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4-10 ゴブリンに泣かされてます ~オストニア連邦魔道エンジン開発記~

 十六の国と十二の民族、十一の言語を抱える多民族国家=オストニア連邦。


 魔術を否定し、理化学の奨励によって大国としての地位を取り戻したオストニアだが、隣国アレマーニュで画期的な魔道エンジンが開発されたことで窮地に陥る。


 海外からの投資と工業製品の輸出。豊かさによって多民族を束ねるオストニアにとって、技術開発の後れは死活問題だった。


 半世紀にわたる魔女狩りで、国内の魔道技術は壊滅。

 多額の国費を注ぎ込むも、エンジン開発は遅々として進まなかった。


 そんなとき、連邦構成国イシュトヴァーンで、革新的な魔道エンジンが開発されているという情報がもたらされる。


 ──名を“ゴブリン”。


 魔術師に対する蔑みを込められたそれ(・・)は、本当にオストニアを救う福音たりうるのか。

 ことの真偽を確かめるため、オストニア連邦軍上層部は、魔女を祖母に持つ技術士官のマリナを派遣する。

 魔女狩りが終わってよかったこと。その第一位は、水タバコ(フッカー)が大っぴらに吸えるようになったことだと、マリナは本気で考えていた。


 オストニア連邦を構成する十六の国の一つ、イシュトヴァーン。その首都アクイン。

 表通りに面した瀟洒なカフェのテラス席で、マリナは盛大に紫煙をくゆらせていた。


 マリナ・アスラン。二十二歳。女。オストニア連邦空軍技術中尉。


 鉄で塗り固めたような公的身分とは裏腹に、その人となりは少々異質だった。

 身に着けているパンツスーツとジャケットは、妙にくたびれているし、くすんだ金髪はぼさぼさ。本来、整っているはずの顔も、隈やらむくみやらで、大変残念なことになっている。


 そんな人間が、水タバコ(しかも、マリナの私物)を吹かしながら、じっと表通りを眺めている。それも深淵を覗き込んで、そのまま帰って来なくなった感じの虚無顔で。


 どう考えても営業妨害だった。


 通りを行く人々は、マリナを見るなりそそくさと立ち去っていく。必然、店内もがらがらで、とうとう堪えかねた店主がずんずんと大股に近づいてきた。


「あの、お客様? 大変申し訳ないのですが、」

「お待たせしました、中尉殿~」


 どんっ、と大量の肉塊がテーブルに置かれた。

 マリナは虚無顔を維持したまま、眼だけで声の主を振り返る。


 背の高い女だった。それも半端な高さではない。女としては、大柄に分類されるマリナから見ても頭一つ分、いや一つ半は背が高い。


「やっぱり、地元に帰ってきたときはこれですよね~。帰りにトルキエ料理のお店も見つけちゃって。そっちにも並んでたら、ついつい遅く」


 まだ幼さの残る顔立ちや、柔らかそうな栗色の髪。にこにこと笑み崩れた表情は、なかなか愛嬌があるのだが、この場でそこに注目する者はいない。具体的に言うと、山盛りでかノッポが、すべての印象を塗り潰してしまう。


 マリナに物申そうとやって来た店主は『あ、カフェオレ二つと、クロワッサン(キフリ)三つ』女の流暢なイシュトヴァーン語と迫力に、こくこくと頷いて、その場を去って行く。


「レカ・ポラーニ」


 マリナは、ぷかりと紫煙を吐きながら、でかノッポ──レカに気怠げな声を掛ける。


「他の店で買った料理を持ち込むのは、良識的にどうなのかね?」

「ははら、はのんにゃ」

「のみ込んで」


 ごっくん、とレカは山羊のソーセージをのみ込んで、


「だから頼んだじゃないですか、カフェオレとクロワッサン。中尉殿こそ、マナー違反ですよ。それ」


 水タバコ(それ)を吹かしながら、こいつまだ食うのか、とマリナは思った。口にはしない。


「店の許可はもらってある」

「きっと断れなかったんですよー。中尉殿、顔が怖いから」


 こいつ、とマリナは半眼になった。


 上司から急な出張を命じられ、その間の随行員として顔を合わせたのが二日前。それから今に至るまで、この調子で接してくるレカに、マリナは未だ態度を決めかねていた。


「でも、残念でしたねぇ~」


 肉の盛り合わせ(ファターニェーロシュ)と串焼きの山を、もりもり頬張りのみ込み、レカは言った。


「まさか、エンジンの開発者さんが、お亡くなりになってたなんて」







 訪問先であるヴィルト社の社長は、マリナを見るなり沈痛な面持ちで告げた。


 ガン、だったらしい。気付いたときには末期で、手の施しようがなく。

 マリナが首都を経ったときには、既に亡くなっていたと聞かされ、思わず膝から崩れそうになった。


 十八時間かかったのに。列車事故で、半日以上も車内から小麦畑を眺めてきたのに。


 とりあえず残されたエンジンを見学し、手配されたホテルに一泊。

 深酒から来る頭痛と筋肉痛で目覚めたマリナは、今後の手立てを考えるため、愛用の水タバコ一式と共に出かけて、現在に至る──




「中尉殿から見て、どうだったんですか?」


 こいつマジで全部喰いやがった、と内心慄くマリナに、レカは食後のカフェオレを啜りつつ問いかける。


「どう、とは?」

「ほら、あのエンジンですよ。ゴブリンエンジン。昨日、ヴィルト社の工場で見た」


 使えそうなんですか?


