第84話 始まる防衛戦と異常な不死性
少しの無茶を通し、戻った私を待っていたのはエリン達によるお説教だった。
「必要だった事とはいえ、あのやり方は褒められたものではありません……ルーコちゃんが責任を背負う謂われはないんですよ?」
「エリンさんの言う通りだよ。わざわざ挑発めいた言葉で焚きつけた事もそうだけど、いきなりあの魔術を使うなんて…………」
「そうだぜ嬢ちゃん。あの混乱に呑まれちまった俺達が言えた義理じゃないが、それでも一言くらいは欲しかったな」
三人のもっともな言い分に私は何も言えず、ただただその言葉を受け止める他ない。
と言っても、時間がない事は三人共分かっているようでお説教はその一言で終わり、すぐにこれからどうするかという話に切り替わる。
「――――それで、問題はこれからどうするかだな」
「……ですね、エリンさんは逃げる人と戦う人で振り分けの段取りに向かいましたし、私達もどうするか考えないと」
防壁と挑発で混乱が治まったこの機を逃さないようにエリンはマスターとして指示を飛ばしにこの場を離れたが、私達は私達でどうするかを決めないといけない。
まあ、あれだけ大見得切った私には戦う以外の選択肢はないのだけれど。
「……よし、決めた。俺は残って戦う。逃げたところであの死体達をどうにかしないと街自体が危なくなるだろうしな」
「……私も残ります。ウィルソンさんの言う通りこのままだと逃げ道自体がなくなるのは目に見えてるし、どうせルーコちゃんは残るつもりだろうから一人にさせるわけにはいかないしね」
まだ何も言っていないが、二人共私がどうするつもりか気付いていたらしく、仕方ないといった表情を浮かべていた。
「…………気付いてましたか」
「そりゃあね。あえてあんな事を言った手前、ルーコちゃんが最初からそのつもりなんだろうなっていうのは見てればわかるよ」
「だな、長い付き合いとは言えないが、流石にそれくらいはわかるさ」
本当なら黙ったまま戦おうと思っていただけにそれがばれた今、少し気まずく、無意識に視線を逸らしてしまう。
「――――それでは逃げる方は職員の指示に従って後についていってください。残って戦ってくれる方は方針を決めようと思うのでこちらに集まってください」
気まずい思いを抱えた中、指示を出し終えたエリンが声を張って分けた人達を誘導し始めた。
「あ、ほらあっちが残る人みたいだから私達も移動しよっか」
移動する事になったおかげで気まずさを含んだ話はそこで終わり、外の死体達とどう戦うかの話し合いが始まる。
話し合いと言っても、当初の対策通り、魔法使いを中心に遠距離から攻撃できる人達で近寄らせないように立ち回り、万が一近付かれた場合は細心の注意を払って、倒すよりも遠ざける方を優先するという方向で決まり、すぐに終わってしまったのだが。
ひとまずの方針が決まった事で残った冒険者たちは戦う準備のためにそれぞれ動き出す。
……私の張った防壁はたぶん一時間もしない内に崩れる。だからそれまでに気休めでも魔力を回復させないと。
『魔力集点』を使った後の状態で戦闘に参加するのは自殺行為に等しいが、それでもやるしかないと邪魔にならない場所に移動して残った魔力を体内で循環させる。
「……私達も準備をしましょう。少しでも生き残る可能性を上げるために」
「ああ、嬢ちゃんは……休んでおいたほうがいいな。準備のついでになんか食べるものをもらってくるわ」
縁に座って目を瞑り、集中し始めた私を見てサーニャとウィルソンの二人も準備のためにその場から離れた。
そして全ての準備を整え、最終的に残った冒険者の数は私達を含めて二十三人とエリンを含めたギルド職員が五人の計二十八人になった。
……正直、死体集団の強度も数も不鮮明な現状だと少な過ぎる戦力だと思う。でもこれ以上が望めないなら今あるものだけでなんとかするしかない。
一応、逃げる人を先導したギルド職員に各方面への応援要請を託したらしいが、実際に駆けつけるまでの時間を考えると、それを頼りにするのは現実的じゃないだろう。
「大丈夫……数の少なさを補うだけの工夫はしてある……」
何も馬鹿正直に正面から迎え撃つ訳じゃなく、基本の方針の他にも大通りにいくつもの壁を作り、魔法使いを各建物に配置。
敵の攻撃が届かないところから魔法を撃ち、建物を移動しつつ、数を減らしていくという段取りだ。
残りの魔力や使える魔法の種類も加味すれば私は攻撃に参加すべきじゃないんだろうけど、ここにいる以上、黙って見ているだけというわけにはいかなかった。
「っそろそろ崩れる……!」
ぴきりぴきりと音を立てて崩壊していく土の防壁。その巨大さ故に崩れる瞬間、防壁を構成していた土砂が近くに群がっていた死体の群れをある程度巻き込み、生き埋め状態へと追いやった。
……狙ってやったわけじゃないけど、少しでも削れたならそれでいい。上手い具合に足場も不安定な状態にできた。後は――――
防壁の崩壊に巻き込まれなかった死体の群れが瓦礫によって不安定になった足場をよじ登って向かってくるのが見える。
「速度が遅くて固まってる今なら数を減らせる……!」
おそらく一番近くにいるであろう私が攻撃開始の合図として風の魔法を撃ち放ち、先頭の死体を数体削り取った。
それを皮切りに潜んでいた魔法使い達が周囲の建物から一斉に魔法を撃ち出して死体集団の数を減らしていく。
……数は減ってるけど勢いが止まらない。というより思ったよりも仕留められてない?
魔法は確かに命中しているのにそれを受けてなお死体達は這いずるように移動を続けていた。
「……元が死体だから痛みで怯まないし、致命傷も関係ないって事か」
よくよく死体達を見ればあちこち損傷しており、魔法が効いていないというわけではないようだが、ただ攻撃するだけでは進行を止められないようだった。
たぶん他の魔法使いもそれに気付いてるはず……だから私のすべき事は…………。
思い立ち、急いでその場を離れた私は防壁を張って待機している前衛組の元へと向かう。
その間も攻撃役の魔法使い達が死体達の足下を狙って魔法を撃ち、機動力を削いでいるのが見えた。
倒せなくても足を封じればおのずと進行は遅くなり、四肢を吹き飛ばせば当然身動きが取れなくなる。
だからああいった倒せない手合いには有効な手段なのだが、あの死体達は元々がこの街の住人だっただけに、ああも惨い姿を晒させるのはどうしても忌避感が拭えない。
……まだ原因は分からないけど、もしこれが誰かの仕業だとしたら私はそいつを絶対に許さない。
動く死体となって呻く住民達の惨い姿を目にした私は心の内にそんな決意を秘め、急ぐ足に力を込めた。
 




