第93話 狂気と犠牲と残された惨状
ようやく化け物を倒したと思った矢先、私の目の前で黒い閃光と共に血飛沫が舞い、その傷だらけの身体が頽れる。
「どう、して……ブレリオさん!」
突如として襲ってきた黒い閃光がサーニャを貫くかに見えたその瞬間、瀕死の重傷を負っていた筈のブレリオが立ち上がり、庇うように前へと躍り出たのだった。
「がっ……ふ…………」
黒い閃光はブレリオの腹部をごっそり抉り、夥しい量の血がぼたぼたと地面に零れ落ちる。
「そんな……これはもう……」
元々の瀕死の重傷を負っていたところに加えての一撃……一目で助からない事が分かるほどの傷を前に私は絶句し、ただただ茫然と動けないでいた。
「――――あーあ、せっかく悩まないように殺してあげようと思ったのに」
静まりかえった中で響くこの場に似つかわしくない声の先、そこには全身を黒で統一した格好の少女が不気味な笑顔を浮かべて座っていた。
「あ、でもソレが死ねば原因が一つ消えるわけだから結果的には変わらないか」
足をぷらぷらさせながら軽い調子でそう言った少女は座っていた屋根の縁から飛び降り、男の近くまでやってくると、手を振るってサーニャの拘束魔法をあっさり破壊する。
「……ガリスト、私は手を出していいと許可した覚えはないぞ」
「は?許可?何でボクがそんなものを取らなくちゃいけないのさ。そもそもこんな茶番に付き合ってるストレイドが悪いんだ。いつでも抜け出せるのにさ」
どうやら少女は男の仲間らしくそんな会話を繰り広げているが、私の頭はいっぱいいっぱいでそれどころではない。
朦朧と動けないでいるエリン、鮮血を撒き散らして浅い呼吸を繰り返すブレリオ、歯噛みし視線を落とすウィルソン、そして呆然と立ち尽くすサーニャ、化け物を倒したのに状況が好転しないままむしろ悪化の一途を辿っている。
「だいたいボクはキミの部下じゃないんだ。その思想や目的に賛同こそしたけど、間には上も下もない対等な関係な筈だろ?」
「……確かにそうだが、今回の実験に関しては私が主動の筈だ。それに手を出す以上は指示に従うべきだろう?」
私達の事なんて微塵も気にせず、少女と男は内輪で言い合いを続けていた。
注意が向いていない内にどうにかしないと……ブレリオさんはもう……エリンさんはまだ……でも私は動く事も……どうしたら…………。
様々な事柄が頭の中を駆け巡り、いつまでも考えがまとまらない。
「……ちっ、まあいいや。ならこいつらはどうするのさ。実験の邪魔されたし、色々聞かれたちゃったからボク的には全員消すべきだと思うけど?」
自分の分が悪いと判断したのか、舌打ちをした少女は男に自らの意見を交えながらそう問い返す。
っまずい……!あの二人がどういう関係で何が目的なのかは分からないけど男の返答次第で私達の命運が決まる――――
背中に変な汗が流れるのは感じながら固唾を吞んで男の返答に注目する。たとえどちらに転んだとしても取れる選択肢に変わりがない事を知りながら。
「……私の意見は変わらん。お前が聞いていたかは知らんが、同胞とその仲間にはこの場において手出し無用だ。それでも我を通すというなら私と事を構える覚悟をしてもらおう」
「っ!?」
男がそう言い終えた瞬間、殺気とも言える何かが辺り一帯に広がり、男を除く少女と含めた全員に背筋の凍るような感覚が走る。
「――――それは流石に勘弁してもらいたいですね」
そんな状況で再び聞こえてきた第三者の声、気付けば男と少女の周りに三つの人影が現れていた。
「っ……」
絶望的な現状へ追い打ちを加えるかのように現れた新手、敵かどうかは定かではないものの、男の仲間である可能性は高く、どう転んでも私達へ有利に働く要因ではないだろう。
「……ソフニルか。それにお前達も……何しに来た?」
「何しにってよぉ……そりゃねぇんじゃねぇか?俺達に内緒でこんな面白そうな事しといてよぉ」
男が険の込もった言葉で問うと、現れた一人である大柄な男がにやりと笑みを浮かべながら横柄な態度で返す。
「バーニス、話がややこしくなりますからその挑発めいた態度は止めてください。ただでさえ私達にはまとまりというものがないんですから」
ソフニルと呼ばれた片眼鏡の男が頭痛を抑えるようにこめかみに手をやり、大きなため息を吐いた。
「……そもそも協調性や仲間意識の薄い私達にまとまりなんてものを求めるのが間違ってる」
ぼそりと小さな声でため息に呟いたのは小柄で黒髪を括った少女。その腰には不釣り合いな剣を携えており、見た目に反して剣呑な空気を身に纏っている。
