第87話 残酷な戦いと突きつけられる現実
目の前で繰り広げられた光景とエリンの圧倒的な実力を前に私は戦いの最中だという事も忘れて呆然としてしまう。
「……嘘、でしょ。あんな一瞬で死体の山を塵にするなんて」
今、エリンが消し飛ばした死体の山は少なくとも十数体はいた筈で、ここまで見てきたその不死性を考えれば一気に倒す事がいかに難しいか、良く分かっているつもりだ。
だからそれを一瞬ともいえる時間で塵に変えたエリンの異常な実力にはただただ目を見張るしかない。
「――ゔぁぁぁっ」
「なっ……!?」
戦闘中にぼうっとしてしまったせいで死体が近くまで迫っていたのに気付かず、反応が遅れてしまった。
「っ……!」
この距離の攻撃は避けられないと覚悟し、少しでも防ごうと咄嗟に腕を交差させるも反射的に一瞬、目を瞑ってしまう。
「――――うぉぉぉっ!!」
攻撃が当たると思った次の瞬間、雄叫びと共に飛び込んできたウィルソンが私に襲い掛かろうとしていた死体を体当たりで吹き飛ばした。
「っウィルソンさん!?」
「おう、間一髪だったなルーコの嬢ちゃん」
驚く私にウィルソンは笑顔でそう返すと吹き飛ばした死体の方に向き直り、斧を構える。
「こんな状況だから色々考えるのも分かるが、この場にいる以上は戦闘に集中しないと危ないぞ」
「……はい、すいません。ありがとうございます」
ウィルソンの言う通りだ。さっきまでの上から戦況を俯瞰していた時とは訳が違う。
戦いの場にいる以上、こっちの都合なんて関係なしに相手は襲ってくるし、それに対してきちんと意識を割かなければやられてしまうのは必至、ましてさっきの私みたいに呆けてしまうなんて論外だと言える。
無論、考えること自体を止める訳にはいかないけど、それでも戦いながらやるしかないだろう。
「……もう心配はいらないみたいだな――――くるぞ」
「はい!」
吹き飛ばされた死体が仲間を伴って向かってくるのを見て私とウィルソンはほとんど同時に地面を蹴って動き出す。
「うぉらぁっ!」
まず最初に仕掛けたのは真正面から向かっていったウィルソン。その手に持った斧を豪快に振り回し、横薙ぎに死体達の胴体を分断させた。
「はぁぁっ!!」
分断され、上半身と下半身に分かれた死体の頭目掛けて強化魔法の乗った踵落としを放つ。
「まだまだっ!」
上半身だけで動き出す前に続けて転がっている死体の頭を立て続けに踏み潰す。
そこには一切の躊躇いを挟まない。たとえ生前の面影が見え隠れしていようとも、あくまで死体、すでに死んでいるのだから。
……いくら相手が死体で必要な事だとしても、これは忘れられそうにないね。
ぐちゃりという感触は魔物のものとは明らかに違い、いつまでも足の底に残り続けているような錯覚を覚えた。
「っ嬢ちゃん次がくるぞ!」
最初に向かってきた死体達を倒したのも束の間、嫌悪感で頭を悩ます暇もなく複数の敵がこちらへ襲い掛かってくる。
「――――『光爆の衝打』」
呪文と共に光の爆発が炸裂、私達に襲い掛かろうとしていた死体の群れを全て吹き飛ばした。
「今のは……」
「――ルーコちゃんウィルソンさん大丈夫!?」
光魔法を放って死体達を吹き飛ばしたサーニャがこちらに向かって駆け寄ってくる。
「おう、サーニャも無事だったか」
「うん、他の人の援護をしながら走り回っていたんだけど、二人が戦ってるのが見えたから……」
「……二人共、話は後にした方がいいかもしれません。吹き飛ばした死体達がまた向かってきます」
サーニャの放った魔法は死体達を吹き飛ばしこそしたものの、あまり効いていないようで、再び立ち上がり、こちらに向かってきていた。
「……倒せるとは思ってなかったけど、まさかここまでダメージがないなんて」
「奴らを倒すなら吹き飛ばすよりも切断や貫通系の魔法で胴体や頭を潰すしかないぞ」
苦い顔で呟くサーニャに対し、ウィルソンが斧を構えたままそう答える。
「それはわかってるんだけど……」
ウィルソンの言葉に言い淀むサーニャ。その口ぶりから察するに彼女が死体達を吹き飛ばすだけに止まったのはおそらく人間だったものを攻撃する忌避感からだろう。
無論、サーニャもあれが倒さなければならない相手だというのは理解しているのだろうけど、それでも自分の手で出来るほど割り切れていないのかもしれない。
