第91話 限界と信頼と決死の境地
「……なるほど、それは確かに賭けの部分が大きいですね」
怪物から距離を取ったと言ってもそこまで離れているわけではないため手早く概要を伝えると、エリンは納得したような顔をしてそう頷く。
エリンへと伝えた作戦……それは至極単純で、もう一度あの化け物を木っ端微塵にしてあの核らしき物体を壊す、ただそれだけのものだ。
「はい……いくら小さくなったといっても、今の私達の状態であの化け物をばらばらにするのも難しいですし、そもそも私が見たものが核だという保証はありません。だからかなり分の悪い賭けだと思います。でも――――」
「このまま突っ込むよりはまだ勝算がある、でしょう?正直、もう一度あの巨体を粉微塵にする体力が残っているかは怪しいですけど、それでもやる価値はあると思いますよ」
私の言葉の先を察してそう言ったエリンは軽く息を吐き、辺りを見回す。
「サーニャさん、私は今からあの化け物をもう一度バラバラにします!余力が残っていたら援護してください!」
姿は見えないが、どこかにいるであろうサーニャに向けて叫ぶエリン。
もし、あの化け物に人の言葉を理解する知能があれば筒抜けだが、今までの行動を見るにその心配はないだろう。
「ルーコちゃんは下がって――――」
「いいえ、私も戦います。こんな有様じゃ遠くには逃げられませんし、どのみちここであの化け物を止められなければ終わりですから」
下がれというエリンの言葉を遮ってそう言い、それにと続けた。
「エリンさんがばらばらにした時点で核を壊せれば問題はありませんけど、撃ち漏らした時の事を考えればそれに備える人員はいた方がいいと思いますし、今の私でもそれくらいはできます」
「ルーコちゃん…………でも、ううん、分かりました。後詰は任せます」
一瞬、躊躇いの表情を見せたものの、それ以上は何も言わずに化け物を見据えて戦闘態勢を取る。
「……はい、確かに任されました」
それを見てから深く息を吐き出し、痛みと疲労を訴える身体を無視して全身に残った魔力を巡らせる。
……任された以上は無理でも無茶でも押し通す。だから間違っていると分かっていても躊躇わない。
ジアスリザードとの戦いを経て、欠点を指摘されたのにも関わらず、再びそれに縋ろうとしている自分に辟易しつつもその詠唱を口にする。
「…………〝命の原点、理を変える力、全てを絞り、かき集める。先はいらない、今欲しい、灯火を燃やせ、賭け進め〟」
二度目となる切り札の行使。魔術の性質上、本来なら同じ日に二度は使えないのだが、一度目の行使を改良版かつ、使い切る前に止めたからこそ成立した芸当だ。
っそれでも普通に使う時と違って負担は倍以上掛かるし、魔力の出力も弱くなる……でも一発くらいなら……!
巡る魔力に軋み身体が訴える痛みに歯を食いしばって耐えながら私はその切り札である魔術を行使する。
――――『魔力集点』
呪文と共に全身からどっと力が抜け、代わりに魔力量が通常状態よりも少し増えたような感覚を覚える。
っ負担の割に効果が薄い……やっぱり二度目の行使はこうなるよね…………!
疲労と反動と痛みで失いそうになる意識をどうにか繋ぎ止めつつ、化け物を見据え、エリンに合図を送ると、彼女は強化魔法を纏って駆け出した。
「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を為せ〟――――」
その姿を見送りつつ、次の魔法を詠唱、風の弓矢を生成して化け物へと狙いをつける。
「ああああああ嗚呼アアあ嗚呼ッ!」
「っ!!」
化け物もこちらの動きに感づいたらしく、再び触手を伸ばして妨害しようとしてくるが、身体が削れた分、数が少なくなっていた。
「っああああああ!!」
向かってくる触手に対して駆けるエリンは回避行動もとらず、むしろ加速して真っすぐ突っ込んでいく。
最早、満身創痍と言える身体に一撃でも触手を受ければ終わりという状態にもかかわらず、そこには微塵の躊躇いもなかった。
「――『意思を断つ光撃』ッ!!」
全てを絞り出すような叫びと共にエリンの進路を塞ぐ触手へ光の雨が降り注いで千切り消し去った。
サーニャさんの魔法……これなら!!
