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4-22 天賦スキル「栽培師」がしょぼくて継承権を剥奪されました~もらった領地で農業改革~

 十四歳で「栽培師」のスキルに覚醒した王子ネロ。植物の生長を促すスキルだったが、有効範囲は両腕の輪程度、一日一度までというクズスキルだった。役に立たないと判断されたネロは、王位継承権を剥奪されて辺境の荒れ地の領主を命じられる。復讐のため王位継承争いに参戦する気だったネロは、諦めて領地の経営へと乗り出す。だが、荒れ地では植物が育たず、領地は恒常的に食糧不足になっていた。そんなとき、スキルの有効な使い方を思いつく。「植物が一日で育つなら、品種改良が進むんじゃないか?」

「ネロ・ダルーシャ殿下、前へ」


 最高神官の声に従って、俺は祭壇へと歩みを進めた。


 背中には、国王と王妃、複数の公妾、その子の多数の王子・王女たちの視線が突き刺さってくる。


 生まれてからの十四年は長かった。


 俺は義母や異母兄弟たちから疎まれ、幾度となく暗殺されそうになった。毒を盛られて生死の境を彷徨った数は片手では数え切れない。


 たった一夜メイドに手をつけただけの国王は、俺たち親子には全く関心を持たず、離れの一つで母親が病気で伏せっている間にも何もしてくれなかったし、亡くなった時に葬儀さえ上げてくれなかった。


 だが冷遇される日々も今日で終わる。


 天賦スキル覚醒の儀――。


 これで有能なスキルに覚醒すれば、国王は俺を無視することはできなくなる。


 幸い、王子として最低限の教育や剣術を受けた俺は、兄弟の誰よりも優秀だと自負している。さすがに年上の兄姉たちには敵わないが、そいつらが同じ歳だった頃よりはよい成績を修めている。


 親の庇護を受けられなかった俺は、強くなるしか己の身を守ることができず、がむしゃらに頑張った結果だった。甘ったれた兄弟たちよりも大人びていることは理解しているし、周囲もそれを認め始めていた。


 当然、覚醒するスキルも有能なものに違いない。


 スキルはそれまでの行動が色濃く反映されるものだ。


 できれば国政に関わるスキルが望ましいが、国王の興味を引ければ何でもいい。王宮にさえいられれば、その後はどうとでもなる。


 祭壇の前まで来ると、向こう側の最高神官が俺の額へと手を伸ばし、目を閉じた。


 ごくり、と誰かが息を飲むような気配がした。覚醒するスキルによっては、王位継承者として戦うことになるとでも考えているのだろう。


 もちろん俺はそのつもりだ。のし上がり、奴らに復讐してやる。


 神官の手が触れた額が、じんわりと熱を感じる。


「っ!」


 しっかりと目を開けて神官の顔を見ていた俺は、神官の顔がわずかに引きつるのを見逃さなかった。


 よほど珍しいスキルなのか。


 聖騎士あたりならいいが、為政者だと面倒だな。兄弟たちがすぐに潰しにかかってきそうだ。 


 神官は手を引いたあと、ゆっくりと目を開けて、戸惑いの視線を俺に向けた。


「早く申せ」


 国王の声にはっとした神官は、そちらに向かって口を開いた。


「ネロ殿下の天賦スキルは――」


 俺は余裕の笑みを浮かべた。


「――栽培師です」


「は?」


 しんと静まり返った神殿の中、俺の間抜けな声が静かに響いた。




 * * * * *




 王宮の馬車からトランク二つと共に放り出された俺は、おんぼろの一軒の家の門前に佇んでいた。


 今日から俺が住むことになる家だ。


 王宮であてがわれていた離れも相当ぼろかったが、ここまでではなかったし、何より大きさが違う。


 主が到着したというのに、使用人の一人も出迎えにこない。


 仕方なく自分で格子の門を押せば、ギギギ……と錆びついた音がした。ろくな手入れもされていないらしい。


 トランク二つを両手に持って敷地に足を踏み入れると、前庭は全く手入れがされておらず、雑草が好き勝手に生えていた。家屋までの道が辛うじてできている。


 猫の額ほどしかないそこを抜け、エントランスの扉を開けると、なんの装飾もない吹き抜けの玄関があった。


 足を踏み入れれば、絨毯も引いていない床がギシッと音を立てる。


 それが聞こえたのか、単に気配がしたからなのか、階段の上からひょっこりとメイド服を着た女が顔を出した。王宮でも世話になっていたメアリーだ。先んじて到着し、家の中を整えてもらっていた。