「……ならサーニャさんは拘束系の魔法で援護してください。動きが止まってる間に私とウィルソンさんでとどめを刺します」
ブレリオのおかげで接近戦をしてもすぐに異変がない事を知れた今、動きさえ止めてしまえば先程の様に倒す事も可能だ。だから無理にサーニャがとどめを刺す必要もない。
「う、うん……分かった」
「おう、任せとけ」
それぞれ返事を返すと同時に私とウィルソンは強化魔法を纏って駆け出し、サーニャが杖を突き出して呪文を唱える。
「――『戒めの光鎖』」
呪文と共に杖の先から無数の光の鎖が伸び、向かってくる死体達を次々に拘束していく。
「はぁっ!」
「おらぁっ!」
拘束された死体の頭を狙って私は蹴りを繰り出し、ウィルソンが斧を振りかぶって魔法ごと上から真っ二つ切り裂いた。
「っ!」
一撃で敵を沈めたウィルソンの攻撃と違い、私の蹴りは相手の頭を吹き飛ばすには至らなかったため、今度は跳躍して脳天目掛け、再度踵落としを叩き込んだ。
「もう……一発っ!!」
ウィルソンが横薙ぎに振るった斧が拘束している残りの死体を切り裂き、私がそれぞれ頭を潰して回る事で、向かってきた死体達を一通り退ける事に成功した。
「ひとまずはこれで近くにいる死体は倒しましたね……」
「ああ、問題はこっからどうするか……っサーニャ!」
一安心し、振り返ったその瞬間、横合いから小さな影がサーニャに向かって襲い掛かるのが目に入る。
「ゔぁぁぁぁっ」
「え……なっ!?」
飛び出してきた影の正体……それはあちこちから血を流し、涎を垂らしながら動く子供の死体だった。
「っく……!」
襲い掛かられたサーニャは咄嗟に強化魔法を使って死体の手を掴んで攻撃を防ぎ、前蹴りを繰り出してどうにか吹き飛ばす。
「っサーニャさん!」
「くそっ何であんなところに!」
悪態を吐きながら慌ててサーニャの方に駆け出す私とウィルソン。前からやってきていた筈の死体がどうして横から飛び出してきたのかは分からないが、それよりも今はサーニャを助けるのが先だ。
「ゔぁぁぁ……」
「っ子供の……」
ただでさえ戦うのを躊躇っていたサーニャに子供の姿をした死体を攻撃できるわけがなく、明らかに動揺した様子でその場から動けないでいる。
っ間に合わない……!
距離はそこまで離れていないが、サーニャと敵があまりに近過ぎるため、このままでは辿り着くよりも早く、攻撃が届いてしまう。
「――――らぁっ!!」
もう間に合わないと思ったその時、サーニャと敵の間に割って入るような形で上からブレリオが現れ、飛び降りた勢いのままに死体を叩き潰した。
「あ、貴方は……」
「っ自分が襲われるのにぼーっと突っ立ってんじゃねぇ!中途半端な覚悟で戦いの場に立つくらいなら引っ込んでろ!!」
ブレリオは潰した死体から腕を引き抜くと振り向き様、驚くサーニャを怒鳴りつける。
「っ……!何を――――」
「何を、じゃねぇよ。どうせ今の死体が子供の姿をしてたから仕留めるのを躊躇ったんだろ。違うか?」
かっとなって言い募ろうとするサーニャの言葉をばっさりと断ち切り、ブレリオが厳しく問いかける。
確かにブレリオの言っている事は正しい。
さっきまでの援護していた状況とは違い、いかに相手が元々は人間で子供の姿をしていようと、攻撃しなければ自分が殺される場面で躊躇してしまうのは致命的……それはサーニャ自身だけでなく、周りを危険に晒してしまう可能性だってあるのだから。
「そ、れは…………」
「……人の姿形をしている相手、それも子供だってんだから気持ちは分からんでもない……けどな、まだ動いていようとあれは死体だ。何かに無理矢理動かされているあの状態を哀れだと思うんならきちんと止めを刺してやるべきじゃねぇのか?」
あの死体達に意思があるとは思えない。だから必然的にあれは何者かの意思、あるいは本能で動いている事になり、それはただ殺されるだけよりも惨いと言えるだろう。
「………………」
「……まあ、どうするかはお前の勝手だが、今みたいな行動が周りにどういう影響を及ぼすかよく考えるんだな」
ブレリオは最後にそれだけ言うと背中を向け、俯き考え込んでいるサーニャを残してこの場から離脱していった。




