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4-01 この中にひとり、偽物がいる~VTuberの俺が転生して悪役令嬢に~

 前世でゲーム実況VTuberをしている高校生だった俺は乙女ゲームの世界に転生していた。それもアルシオーネ辺境伯令嬢。ヒロインのライバルで悪役令嬢として断罪される役回りだ。


 だが、その事実に気付いたのは新入生歓迎のパーティー会場。ハイスペックな身体と現代知識を活かして数々のやらかし(チート)をした後だった。


 俺はヒロインやヒーローたちとの接触を回避して、悪役令嬢となる運命からなんとか逃れようとするが。

 夜の帳に包まれて中庭で綻ぶ花々は、その美しい姿を闇に溶かした。まるで比べられることをはにかむように。

 屋敷の中ではシャンデリアの灯りの下で咲き誇る可憐な花たちが舞う。羨望の眼差しを受ける少女たちはいずれも名高き貴族の令嬢。

 そして花畑を駆ける駿馬たち。端正な顔立ちに均整のとれた肢体を持つ青年たちもまた、将来を嘱望される貴族の令息。

 この夜、王立学院の新入生歓迎パーティーは華やかな雰囲気に包まれていた。


 イケメン、イケメン、美少女、イケメン、美少女。イケメンと美少女のフルハウスや!?

 周囲の人々の容姿が整い過ぎていると違和感を覚えているのは俺だけなのか?

 いや、この世界では普通なんだよな。なにせここにいる全員がイラストレーター渾身の力作。目を引き付けるのは当たり前ってわけだ。なんならシナリオライター渾身のくそ重い過去まで背負わされちゃっている。はあー……。


 この世界に転生して十五年になるが、まさかと思っていた懸念が一気に現実味を帯びてきた。大体、自分の名前のアルシオーネってのも、どこかで耳にしたことがあると薄々感づいてはいたんだ。

 でもなあ、あまり未来を悲観したくもないので深く考えないようにしてた。そんなささやかな抵抗も現実の前には蟷螂の斧。三日月宗近のペーパーナイフ。シングルプレイのアロマミスト……。現実なんかな? 現実だよね?


 アルシオーネ・プレイアーデス辺境伯令嬢。これが今世での俺。前世はゲーム実況VTuberをしている高校生だった。

 だからこの世界のことをそれなりに知っている。ここは『終焉で燃え盛る炎の中で』という乙女ゲームの設定そのままだ。幼馴染に脅、いや薦められてプレイ動画を作ったことがあるから覚えている。


 『でるので』の愛称で呼ばれるゲームでは、魔力の高さを買われて庶民から男爵家の養子となったヒロインが、王立学院でヒーローたちと絆を深めながら世界の危機に立ち向かう。そしてアルシオーネはヒロインの邪魔をするライバルの悪役令嬢だった。おおう……。


 両親が忙し過ぎて顔を合わせるのは年に数回。子供の世話はほとんど礼儀作法に厳格な教育係に投げっ放しという環境で育てば、愛を求めて性格が歪んでしまうのも無理はない。まあ、人生二周目の俺が中身で良かったよね。放置気味でも自分の興味の赴くままに学べるし、厳しさの裏にも不意に見せる優しさを感じる。何しろ中世に近い発展度で食うに困ることもない恵まれた環境には感謝しかない。


 そんな訳で両親に反抗心を抱くこともなく、真っ直ぐとすくすくと育ってしまった。問題は前世では男だった俺が女の子に転生したということぐらいだろう。

 とはいえ生まれてから十五年も女の子をやってんだ。面構えが違う。急に女の子と中身が入れ替わったり、女の子に変身したりして戸惑う段階じゃない。十五年もやってればもうプロだよ、プロ。自分の胸を眺めたところで何も感じない。そりゃ、赤ん坊のころから付き合っている身体だもんな。ほとんど娘みたいなものだと言っても過言ではない。ああ、無事に育ってくれたなあとほっこりするぐらいだ。


 元々、RPGでもアバターには女性キャラを使うことが多かった。プレイ中ずっと男のケツを眺め続けるよりも、可愛い衣装で着飾る方が楽しかった。もちろん今世では、素材の良さが突き抜けているのだから磨きに磨きをかけている。現代の知識を活かして髪や肌のケアをし、煌びやかなドレスで着飾っている。俺、結構かわいい……。ダメだな。どうも自分の人生に向き合えていないように感じる。


 伯爵令嬢なのだから、いつかはどこかの家に嫁入りすることになるのだろうが、男に対して恋愛感情が湧かないんだよね。うーん、困った。まあ、貴族の結婚は家同士の契約みたいなものだから、恋愛感情はなくても親愛の情があればいいか。なんて問題を先送りにしていた。……おいおい、この世界は乙女ゲームじゃねえか!?