「ネロ坊ちゃま!」


 ダダダダ……と階段を駆け下りてくる。


「もう坊ちゃまではない」

「失礼いたしました。ルーエン子爵様」

「その呼び名もやめろ」

「ではネロ様とお呼びしますね」


 トランクを持ったメアリーは、俺を先導して二階に上がっていった。


「こちらが坊ちゃまのお部屋です」

「呼び方が戻ってるぞ」

「失礼しました、ネロ様」


 メアリーはペロッと舌を出した。


 全く悪びれる様子はない。この分だと坊ちゃま呼びは直りそうにないな。


 俺は首を振って部屋の中を見回した。


 絨毯は限界まで踏みしめられているし、壁紙は日光で黄ばんでいる。ソファもボロボロだった。絵画の一つも掛けられていない。続き部屋になっている寝室も同様なのだろう。


「家具や内装まで回す余裕がなく……」

「仕方がない」

「お茶をご用意しますね」


 メアリーが部屋を出て行って、俺はソファに座った。クッションがへたっていて座り心地が非常に悪い。


 暖炉を見て溜め息が出る。


 領主の屋敷であるこの家の様子が、この地がいかに貧しいかを示していた。道すがら馬車から見えたのも荒れ地ばかりだった。


「はぁ……」


 俺は大きく溜め息をついた。


 ネロ・ルーエン子爵。


 それが俺の新しい名だ。


 栽培師という役立たずの天賦スキルを覚醒させた俺は、王国の端も端、北西の果ての領主を命じられた。長らく領主がおらず、国王の直轄地として放置されていた土地だ。


 名字も変えられたから、実質廃嫡だ。体のいい厄介払いだった。


「暗殺されるよりはマシか……」


 俺は自分の手を見て呟いた。


 栽培師――それは王族に相応しくないどころか、本当に役立たずのスキルだった。


 そのスキルはどう考えても国政に使えるはずもなく、王宮に残るという目論見は一瞬にして砕け散ったわけだが、多少の期待はしていたのだ。実際にスキルを使ってみるまでは。


 覚醒の儀の終了後すぐに、スキルの検証が始まった。


 名前からして植物を育てるためのスキルであることは明白なので、まずは王宮の庭園で試そうということになった。


 スキルの使い方は自然とわかっていて、俺は芝生に両手をつけ、スキルを使った。


 想定では、庭園の広い範囲で植物が伸び、場合によっては植えられた薔薇が絡まり合う程になると思われた。


 両手の周りの芝生がにょきっと伸びる。


 そのまま一気に範囲が広がる――かと思いきや、それ以上は何も起こらなかった。


 焦った俺は再度スキルを使おうとしたが、使う事はできなかった。


 一日の使用回数が決まっているタイプのスキルだろうということで、検証は次の日に持ち越された。


 芝生はまたわずかにしか伸びなかった。


 覚醒した直後は能力が安定せず、本来の力を発揮できない場合もある。


 そう思って何日も検証を繰り返した結果、わかったのは、何の役にも立たないクズスキルだということだった。


 何度も使った結果、一度の使用で植物を種から実をつけるまでに成長させることはできるようになったが、その範囲は両腕で輪を作った程度。使用できるのは一日一度まで。


 広範囲に何度も使えるのであれば農業に貢献できたのだろうが、これでは家庭菜園くらいにしか使えない。


 自分は不遇ながらも優秀だと思っていた俺は、プライドをバキバキに折られた。


 事実を知った兄弟たちの嘲笑が忘れられない。


 だがこれは現実なのだ。


 俺はソファにもたれ、ひび割れた天井を仰いだ。

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