光の雨によって触手は消え去り、エリンと化け物を隔てる障害はなくなって道が開ける。
「はぁぁぁぁっ〝絶気爆焔舞っ〟!!」
駆け叫び、全身に魔力を巡らせ纏いながらエリンは焔の拳を振るった。
みんなを守るため今度こそ化け物の息の根を止めんと鬼気迫る勢いでその技を為していく。
「嗚呼嗚呼アア嗚呼あっッ!!?」
「いっけぇぇぇっっ!!」
爆炎を上げて高速で繰り出される拳はみるみる内に化け物の体を削っていき、反撃する暇も与えない。
傷だらけでぼろぼろの身体のどこにそんな力があったのだろうかと思うほどの動きで、このままいけば私の介在する必要もなく核ごと化け物を消し去ってしまうかのように見えた。
「っ――――!?」
しかし、現実はそう上手くはいかなかった。
あと半分というところまで化け物の身体を削ったエリンの拳が悲鳴を上げ、腕や身体のいたる所から耐え切れなくなったように血が噴き出す。
「エリンさん!!」
思わぬ事態に叫ぶもこの場を離れるわけにはいかず、体勢を崩して倒れるエリンをただ見つめる事しかできない。
「っが、ぐ、あぁぁぁぁ!!」
もう限界で倒れ伏すかに見えたその瞬間、エリンは裂帛の気合と共に踏ん張り、再び拳を振り抜かんと前のめりに突っ込もうとする。
「嗚呼嗚呼アアああ嗚呼あッッ!!」
攻撃の止んだ一瞬の隙に化け物は削り取られた体を蠢動させて触手を伸ばし、エリンへと襲い掛かった。
交錯する拳と触手、互いに命を賭け、刈り取らんと決死の攻防だったが、両者には決定的な違いがあった。
「――がっ!?」
その違いとは単純に残りの体力と再生力の違いだ。
その証拠にエリンの放った最後の拳は化け物の残り半分だった体をさらに大きく削ったが、触手は彼女の身体を吹き飛ばし、残った気力も体力も刈り取ってしまう。
っエリンさんが……まずい……このままだと化け物を倒せない……!
いくら削ったと言ってもまだ化け物の体はそれなりに大きく、一点を穿つ暴風では核の正確な位置が分からなければ倒す事はできない。
「ッっ嗚呼嗚呼アアああ嗚呼アアああ嗚呼!!」
「くっ……!」
狙いを定められず迷っている内に化け物は少しずつ再生しながら触手を生み出し、今度は標的を私に変えて襲い掛かってくる。
「――――っやらせるかぁぁぁぁ!!」
避ければ魔法が霧散して消えると動く事の出来ない私へ触手が迫り、もう駄目かと覚悟したその瞬間、誰かが間へと割って入った。
「っブレリオさん!?」
私を庇い、割って入ったのは化け物にやられ倒れ伏していた筈のブレリオだった。
「がっ……くっ……おらぁぁぁっ!」
ブレリオは襲い掛かってきた触手を掴んで千切り取り、咆哮を上げて化け物へと向かっていく。
その姿からはお腹に大穴が空き、瀕死の重傷を負ったなんて想像もできなかった。
っいくらなんでも無茶だ……!あんな状態で向かっていくなんて……それにもうあの化け物を倒す火力が…………。
いくらブレリオが立ち向かおうとエリンのような火力がない以上、再生力に負けて倒しきれないのは目に見えていた。
「――――ルーコォッ!」
「っ……!!」
諦めかけた私へ振り返ったブレリオが叫び、目で訴えかけてくる。〝ここで諦めるのか?お前ならまだやれるだろ〟と。
正直、出会って碌に交流もしていないのに一体私の何を知っているんだと言い返したくなるが、ブレリオの目がそれを許さない。
どうして…………。
