4-02 悪役令嬢を追放しようとしたが、一緒に魔王討伐RTAをすることになった(強制)
全てに置いて私は万能であると自認するレイス・アーホルド
彼には2つの記憶がある。
前世の記憶と今世で培った記憶。
彼はその両方を使い、幼馴染である悪役令嬢を今宵断罪し追放しようとしていた。
禁忌である妖錬術を使って。
「天才って言われたから必死に妖錬術なんて覚えたのに禁術とか知らねぇよォ!」
裁いたのは良かったのに、レイスも一緒に牢獄行き。
しかも令嬢の事情を聞いていると、主犯は別にいるし。証拠隠滅のため殺されると言い出す始末。追放してしまった負い目のあるレイスはアドリエンヌ嬢の誘いにのってしまうことに。
「でね、私は愛を貰いたけど。死にたくないの。だから刺客や魔王軍。場合によっては勇者様をやっつけてね?」
「暴君かよ」
そうして2人が織り成すは脱走劇。恩赦を貰うため、勇者よりもどんな勢力よりも早く魔王を倒す旅が始まった。
人を裁くのは至上の快楽だ。
パーティ会場にて告発の為、二人の男女が向かい合っていた。片方、白髪の男が声を張る。
「彼女、アドリエンヌ・グリコッティ公爵令嬢の追放を進言いたします」
ホス王国の会場で響く声に、周りの人々は固唾を飲む。
現在、この男によりパーティ会場が令嬢の裁判場に変貌し数時間。
有名な勇者の婚約者が大罪を犯していた証拠が出揃い、王が直々に判決を下すのを待つのみとなっていた。
「アドリエンヌ嬢、俺としては大っ変心苦しい。だが……」
「はい、大丈夫です。何もかも受け入れております」
男の正面に立つ、アドリエンヌと呼ばれた女性は疑いの目を向けられているにも関わらず、顔色一つ変えようとしない。美しく堂々とした姿を崩す様子が一切見られないが、手元が微かに震えるた。
白髪の男は口角をあげる。王国で誰もが天才だと褒め称える男レイス・アーホルドは
(えひひっ。前世の知識があれば犯罪の証拠を掴むのチョロすぎる。すまんなアドリエンヌさん。正義に従ってお前を追放するぜぇ~!)
正義の喜びに浸っていた。
――彼は2つの記憶を持つ男である。
前世で日本と呼ばれる世界で生きた記憶、そして今世のホス王国で侯爵家の次男坊として生きる記憶。
これらの記憶を用い、天才と言われ続けてきた男に、悪行を重ねた彼女の追放は実に容易い。
そして、両名の間に見える国王が重い口を開く。
「罪状は分かった。パーティらしからぬ出来事であったが罪である以上は裁かねばならない……してレイスよ。どのようにしてこれらの証拠を?」
王冠をかぶるホス国王の言葉は、手腕を知りたいとのこと。彼の言葉に嬉々としてレイスは答えた。
「はい、こちら学友に教えて貰った特殊な魔術が活躍しまして」
彼は王立魔法学校に通う生徒で、あだ名は天才である。
「魔術?ほう、その様な精査できる魔術とな」
「名を妖錬術といい、人工的に妖精を作り出す魔術です」
一斉に周りが騒ぎ出す。
(あれ、なんかやばくね?)
レイス本人、未だ困惑。
「そ……そなたあの妖錬術を!?」
「あ、はい!私の部屋に資料が持ち込まれたので覚えましたよ。これら妖錬術で様々な妖精を作り使役した成果です」
「ほ、ほほう。そうかそうか……禁忌の魔術をか」
ホス国王は幾らか困惑する様子を見せると、周りに兜に甲冑と着込んだ兵士たちが取り囲むように近づく。
「禁忌です?」
「そうじゃ」
「え?妖錬術ってそんなヤバいんです?」
「ヤバいという言葉は分からんが……法に触れておる」
「こんな簡単に作れるのに!?」
言葉を受け、大焦りで魔術を使用。彼の手元で小さな羽の生えた存在が生み出される。
人々のざわめきがまた増えた。
(前世の仕事でやらかした時と同じ雰囲気がする……!)
レイスの過去の経験が告げている。会社の先輩たちが、慌てふためくのを何も解らないまま眺めていたのと。全く同じであった。
「お、恐ろしい。なんて練度じゃ……天才か……?」
「私、何かやってしまいましたか?」
「畏怖って言葉知っておるか? ……こうなると処分を下さねばならぬ」
この時、ホス国王の居中は複雑であった。
彼は学校で天才と呼ばれる男。その秀才ぶりはこちらにも聞き及んでおり、卒業後は王国で囲い宮廷魔術師に育て上げようとしていたからだ。
しかし、実力と行動を考えると。特殊な妖精を人造で生み出し、証拠を見つけあげたこの男を犯罪者を潰せる機会など、この時を除いて存在はしない。
悩みに悩み。
「禁忌である妖錬術の使用により、令嬢共々この男を牢獄に放り込め!!!」
「ひょえ!?」
レイス・アーホルド。彼は令嬢共々犯罪者に称号が進化した。
○
「あなたのせいよあなたのせいよあなたのせいよ」
「天才って言われたから必死に妖錬術なんて覚えたのに禁術とか知らねぇよォ!」
二人は拘束具を取り付けられた状態で、牢獄にいた。
魔術というものが存在するこの世界において、犯罪者は牢に入る前に魔術の元となる魔力を、身体から限界まで吸い上げた状態で入れられる。
そのため身動きが取れることはまず無い。なのだが
「ふんぬぅ!!」
「ひぃ!? 拘束具の意味! 今一番怖い!!!」
アドリエンヌという名前の響きに似合わないパワープレイ。
レイスは無様に転がっているのに対して、アドリエンヌは拘束具を力任せに引きちぎった。
そのまま石畳と木桶に簡素なベットしかない部屋をうろつき始める。
「脱走してやる……でも、この男に何かしないと気が済まないわね」
(こ、殺される……!)
