肩すかし
授業二日目―今日も雨が降っていた。道路には、たった一週間前には見事な花を咲かせていた桜の花びらが散乱していて少し景観が悪い。早く雨が止んで、ぽかぽかしたのどかな日々を迎えたいものである。今日は、昨日よりも遅く学校に到着した。教室に入ると、クラスメイト(まだ、ほとんどの人の名前を覚えていないので、こう表現している)たちは、昨日以上に大きな声で話をしていた。一日でだいぶ打ち解けたらしい。俺は、クラスの輪に入るという点では少し出遅れたようだ。昨日は結局、村上としか話をしていない。まぁ、勉強に集中しやすくなったと考えればむしろいいのかもしれない。必要最低限のやつとだけ付き合えば余計なことにも関わらなくて済みそうだし、四、五人と仲良くなれれば十分だろう。
チャイムが鳴り、池永先生が教室に入ってきた。今日の一時間目は現代文である。池永先生は軽く一礼をして、
「皆さん、授業の前にお渡しするものがあります。」と言い、印刷物の束を軽く机に打ちつけながら整えた。
「今から配るものは、皆さんの入学試験のときの成績表です。普通の学校ですと、こういったものは配布しませんが、皆さんの中には今から大学受験を意識している人もいると思うので、西東京高校では毎年生徒たちに入試の成績を配布しています。今後の参考にしてください。」池永先生がそう話すと、クラス中にどよめいた声が響いた。
「青木君・・・安西君・・・」
池永先生が次々と成績表を配りだす。俺も成績表を受け取り、それを見た。成績は、学年全体で三十五番だった。一年の生徒数が百五十四人なので、上のほうではあったが、少し落胆した。俺より上に後三十四人もいる。やはり難関校のレベルは高い。改めて身が引き締まる思いをした。
授業が終わり、村上が俺のところへ来た。
「うっす。江藤君、何番だった?」
「え、あまり言いたくないんだけど。」そう言って村上を牽制した。
「ははーん、さては、昨日俺にあんな高らかなことを宣言しておいてあまり成績がよくなかったんだろ?」村上は、にやつきながら俺の顔を覗いた。
「別にそんなに悪くはないけど、何でお前におしえなければならないんだよ?」俺は、全面に不快感を押し出した。
「わかった。じゃあ、俺の成績もおしえるからおしえてくれよ。」そう言って村上は自分の机に戻り、成績表を持ってきた。
「ほれ。俺の成績表だよ。」そう言って村上は俺に成績表を差し出した。
「じゃあ、お前のも見せてくれよ。」そう言って村上は右手を伸ばした。
「わかったよ・・・」そう言って俺は村上に渋々成績表を渡した。
どうせこのバスケ馬鹿には勝っているだろう、そういう算段のもと、俺は村上に成績表を渡した。
「じゃあ、『せーの』で見ようぜ。」そう言って、村上は俺の成績表を取った。
「せーの・・・」
掛け声と共に、俺は村上の成績表を見た。
俺は一瞬自分の目を疑った。俺の目に映ったものは、順位の記載欄に四という数字が書かれたものだった。俺は、少なからずショックを受けた。
「なーんだ、俺より悪かったのか。」村上は少し残念そうに言いながら、俺に成績表を返した。
「お前・・・凄いな。」俺の声は少し上擦っていた。
「なーに、たまたま勘が冴えただけだよ。」村上はそう言いながら、俺から自分の成績表を取った。
「で、江藤君、バスケはやる気になったかい?」
「え、バスケ?」
「そう。バスケ。」
「それは昨日断っただろ?」俺は不快そうに答えた。
「あ、そうなの?考え直したりしなかったの?」村上は、少しとぼけた感じで、俺に言った。
「断っただろ!」俺は語気を強めて言った。
「あ、そういえば、昨日の放課後に上杉っていう女子がお前いないかって教室に来たぞ。」
「え、上杉が?」
「あぁ。て、いうか彼女は何者?」俺は、素っ気無く尋ねた。
「あいつはなぁ・・・」
「あぁ。」
「あいつはなぁ・・・」
「あぁ。」
「あいつは・・・実は・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「秘密だ。」そう言って村上は俺の席から離れていった。俺は、肩すかしをくらってしまった。