 貴族令嬢としては将来性のある令息と顔つなぎをしておく必要があるのだろうが、そんな気にもならず壁の花となっていた。みんな楽しそうだね。夢も希望も一杯な年代だし、世界の終焉は前触れさえも現れていない。まあ、全エンディングをコンプした身としては前世知識を駆使すれば、ヒロインの力を借りずに俺が止めることも可能なのであまり悲観はしていないけど。邪神など鎧袖一触よ。ふふふ……。


「なにやら楽しそうですね。何を考えておられるのですか?」


 目の前には夜明けの澄み渡る青空のような髪に獲物を狙う猛禽類のような強い印象を与える碧眼、大理石から削り出したような鋭い輪郭の青年。創造主(イラストレーター)の愛を一身に受けたヒーローのひとり。


「ヴェルファイア様……」

「おや、初めてお会いするので挨拶をと思ったのですが、ご存じでしたか」

「いえ、お名前だけは以前から」

「僕も名が売れるようになったのかな。悪い噂でなければ良いのですが」


 ヴェルファイア・ウヴァーアゲル。現当主が宰相を務める侯爵家の長子だ。容姿端麗で頭脳明晰。ヒロインとは学業の成績で競い合う。だが、正体は生き残った影武者だ。本人は襲撃で殺されてそのまま本人に成り代わっているが、血の繋がりがない両親に屈折した感情を秘めている。かなりの皮肉屋で冷静沈着な男で攻略がくそ面倒だった記憶が……。アカン、顔を見ただけでムカムカしてきた。


 しかし、こちとらプロの辺境伯令嬢。そんな思いは一切顔に出さず、純粋無垢な笑顔で挨拶を返す。どうだ、この毎日、鏡を見て鍛えた表情筋を見よ。見て見て!

 ええっ、なんか反応薄っすいなー。コイツ、やっぱり相性悪いわ。でも悪役令嬢にされても困るので、ヒロインやヒーローには近付かないようにするつもりだから丁度いいけど。


「一曲、踊っていただけますか?」


 断る選択肢はないので微笑んで差し出された手を取る。とりあえず笑顔だ。どんな困難も笑顔で乗り切れる。笑顔が全ての問題を解決するというガバ理論を俺は信奉していた。前世でよく笑顔を見せてくれた幼馴染もこんなことを考えていたのだとしたら死ねるな。


 ヴェルファイアが軽やかなステップでダンスをリードする。まあ、学業優秀だからって運動神経が鈍いってわけでもないよね。ヒーロー、なんでもそつなくこなし過ぎだろ。こちとら元々身体がハイスペックだとしても滅茶苦茶練習しているんだが。

 ちょっと悪戯心がむくむくと湧き上がってきてステップのテンポを上げた。ふふふ、ついてこられるかな俺のスピードに。

 はい、全然余裕ですね。なんなら反対にターンを山ほど入れられて目が回りそう。今日のところはこれぐらいで許してやるよ。いやもうお腹一杯です。止めて止めて。


「とても気持ちよさそうに踊りますね」

「もうバターになって溶けそうですわ……」


 ヴェルファイアは思わずといったように小さく噴き出して笑い出した。張り付いた仮面のような笑顔で目の奥は冷たかったはずなのに、今は人の悪そうな笑みを浮かべている。


「面白い方だ。壁の花にしておくのは惜しいですね」


 マズい。俺、もしかして面白れえ女扱いされてる? えっ、シナリオの中心人物にかかわるつもりはないんですが。止めて、引っ張っていかないで。俺の困惑は欠片も表情筋を動かさなかった。くそっ、笑顔の練習め!

 慣れた手つきで体を寄せたヴェルファイアが俺をエスコートして連れて行った先には五人のヒーローたちが勢揃いしていた。


 王太子のエスティマ殿下、近衛騎士団長の跡取りトライベッカ、豊かな港町を領地に持つ公爵家跡取りエリシオン、国境地帯を守る王国軍第一軍団長の跡取りカムリ。くっ、イケメンのファイブカードか。ヒロインはまだか。もっとアクティブに動こうよ。そんなことでRTAを走り切れると思っているのか。


 ヒロインの不在を余所に俺はヒーローたちと接触を持ってしまった。とにかく無難に乗り切ろう。うん、それしかない。悪役令嬢になって断罪されるなんてまっぴらごめんだ。波乱万丈な人生なんて求めていない。


「うん、君が入学試験でヴェルファイアを抑えて主席だった子か」

「おいおい、コイツ。授業で上級魔法をぶっ放していたぞ」

「凄いね。絹糸のようにサラサラの髪の毛だ」

「剣術の練習で十人抜きをしたって聞いたぜ。誰に師事してるんだ?」


 俺は数々のやらかしに肝を冷やした。ハイスペックな身体に味を占めて、興味の赴くままになんでもかんでも手を出してしまっていた。商会を作って現代の知識で荒稼ぎしていたし、奴隷の子供たちを買い取って高度な教育を与えて家臣団を形成していたし、遺跡を調査して古代魔法を復活させていたし、剣聖を助けて奥義を会得していた。この事実は隠し通さなければならない……。


 ***


 パーティーの幕を閉じて俺は帰途についた。そう乗り切ったのだ。やはり笑顔は全ての問題を解決する。笑顔教への信仰心を深めて俺は馬車のシートに身を預けた。かなり精神を摩耗したが、今は心地よい気分だ。これからは学院で大人しくしよう。そう心に誓った。


「お嬢様、こちら使いの方から手紙を預かっています」


 女中から差し出された手紙は封蝋で止められているが、その紋章に心当たりはなかった。若干の怪しさを感じながらもペーパーナイフをあてて引き抜く。特に細工された形跡はない。恐る恐る手紙を開いてみた。


『私は貴方の正体を知っている』


 まさか、まさか、まさか……。

 俺の正体を知っているということは、この世界の中にもうひとり偽物(てんせいしゃ)が紛れ込んでいるのか!?

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