第85話 伝播する恐怖と傾く戦況
最初に攻撃を仕掛ける魔法使い達の中にいた私は死体の群れの不死性を伝えるべく、待機している前衛組……その指揮を執っているエリンの元へと戻ってきた。
「――致命傷をものともしない不死性ですか……」
深刻な表情で呟くエリンを始めとして待機している前衛組に不安と衝撃が伝播していく。
「……対策として足下を狙う事で進行速度を遅らせてはいますが、それでも進行自体を止めるには至っていません……だから完全に動きを止めるためには四肢を吹き飛ばすのが一番有効な手段だと思われます」
一瞬の躊躇いと共に吐き出した言葉にエリンを含む全員が表情を曇らせる。
死体とはいえ、元は町の住民だったものに対してそんな手段を取らざるを得ないのだからそうなるのも当然だろう。
「…………現状でそれしか手段がないというならどれだけ惨かろうとやるしかありません。前衛組の皆さんは抜けてきた相手の四肢を狙ってください」
少しの沈黙の後、眉間に皺を寄せたままそう言ったエリンと前衛組から驚きと批難が入り混じった視線が集まった。
ギルドマスターの立場としてはそう言わざるを得ないから仕方ないのかもしれないけど、それでもエリンへ非難の視線が集まるのはおかしいと思う。
「――――ハッ、対処方が分かったなら生き残るためにやるしかねぇだろ。それとも何か?お前らはそのみみっちい倫理観か何かのために自分が動く死体になってもいいってか?」
そんな視線を鬱陶しく思ったのか、もしくはそういう空気を察したのかは分からないが、集団から外れて控えていたらしいブレリオがどこか馬鹿にしたような表情でそう言い放った。
「っなんだと……!」
その言い回しや表情が気に障ったのか、一人の男が声を上げ、周りの冒険者たちもそれぞれ同様に怒ったように眉を吊り上げているのが見える。
「……さっきからみてりぁ見当外れの批難をそこの小娘やギルマスに向けてるが、お前らになんか策でもあんのか?そのくだらねぇ倫理観もどきを背負ったまま死体どもを黙らせる策がよ」
「それは……」
ブレリオの言葉に声を上げた男は押し黙り、周りの冒険者たちもばつが悪そうに目線を逸らした。
「……何も考えがねぇなら黙ってろ。それが嫌なら無策で挑んで勝手に死ね」
「っ………………」
少し酷いようにも見える言い回しだが、ブレリオの言っている事は全て的を得ている。
もちろん、冒険者たちの気持ちは分かる。元々は住人だったものの四肢を吹き飛ばそうというのだから忌避感や倫理観から躊躇うのは当然だ。
まあ、だからといって他に代替案もなく関係のない相手に避難の視線を向けるのは間違っているし、それを指摘されて声を上げるのはどうかと思うけど。
「…………今は時間がありません。もし、貴方達がそんな戦い方ができないというなら今からでも遅くないですから逃げる事をお勧めします」
反論できずに黙り込んでしまった冒険者たちへそう声を掛けてから一拍おき、意を決したようにその宣言を口にする。
「――ギルドは今から向かってくる死体の群れをアンデットに分類……魔物の一種として討伐対象に認定します!」
力強く響く声でエリンが宣言したその瞬間、張っていた防壁の一枚が派手な音を立てて崩れ去り、死体の群れが雪崩れ込んできた。
「――――ごめんなさいっあの数はもう止められません!!」
一人の魔法使いが息を切らして走りながら声を大きくする魔法を使ってこちらにそう伝えてくるが、そんな事は見ればわかると思わず叫び返したくなる。
っいくら何でも突破されるのが早過ぎる……!私がここに伝令に来てからまだ碌に立ってない筈なのに……。
離れる時の状況からいずれは突破されるとは思っていたが、ここまで早いのは想定外。
人数が少ないとはいえ、最初の防壁崩壊でいくらか削れた状態で進行速度も遅くなった死体達ならもうしばらくは足止めできると踏んでいただけに動揺も大きかった。
「っ皆さん落ち着いてください!焦らずに距離を取って――――」
エリンが声を張り上げて止めようとするも、恐慌に呑まれた冒険者たちの耳には届かず、その場が恐怖と混乱に支配される。
「くそっ!このっ!」
「どけっ!邪魔だ!」
「っ死にたくない!死にたくない!」
自棄になって向かってくる死体達に突っ込んでいく人、他の冒険者を押し退けて逃げようとする人、うわ言の様に同じ言葉を呟きながらその場に蹲る人、ただでさえ少ない戦力がさらに減り、最早まともに戦えるのは私達やエリンを含めても数人しかいない状態だった。
まずい……このままじゃ物量押されてあっさりと全滅しかねない……!