 素朴な疑問に、マリナは考え込んだ。水タバコの吸い口を咥え、たっぷりと煙を吸い込「オぶっ」襲い掛かる二日酔い。


 込み上げてくるものを懸命に飲み込み、昨夜の自分を罵倒し、迎え酒の衝動を組み伏せながら、マリナは底籠る声で言った。


「あまり、こういう表現は使いたくないのだが」

「ダメだったんです?」

「いや、見事だったよ」


 マリナは首を振り、天を仰いだ。


「神秘と叡智の融合とは、まさにあのエンジンのためにある言葉だ。あれを設計したヨゼフ・ナンドールは、天才と呼ぶしかない」


 レカの両眉が跳ね上がった。

 本格的にグロってきたマリナを、ぱちぱちと見つめる。


「そんなに凄いんですか、あのエンジン」

「魔道エンジンの原理とは大気中のエーテルをタービンで圧縮し燃焼して推力に変える。ここまではわかるね?」


 平板で早口なマリナの説明に、レカは頷く。


「このエーテルが曲者でね。大抵の物質をすり抜けてしまう。だからエンジンには、エーテルを捕えておくための魔術的な加工を施すんだが、そうなると使える材料が限られるんだ。鉄は魔力の通りが悪いし、銅、銀、鉛は耐熱温度不足だし、重いし、そのうえ高価だから量産に向かない」

「でも、あのエンジンってアルミ製ですよね? 熱に弱いのは同じなんじゃ」

「そこだよ」


 ゆっくりと首を戻して、腹の底のどこかに穴が開いたような声でマリナは言った。


「魔術的には、アルミは銀の代替品だ。多少効率は落ちるが、十分にエーテルを閉じ込めておけるし、軽くて加工も容易。特に熱への対処が秀逸でね。燃焼室まわりの構造の見事なことと言ったらそりゃ理論は昔からあったがほんとに造るなんて誰も思わんだろしかも魔術回路まで通しやがってマジ何なんだナンドールあいつ死にやがってマジふざけてる」

「中尉殿、中尉殿。話が反れてる」


 マリナは、水タバコを一服した。ここ数ヶ月の激務とストレスとその他諸々、ありったけの感情を混ぜこぜにして、煙と共に吐き出す。一緒に胃の中身もゲロりかける。


「でも、良かったじゃないですか! あとは上に報告すれば、万事解決ですよね。祝杯上げましょ、祝杯!」


 真昼間からワインを頼み始めたレカに、マリナは口元を押さえたまま、じっとりとした目を向ける。


「……喜ぶのは、まだ早いよ。あのエンジンは未完成なんだ」

「なら完成させればいいじゃないですか。ヴィルト社の人たちも、あと一息だって言ってましたし。中尉殿と技研の人たちなら、ちょちょいっと」


 マリナの顔を見て、レカの声は尻すぼみになる。


「……できないんですか?」

「なんで動いてるのかわからないんだよ、あのエンジン。原理のわからないものを、どうやって完成させろと」


 酸っぱいものを飲み込みながら、マリナはぼやいた。


 ヨゼフ・ナンドール。ヴィルト社の一エンジニアだった男は、理化学者としても、魔術師としても天才だった。それも頭に“不世出の”と付く類の、だ。


「どこまでが理化学で、どこからが魔術の領域なのか、それすらわからん。しかも、ナンドール氏が、ほぼ個人で研究用に開発していたものだから、他に中身がわかる人間もいないときてる」


 一番の問題は魔術回路だった。それがどんな機能を担っているのか、マリナには見当もつかない。


「でも中尉殿って、魔女の家系ですよね?」


 だから今回の視察を命じられたのだろうと、怪訝な顔をするレカに、マリナは片目を眇める。


「大昔の話だよ。その手の知識は、祖母の代で途切れてしまった。私が知っているのは、せいぜいおまじない程度のものでね」


 因果な話だ、とマリナは内心独り言つ。


 かつてのオストニアは、星欧でも随一の魔術大国だった。それが半世紀前の革命によって理化学に傾倒し、国は大きく変わった。


 鉄道は血管の如く張り巡らされ、電信が遠く離れた人々を繋ぎ、飛行機械が空を駆ける。

 諸外国に“華麗なる牢獄”と呼ばれたのも、今は昔。


 血筋も知識も、すべて炎にくべた。あらゆる旧弊(魔術)は一掃された。

 そうして、やっと手に入れた栄光だというのに──


「でも、不思議ですよねー」


 水タバコ(魔女の象徴)を燻らせながら、マリナがひっそりやさぐれていると、レカは飲み終えたカップの縁を指先でなぞりながら言う。


「我が国では、とっくの昔に失われてるはず。魔女家系の中尉殿ですら知らない。そんな魔術の知識を、ナンドールさんはどうやって手に入れたんでしょう?」


 そう、問題はそこだ。才能の違いに一頻り打ちのめされた後、マリナが真っ先に気になったのは、その点だった。


 両親は、大工と農家の出。何代遡っても、魔術のまの字すら出てこない。

 アクイン工科大学を卒業後、そのままヴィルト社に努めているから、魔術を学ぶ機会などなかったはず。


 目に見えず、可視化する術も失われた。そんなエーテルを、ナンドールはどうやって制御した?


「これは、さっきトルキエ料理の屋台に並んでるときに聞いたんですけど」


 うつむくマリナに、レカは笑みを崩さぬまま告げる。


「ナンドールさん、自分はエーテルの動きが“視える”って。食事の席で漏らしてたそうですよ?」

「……妖精眼か」


 マリナは、はたと両目を見開いた。






 翌日。


 マリナから連絡を受けたイシュトヴァーン駐屯軍は、ナンドール氏の墓を掘り返した。

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