寝転ぶレイスの眼前にアドの端正な顔が近づく、唇が言葉を紡いだ。
「なら、あなたを殺して。私も死ぬのが1番楽……けどやめておくわ」
(怖い怖い怖い怖い)
前世と今世見ても初の経験だが全く嬉しくない、泣きそう。
「ねえあなた、私の悪行どこで知ったの?」
「妖精たちを大量に派遣して証拠を集めました。追跡は簡単だったので……」
「へえ、そんな原始的な物量だったのね」
「でも、勇者を愛してる事で有名だったアンタがなんで魔王相手に取引を……?」
アドリエンヌが犯した罪は、薬の流通である。
ただの薬と侮るなかれ、飲めば力・知力・素早さが普段以上に発揮する。
そんな薬を製造しつつ、敵である魔王軍に流通させていたのである。それをなぜ敵対勢力に渡していたのか。
レイスの言葉に彼女は顔を恍惚とさせて言った。
「勇者様に助けて貰いたかったの、敵にしょうがなく協力する婚約者を救うのって素晴らしいと思わない?」
「メンヘラじゃねえか……!! 」
この世界では、魔王と呼ばれる化け物と全世界の期待を背負って勇者が戦っている。
そんな勇者には各国の利権が絡む。そして彼の婚約者、アドリエンヌの公爵家は社会において有利な立場にいるがゆえに、この手の事業はバレなかったのだ。レイスが晴らすまでは。
「今後どうなろうが主犯のアンタは追放。悪くて死罪だ。これで丸く収まる」
「私は主犯じゃないわよ。利害が一致したから協力しただけで、居なくなっても問題ないし。どっちになろうと私は殺されるわね。刺客がこの牢にくるわ」
「は? 罪人の保護とかは……」
「いいこと? あなたが正義面で明かした罪はこの国の暗部。それを知ってて簡単に追放するわけないじゃない。魔術で牢ごと無くして、証拠隠滅なんてよくある話よ」
先程までの表情は鳴りを潜め、語るアドリエンヌ。
確かに納得できる。魔王軍とも通じていた以上、秘密を多数持っており、追放して放逐したとしても他国に亡命するだけ。
「なんなら国王自身が、刺客を差し向けてくるのか……!?」
秘密保持契約書なんていらない世界だ。人は簡単に死ぬ。バレても殺せばいい。
今更ながら実感する現実に絶望するレイス。
「そうね……フフフ。あなたのせいで私は死ぬのよレイス。だから助けなさい。あなたは天才なんでしょう?」
「……」
身体が震える。その言葉のせいで今の状況を生み出しているといっても過言ではない。
学園で天才と言われたからこそ、第二の人生で諦めることなく。努力してきたのだ。
天才と言われる快楽に浸りたくて、頑張り、その為だけに、罪を暴いた。その報いが今だった。
「レイス・アーホルト。あなたが覚えた妖錬術は逆転の要。助けなさい。魔王ぐらいなら滅ぼせるその力。私の為に使うことを約束しなさい」
「俺は天才じゃないから無理だ」
「一緒に逃げるのなんて、本来なら無理よ。ただ、妖錬術を覚えたあなたなら、勝算がある」
胡乱な目を向けるレイスの拘束を引きちぎるアドリエンヌ。予想以上の膂力に震えるレイスを尻目に、言葉が続く。
「あなたの力は一国なら滅ぼせる可能性がある。それを発揮すれば楽勝よ」
「今は無理だ。探査機能を持った妖精を大量に生み出すだけで精一杯でね。天才ボーイは自信なし」
「これから私と一緒に逃げて、追手を迎撃すれば否が応でも鍛えられるわ」
「誘い文句の利点が全然なくね?」
アドリエンヌの話を要約すれば、私の盾になりなさいである。
「俺は天才って唆されて妖錬術覚えたし……あ、唆した当人を縛り首にすれば解決?」
「学友も、私と貴方が邪魔だったから唆したのよ。禁術に手を出した以上、相手の術中。戻ってもはぐらかされるだけ。というか私はついでで貴方の排除が目的だったんじゃないかしら」
「天才しょんぼり……」
「ぶん殴るわ」
壁に穴が空いたので閉口する。
「ただ、相手の誤算はあなたが天才だったこと。覚えて私を追放まで追い詰めてしまった」
「天才的にやる気出てきた」
「そして、そこまでの力を身につければ、勇者様より先に、魔王を倒せるわ」
「は?」
「先に倒して、大陸すべての国から恩赦を貰うのよ」
恩赦とは、刑罰を特別な偉業によって許すか、軽くすること。
「でね、私は愛を貰いたけど。死にたくないの。だから刺客、魔王軍。場合によっては勇者様をやっつけてね?」
「暴君かよ」
「え、逆らうの?私を追放しようとしたくせに?天才さんも大したことないのね」
「尊厳破壊のプロか……?」
物凄く苦い顔になるレイス。この時、彼と彼女の上下関係が決定した瞬間であった。
「もう二度と天才で喜ばねえ……全身全霊で脱走させて頂きますよ! 」
泣きそうな顔で妖精を作るレイス。べそを搔きながら生涯初の脱走劇が幕を開ける。