バスケ部のマネージャー
授業が終わるとまっすぐ家に帰った。今日は予備校もないので、比較的時間にゆとりがある。今日の授業の復習も終わり、パソコンでネットサーフィンをしながら時間を潰した。ニュースを一通り見終わるとやることもなくなったので、村上があそこまで熱狂するバスケットボールについて調べてみることにした。
バスケットボールは5対5で行う球技で、地上から高さ3.05メートルの高さに設置されているリングの中にボールを入れて点数を競い合う種目。得点には1点、2点、3点があり、それらの合計で勝敗を決める。日本は世界レベルではトップクラスとまではいえないもののアジアレベルでは強豪国として位置づけられている。現在日本でもプロのリーグが運営されており、ますますのレベルアップが期待されているスポーツである。
一通り調べてみたが、あまり興味を抱く内容ではなかった。生来本格的に運動をしたことのない自分にとってはスポーツに関心を寄せることなど考えられなかった。スポーツよりもむしろ家でテレビゲームをしたり、パソコンで何かを制作しているほうがよっぽど好きだった。なぜ村上はそこまでバスケに入れ込むのだろうか、俺は首を横に振りながらパソコンの電源を切り、再び勉強を始めた。
西東京高校に入学してから一週間が経過した。ほとんどのクラスメイトとも話すようになり、程よい感じで学校生活、受験勉強ともにこなせていることに満足を感じていた。
昼休みになった。俺は、購買でパンを三つ買い、屋上へ向かった。ぽかぽかした日差しの下、屋上でパンを食べながら読書をすることが俺の心をリフレッシュさせてくれて、日課となりつつある。
「江藤君」
「はい?」見上げると、目の前に上杉が立っていた。
「あ、こんにちは」俺は軽く挨拶をした。
「昼休みはいつもここに来るの?」
「晴れた日はこうして本でも読もうかなって」
「へぇ、私も今日は天気がいいからここで雑誌でも読もうかと思って」そう言って上杉は雑誌を俺に見せた。バスケットボールの雑誌だった。
「バスケ?」
「うん。毎月買っているんだ」
「あ、そういえば、この間、結局俺が帰るまでに村上は来なかったよ」
「そうみたいだね。村上君に聞いた」
「あ、聞いてた?」
「うん」上杉は笑顔で答えた。
「ねぇ、江藤君」
「何?」
「江藤君は何か部活に入ったの?」
「いや、俺は予備校に通っているから部活には入っていないんだ」
「えー・・・もったいないよ」上杉はすごく残念そうな声を出した。
「だって俺本格的に運動なんかしたことないし、今更始めてもたかが知れてるし」俺は必死に弁明した。
「でも、せっかくそんなに身長も高いんだし、バスケとかしたら結構活躍しそうだけどなぁ・・・」
「それ村上にも言われた・・・」こいつも同じことを言うのかと思い、一瞬落胆した。
「うん、もったいないよ。それだけいい体格してるんだからやったほうがいいよ」上杉はそう言いながら俺の肩や腕を触りだした。
「でも、俺がバスケ始めたって上杉さんには関係ないでしょ?」
「それがあるんだよなぁ・・・」と上杉は、右手の人差し指を俺の目の前に出して横に振った。いささか古臭かったその仕草が可愛らしく思えた。
「何で?」
「だって私男子バスケ部のマネージャーになったから」
「えっ!」俺の声は驚きで少し上ずってしまった。
「ははは。何その声?」上杉は口を手で覆いながら笑った。
「いや、この学校で部活に入る人なんてそんなに多くないし、ましてマネージャーだなんて聞いたら、そりゃあ驚くよ」上杉に指摘されたことを必死にごまかそうと冷静に努めて言った。
「江藤君、声が少し上ずったままだよ」
・・・・・・言い訳は失敗に終わった。
「あ、そうだ。江藤君ってかなり背が高いけど、何センチあるの?」
「中三の時に測った時は193センチあったけど、はっきりとは分からないな」
「へぇー、高いなー」上杉は感心しながら俺をじろじろと見た。
「江藤君はバスケに興味ないの?」
「俺、バスケなんて学校の体育でやったくらいだし、全然シュートも入らないから興味ないかな」
「えーーー?もったいないな。そんなに背が高いのに・・・バスケやったら絶対活躍できそうなのに・・・」上杉は残念そうに言った。
「あ、それ村上にも言われた」何で同じ台詞を二回も言わないといけないんだ、俺は軽い怒りを覚えた。
「でしょ?村上君が言うなら間違いないと思うよ」
「でも、俺、予備校にも通っているし、とても部活なんてしてる時間ないから」
「えー、もう予備校に通ってるの?」上杉は不思議そうに聞いた。
「うん。俺、東大に行きたいから今から始めないと駄目だと思うからね」俺は上杉から視線を逸らして言った。自分の気持ちを正直に告白しただけだったが、何となく顔を見ることができなかった。
「あ、そういえば、島谷ってバスケうまいの?」話を逸らすために対して興味もないことを聞いた。
「江藤君、島谷君のこと知ってるの?」
「同じ中学校だったんだ」
「そうなんだ。島谷君は・・・そうだなぁ・・・」上杉は言葉に詰まっていた。島谷はあまりバスケが上手くないことを悟った。
「うーん、体力がすごくありそうだからトランジションゲームにはいいかも」
専門用語の意味がよくわからなかったが、島谷はバスケがあまり上手くないんだということを確信した。
「そうだ!」上杉は急に大きな声を出した。
「江藤君、予備校は何曜日に通ってるの?」
「え?火曜日と金曜日だけど」
「だったら部活できるよー」上杉はさっきまでの俺の話がなかったかのように言った。
「ダメだよ。部活をやっていたら勉強が遅れるよ」俺は念を押すように言った。
「だから、もし部活をやってみて勉強が遅れたり、バスケが好きになれなかったらすぐにやめていいから、まずは案ずるより産むがやすしってことで。レッツプレーバスケボーだよ」上杉がその表現とは裏腹に真剣な眼差しで懇願をしてきた。
「・・・・・」俺は言葉が出なかった。
「少し考えさせて」ばつが悪くなったので、俺は屋上での読書を中止して、教室に戻った。