は50に近い小太りの男、会社勤めだろうか、スーツとカバンを手にして歩いている。
その横に、やはり予想通りの若い男、こちらもサラリーマンのような風貌だ。新入社員という程ではないが、肉の匂いからして30はいっていないかもしれない。
他の二人は、意外な事に女性だった。
結人自身も、女性の龍人と何度か交戦したが、龍人の総数から見ると女性は少数派だと思っていたが·····。
一人は金髪の高校生だろうか、大学生かもしれないが、とにかく若い·····まず10代だろう。もう片方は、大人しい雰囲気の会社員の様な格好をしている。
この四人組は少々難があると言わざるおえない。龍人関係なく、人の目は引くだろう。
だが、人々は結人の思っているほど注意深く無かったようだ。誰一人としてこの集団に警戒を抱く者はいなかった。
·····まぁそんなものか。
これから飲みに行くとも思われないし、かといって共に家へ帰る団体ともとても思えないのだが、赤の他人にはどうでも良い事なのだろう。
数十メートル離れた、人寂しい交差点の電柱に寄りかかって、結人は不思議な四人の集団を注視する。
やがて四人は辺りに人の気配が無いことを確認すると、道の真ん中でしゃがんで輪になって、何やら地面を弄り出した。
やがて重い金属を引き摺る音と共に、地面が取り外される。
どうやら奴らは、マンホールを開けたようだ。
結人の見ている先で、この集団は一人また一人と、地面にポッカリと空いた穴の中へ姿を消した。