もう冒険者どころかギルドの職員ですら職務を忘れて逃げ出し混乱している中、数人であの群れを相手にするのは完全に自殺行為……せめて前線に出ていた魔法使い組が戻って上から援護してくれれば少しはましになるかもしれないが、現状を見るにそれも望み薄だろう。
「ゔぁァァぁ」
「あァぁぁ……」
「っ考える時間もない……!」
群れに先んじて突出し、襲い掛かってきた死体達の攻撃をかわして後退しながら悪態を吐く。
改めて周りを見ればどこもかしこも混戦状態になっており、こうなってしまってはもう立て直しは不可能に近かった。
最初にやったみたいに派手な魔法で場の空気を変える事はもうできない。
いや、正確に言うならやってやれない事はないが、それをしたが最後、私は何もできなくなってしまうし、そもそもそうするために『魔力集点』を使う必要がある以上、今の状況ではおいそれと使えないのが実情だ。
「――っルーコちゃん!!」
乱戦の中、私の近くにいた死体へ光の魔法が降り注ぎ、距離を取る隙が生まれる。
「っ今なら……!」
その隙を逃すまいと強化魔法を使ってその場から脱出し跳躍、建物の屋根へと飛び乗った。
「ルーコちゃん大丈夫!?」
「……はい、助かりました……ありがとうございます」
飛び移った先、光魔法で私が逃げる隙を作ってくれたサーニャと合流。一呼吸置きつつ、上から戦況を見渡す。
「もうどこも乱戦状態だね。見る限りウィルソンさんやエリンさんは無事みたいだけど……」
「……でも相当まずい状況です。このままだとすぐにでも全滅するかもしれません」
今でも数が多いのに向こうの方からまだまだ動く死体達は雪崩れ込んできている。
いくら強くても数人の抵抗で不死性を持つ死体達を殲滅ないし足止めする事はできないだろう。
……この前みたいに規模の大きな攻撃で……ううん、あの時よりも数が多いし、死体達の不死性に通じるかも分からない以上は迂闊に魔力を消費できない。
何か打開する一手が必要なのは理解していても、良い考えは浮かばず、状況は悪化の一途を辿っていた。
「っこのまま黙って見てられない……援護しないと!」
「サーニャさん!待――――」
手をこまねいて動けないでいる状況に焦れたサーニャが静止を聞かず屋根を伝って駆け出し、移動しながら死体達に向けて魔法を撃ち出す。
このまま考えていても埒が明かないのは確かだが、むやみに攻撃したところで効果は得られないし、悪戯に魔力と体力を消耗するだけだ。
「っ……それでもやるしかないっていうの?」
結局いくら考えたところで私に状況を打開できるような手札はなく、取り得る手があるとすれば生き残った全員でギルド内に立てこもり籠城するか、この場を放棄して逃げ出すくらいで、どちらにせよ戦うという選択肢を投げ出さなければならない。
だから戦うという選択でここに残っている以上は援軍が来るかもしれないという一縷の望みにかけて絶望的な戦況を生き抜くしかなかった。




