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りゅう、夜風を呑む。  作者: 鰹会
りゅう、夜空に堕ちる
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1話 「壊れて、空を見た」



 限界を迎える。

野太い叫び声が、頭の中を駆け巡る。集団パニックを起こした大勢の人間が逃げ惑うかのようなその足音に、耐えられるはずもなく、言葉にならない怒鳴り声は口から放出された。


「──── ──」


 いつからだろうか、綻びを隠し、手で必死に塞ぎ、何も変わらないように努めるようになったのは。

 なにも、傷も、致命的な欠損でさえも、まるで存在しないかのように覆って、塗り込めて·····。


 〝人〟というものに、なんの親近感も感じなくなって。何も楽しくもないまま、無作為に命を消費し続けるのは·····。


 なぜなんだろうか。


 思考が、正体のわからない雑念の霧に覆われて、動きを止める。

体は、少し動かしただけで簡単に疲弊する。


 日常に嫌気がさして、捨てて、壊れて。


·····壊れた。壊れたのかもしれない。

何もかもを呪い、危機感を失い、塞ぎ込んで·····。でも、周りは止まってくれなくて。


 高校生は、三年間しかない。

そして、その三年間は、狂ってしまった心を癒すにはあまりにも短い時間だ。


 長月(ながつき) 結人(ゆうと)は、すっかり使わなくなった学習机の上にうずくまって、忙しなく動く目を開きながら、白髪の目立つ頭を手で抱えた。


 なんで、なんでなんでなんで。


 頭の中には、ありとあらゆる呪詛と、負の怨念と、正体の見えない雑音が渦を巻く。


 私立高校を成績不良で退学して二年、結人は劣化した。

何故かは分からない。大切な人が死んだわけでも、失恋したわけでも、虐めを受けたわけでもない。


 結人は時々、自分が鬱病ではないかと、ほとんど確信に近い考えを抱く。それを親に告げたこともある。

 だが、病院に行った事は無い。


 そのせいなのか、それとも脳炎でも患っているのか、はたまた若年認知症なのか。


 ───ここ一年。結人は、自分の頭が酷く混乱していることに気が付いていた。


 冗談でもなく、今日の日付は分からない。当然、今日行く塾の教科も分からない。母が書いたメモが無ければ、結人は今日、塾がある事すら考えない。


 すべてがどうでもいいのだ。本当に。

なにもかもがくだらない。


 転校先の学校も、結人はだんだん行かなくなった。


 人の目が気になった。

落ち着きがなくなった、口調が固くなった。喋らなくなった、笑わなくなった。····孤独になった。


 馬鹿と話すより、スマホを弄ってる方が百倍楽しい。

それは事実であり、同時にどうしようもない言い訳でもあった。


 小さな事に、追い詰められるほど落ち込んだ。

些細な失敗に絶望した。自分には未来なんてないと思い詰めた。


 でも危機感は微塵も感じなかった。今日の予定も、転校したの学校のセラピーじみた宿題も、大学受験も、ずっと先の自分の将来の事も·····。


 何もかもが、ただひたすらにどうでもよかった。

焦りも恐怖も楽しみも、なかった。心にはただ、「めんどくさい」という感情だけがなんとか呼吸を続けていた。


 自分という存在が、把握出来ない。

だから結人は気にしなかった。頭の悪い連中も、鬱陶しい家族も、みんな、目玉をくり抜かれて死んでくれればいい。


 ·····もしもそれで、俺が落ち着けるのならば。


別に憎い訳では無い。邪魔な通行人も、騒がしい馬鹿も、両親も·····。ただ、めんどくさいだけだ。うるさくて、煩わしくて、消えて欲しいと願うだけだ。



 「·····」


喉を傷め、どん底まで惨めな気持ちを味わい尽くして、結人は、カーテンを少し開いた。


 サー、という雨の柔らかい音と、湿った心地よい匂いが、荒んだ心を少しだけ鎮める。

 網戸からは、すっかり陽の落ちた世界が、水に濡れながらただただ広がっていた。


 結人は夜の空気が大好きになった。


夜は人がいない。


 静かだからとか、涼しいからだとか、そういう事ではない。もっと本質的な部分で、結人は夜が好きだった。


 二度三度、鼻いっぱいに、冷えた空気を吸い込んだ。

その時、結人はただ存在しているだけだった。何をするでもなく、ただ立っていた。そして夜は·····夜の空気は、それを許した。


 だから、ベランダも、向かいのマンションも、下の道路も、自分の〝発作〟で散らかりに散らかった部屋も、全て結人には関係の無い物になった。



 素足が冷えてきた。


結人は小さく一歩、後ろに踏み出した。カーテンはカサリと音を立てる。夜の匂いが遠ざかった。


 ゆっくりと閉じていくカーテンの隙間から、なにか空に光るものが見えた気がして、結人は動きを止めた。



 「·····?」


何故か分からないのに、ほんのちょっぴり胸が高鳴る。非日常は、日常を壊してくれる唯一の救いだ。そしてそれこそが、結人が求めて止まない救世主であった。


 カーテンを再びまくると、光は幻ではなく確かに空に蠢いていた。消え入りそうな程遠くで、ピカピカと真っ白な光が飛び回っている。


 上空で、目まぐるしく回る二本の光は、まるで発光する二頭の龍が戦っているようだ。


 結人の心臓が、肋骨を叩く。


 いや、あれは·····。

龍の()()ではない·····()だ。


 龍が空を飛んでいる。

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