「それは……そうかもしれませんが……はぁ、まあいいです。それよりも今回の件をストレイドさん、貴方に尋ねる方が優先ですからね」
片眼鏡の男……ソフニルが鋭い視線を男に向けるも、当の本人は気にした風もなく明後日の方向に目を向けていた。
「尋ねる……か、ならそれは後にした方がいいだろうな」
「は……?一体何を――――」
男の言葉に困惑したソフニルが問い返そうとしたその時、黒く大きな無機物の柱が五人目掛けて降り注いだ。
「っこれは……」
豪雨の様に凄まじい音を立てて降り注ぐ黒柱は派手に土煙を巻き上げながら男達のいた場所を抉りとっていく。規模は違えど、その光景を引き起こした黒柱に私は見覚えがあった。
「――――これ以上、私の大切な仲間には手を出させない」
決意の込もった宣言と共に上空から飛び降り現れたのは見た事ないほどに険しい表情を浮かべて大きな杖を構えた〝創造の魔女〟アライアだった。
「アライア……さん……」
「……うん、よく頑張ったねサーニャ。遅くなってごめん、後は私がどうにかするから」
絞り出し縋るサーニャの呟きに対し、アライアは安心させるように言い聞かせると辺りを一瞥してから再び黒柱の雨を降り注がせた場所へと向き直る。
「――――なるほど、〝創造の魔女〟ですか。確かにゆっくり話している場合ではないですね」
黒柱による猛攻……普通なら原形を留める事もないほどぐちゃぐちゃになっていてもおかしくない筈なのに巻き上がった土煙が晴れた先、そこには例の五人が無傷で立っていた。
アライアさんの魔術を……あれだけの質量を受けて全員無傷なんて…………。
身を持って体験したからこそ、アライアの魔術の強力さはよく分かる。故にそれをくらって全員が無傷で済んでいるあの五人の異常さがより際立っていた。
「うぺっ……砂が口の中に入っちゃったじゃん。もう……」
「うおぉ……流石にあれはやべぇな。まともにくらったら一瞬でぐちゃぐちゃになるぞ」
容赦のない殺意に満ちた猛攻を受けたにもかかわらず、どこか呑気な様子で服に着いた砂を払う少女達。
その落ち着いた態度がどこからくるものなのかは不明だが、〝魔女〟であるアライアを前にしてもそれを崩さないという事は彼女達も相応の実力を持っているのかもしれない。
「あれが〝創造の魔女〟……できるなら一斬り結びたい…………」
「……止めておけ。少なくとも今は、な」
小柄な少女が腰の剣に手を掛けかけ、それを男が言葉で制し、アライアの方に顔を向けた。
「さて、〝創造の魔女〟。随分と乱暴な登場だが、ここで私達とやり合うつもりか?」
「……そっちから仕掛けておいてよく言うね。私の仲間にこんなことをしておいて黙っていられるとでも?」
問いに問い返し、今にも猛攻を再開しそうなほど怒りの込もった笑みをアライアは浮かべる。
「ふむ、戦力差的に退いてくれると思ったのだが……仕方ない。同胞にああ言った手前、戦う訳にもいくまい。こちらが退くとしよう」
「なっそりゃないぜ!?せっかく〝拳王〟と殺り合えるチャンスだってのによぉ」
「そうだよ!ボク達の事を知られたし、なにより実験の邪魔をされた鬱憤をどう晴らせっていうのさ!」
その言葉に反発し、駄々を捏ねるように言い募る黒ずくめの少女と大柄な男に対して男は軽くため息を吐くとソフニルの方へ視線を向け、無言の指示を出す。
「はぁ……全く世話の掛かる…………」
「っおいちょ――――」
「勝手に――――」
指示を受けとったソフニルが同じくため息を吐きながら指を弾くと、突然大きな鏡が二人の背後に現れ、喚く間もなくその姿を消し去ってしまった。
「……それでは我々も戻りますよ。いいですかストレイドさん」
「ああ……あ、いや、少し待て。本意ではないとはいえ手を出さないという約束を反故にしてしまったからな。代わりといってはなんだが同胞に一つ助言を残しておこう」
鏡を出現させ、待機するソフニルを後目に男はそう言うと私の方に視線を合わせてくる。
「同胞よ、力の前に屈するな。お前にはまだまだ進化の余地がある。常識に囚われるな。可能性を探し続けろ。私から言えるのはそれだけだ」
「何を……」
異常な状況にまだ整理の追いついてないところへそんな意味不明な事を言われも全く理解できない。
そもそもこの惨劇を引き起こしたであろう張本人から何を言われようと素直に受け取れるわけがないだろう。
「それでは機会があったらまた会おう。凡庸ながらも足掻く愉快な同胞よ」
「っ逃すか!!」
最後にそれだけ言い残して鏡の中に消えようとする男達へアライアが再び黒柱による猛攻を加えるがすでに遅く、後には抉れ巻き起こった土煙と惨状だけが残されていた。