振り返った後、ブレリオはそのまま一切の躊躇いもなく前へと進む。そのまま向かってもやられるだけと分かっている筈なのに。
「……会って間もない私に命を賭けるなんて馬鹿なんじゃないですかっ!」
きっとブレリオもこのままだと倒せない事は気付いているだろう。それでも向かっていくのは私が何とかすると信じているからだ。
二級に上がったばかりの新人魔法使いに命を賭けて向かっていくブレリオを前に当の本人である諦めるわけにはいかない。
……現状、私達には化け物を倒す火力が足りない……ううん、正確に言えば核を壊す手段がないのが問題……だからもし正確に核の位置が分かればこの魔法でも撃ち抜ける。
とはいってもそもそも位置を知る手段がないからこそ火力で押し切るという強引な方法で倒そうとしたのだ。
今更、そんな都合よく核の位置が分かる方法なんてあるわけがなかった。
っ……だとしても信じて向かったブレリオさんの期待を裏切るわけにはいかない!
偶然でも軌跡でも何でもいい。この状況を打開してあの化け物を倒す事ができるのなら私はなんだってやってやる。
探せ……目を凝らせ……何でもいい……核の位置さえわかれば……!
風の弓矢を番えたままなりふり構わず必死に目を凝らして核の位置を探す。どれだけ目を凝らそうと化け物の体内にある核が見える筈もないのを頭の片隅で理解しながら。
「っそ……!時間がないのに…………」
何も突破口のないまま魔力集点とブレリオの身体の限界が近付いていく。
「っうおらぁぁぁ!!」
「なっ……!?」
そんな中、突っこんでいたブレリオが気合の声と共に満身創痍の身体を押して拳を振り抜き、化け物の一部を消し飛ばした。
あの身体のどこにそんな力が残っていたのかと驚愕するも、化け物の再生力を前にしてはその一撃も大した意味もなさない。
「――――諦めんなぁっ!お前ならやれるっ!!」
「あっ――――」
血反吐を吐きながらも藻掻き叫ぶその言葉に私はハッとし、もう一度、今度はブレリオが吹き飛ばした箇所を中心に目を凝らす。
っ……見えた!あれが核!!
再生する一瞬の間に見えた小さい物体、あっという間に再生され見えなくなってしまったけど、確かに見つけた。
「絶対に逃してたまるかっ!ここで核を撃ち抜く!!」
風の弦を引き絞り、使えるだけの魔力を活性させて絶対に見失ってたまるかという覚悟で必死に目を凝らす。
っもう見えな――――え?
覚悟空しく肉に埋もれた核を見失いそうになったその時、必死に目を凝らしていた私の視界……見えている景色が一変した。
「何……これ……色が…………」
周りの建物や地面は変わらない。けれどブレリオや化け物の方に視線を向けると身体にぼんやりと様々な色が浮かんでいた。
どうして突然……それに色の濃い箇所や薄い箇所があって…………これはもしかして魔力の流れ……?だとしたら――――
化け物の体をよく観察して一か所だけ物凄く色の濃い箇所がある事に気付く。
「そっか、あれが……なら――――〝一点を穿つ暴風〟」
見つけた色濃いその箇所へ狙いを定め、荒れ狂う風を矢に変えて引き絞った弦を静かに離した。
「ああ嗚呼アア嗚呼ああ――――?」
放たれた風矢は真っすぐ狙った場所を捉え、過たずそれを貫く。
「アア…………ああ嗚呼…………嗚呼あああああああアアああッっ!!?」
耳を劈く断末魔の叫び、化け物はまるで支えを失ったかのようにどろどろと崩れ出し、やがて物言わぬ肉塊の海へとなり果てた。




