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〝凡才の魔女〟ルーコの軌跡~才能なくても、打ちのめされても、それでも頑張る美少女エルフの回想~  作者: 乃ノ八乃
第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

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第83話 混乱と決断と非情な選択肢

 

 試験を終えた次の日の朝、私は外から聞こえてくる大声とざわざわした空気で目を覚ました。


「ぅ……なに…………?」


 働かない頭と回らない口を無理矢理動かして布団から抜け出し、かーてんを開けて窓の外に目をやる。


街の人が慌てて逃げてる……?一体何から……?


 着の身着のままの人や家財道具のようなものを持って走る人など色々いるが、全員に共通しているのは何かから慌てて逃げているという事か。


「――――ルーコちゃん起きてる!?」

「――――嬢ちゃん起きてるか!?」


 外の光景を見てそんな事を考えていると、サーニャとウィルソンが血相を変えて駆けこんできた。


「どうしたんですか?そんなに慌てて……」

「どうしたもなにも外の騒ぎだよ!」

「まだ詳しくは分からないが、何でも死体が人を襲っているらしい。まだここまでは来ていないが、急いで出た方がいい」


 もうこの宿に残っているのは私達だけらしく、さっきの様子からも分かるようにここら一帯の住人が避難を始めているようだった。


「とにかく状況を把握するためにも一度ギルドに行こうって話になったの!」

「だから嬢ちゃんも急いで支度してくれ」


 慌てる二人に促されるままに荷物をまとめ、ぼさぼさの髪を梳かす暇もなく外へと飛び出し、ギルドを目指す。


それにしても死体が人を襲うってどういう……っ!?


 ギルドへの道すがら、走りながらそんな事を考えていると、後ろの方から悲鳴と不気味な唸り声が聞こえてきた。


「今のって……?」

「……振り返るな。急ぐぞ、情報が足りない中で戦うのは得策じゃない」


 おそらく今の悲鳴は逃げていた町人の誰かだ。距離と時間を考えればもう間に合わないし、ウィルソンの言う通り、情報が足りない現状で助けに行くのは危険と言えるだろう。


「っでも……!」

「どのみちも間に合わない。それに誰かを助けるならまずは自分の安全を確保してから、異論はあるか?」


 助けたいという気持ちからサーニャが食い下がるが、ウィルソンの言葉に何も言えず、悔しそうに歯噛みして押し黙ってしまう。


「……ともかく今はギルドに急ぎましょう。色々考えるのはその後です」


 サーニャの気持ちも、ウィルソンの言っている事も、間違いではないだけにどっちの言い分にも口を挟むことができない私はそれだけ言って走る速度を上げた。



 さっきのやり取りから無言のままギルドに到着した私達は騒然としている中からマスターであるエリンの姿を探す。


人がごった返していてなかなか見つからない……。


 やはりというべきか、この状況下で考える事は全員同じらしく、ギルド内は情報を求めて押しかけてきた冒険者や避難してきた人達で溢れかえっていた。


「……あ、あそこ!」


 声を上げたサーニャが指さす先には忙しなく動いて指示を出すエリンの姿があった。


「エリンさん!」


 忙しそうにしている最中に声を掛けるのは悪いと思ったが、そうも言ってられない。


 人混みをかき分けて前まで躍り出て大声で呼びかけると、エリンはすぐこちらに気付き、安堵の表情を浮かべる。


「っああ、無事だったんですね……良かった」

「一体何があったんですか?」


 心配してくれていたのは嬉しいけど、あまり長く引き留めるわけにはいかないため、返事もそこそこに本題を切り出す。


「それは……」

「噂じゃ死体が人を襲ってるって聞いたが……」

「ギルドの方で何かわかってないんですか?」


 言い淀むエリンへウィルソンとサーニャが矢継ぎ早に言葉をぶつける。


 おそらく私たち以外からも同じような問いを何度も聞いているかもしれないが、それでもこの状況下でまともな情報を得るためにはギルドマスターであるエリンを頼るほかなかった。


「……現在、情報が錯綜していて確かなものは少ないです。分かっているのは死んでいると思われる人々が動き回り、住人を襲っているという事、そして襲われ殺された住人が生ける屍となって他の住人を襲っているという事だけです」

「殺された人が……?」


 死体を操る魔法や魔術の類なら本で見た事はあるが、死体からまるで病気のように広がるなんて聞いた事もない。


 それはサーニャやウィルソンも同様だったようで二人共驚きの表情を隠せないでいる。


「はい、だから被害が拡大する一方で原因も不明のまま、現状だと死体の殲滅くらいしか対応策がありません」

「殲滅って……」

「……自分もそうなるリスクを負って、か」


 襲われ殺されたらという話だが、実際のところはどうなっているか分からない。


 もしかしたら殺されなくても、傷をつけられたら、体液を浴びたら、あるいは近くに寄るだけでも生きる屍と化してしまう可能性だってある。


「……ですからはっきりとした情報が分かるまで直接の対処は避けてください。当面は魔法を中心に出来るだけ近寄らせないよう――――」

「っ報告します!街の西側から死体の群れがギルドに向かっている模様……このままでは数刻もしない内にここへ到達します!!」


 エリンが方針を言い終えるよりも先に、外からギルド局員らしき男が慌てた様子で駆け込んできて息も絶え絶えにそう叫んだ。


「なっ……」

「予想よりも大分早い……!っ土系統の魔法を使える人は外に出て防壁を作るのを手伝ってください!!」


 報告を聞いたエリンは額に汗を浮かべながらも、今できる最善を考え、大声で指示を飛ばす。


「防壁なんて張ってる暇があったら逃げた方がいいだろ!」

「もうここも安全じゃないって事か……!」

「嫌だ……!死にたくないぃぃ!!」


 しかし、その指示は蔓延した恐怖と焦燥を孕んだ空気のせいで届かず、ギルド内にさらなる混乱が広がっていく。


……さっきの報告を大勢に聞かれたのがまずかった。あれでギルドに逃げてきた大半の人が恐怖に駆られて冷静な判断ができなくなってる。


 とはいえ、伝令にきたギルド職員を責める事はできない。


 時間がなく、すぐにでも緊急事態を知らせなければならない状況で叫ぶなという方が難しいだろう。


「みんな混乱してて指示が届かない……」

「まずいぞ……このままだと何も準備ができないまま奴らが来ちまう……!」


 混乱する空気には呑まれなかったものの、サーニャとウィルソンの表情にも焦りの色が浮かんでいる。


こうなってしまった以上、エリンさんの案を実行するには説得する時間が足りないし、仮に今すぐまとまったとしても、急造の防壁がどこまで持つかも分からない……なら――――


 ある決意をして私はその場を離れ、出口の方へと駆け出す。


「っルーコちゃん!?」

「おいっどこにいくんだ嬢ちゃん!?」

「……っまさか」


 私の突然の行動にサーニャとウィルソンが声を上げる中、その意図に気付いたらしいエリンがはっと顔を上げた。


「――――よし、まだ見える距離にはいないみたいだね」


 大通りのど真ん中に経って見渡し、敵の姿が見えない事を確認してから深呼吸、ここまでの十日間で常に意識していた魔力の流れを操作し、詠唱を口にする。


「〝命の原点、理を変える力、限界を見極め絞り集める……先へと繋ぐ今が欲しい、種火を燃やして魔力をくべろ〟――――」


 使ったのは自身の切り札、魔力を無理矢理捻り出して一気に消費する魔術だ。


 改良版の方とはいえ、まだ接敵もしていない状況で使うべき代物ではないと自分でも理解しながらも、私はこの手札をためらいもなく切った。


魔力集点(コングニッション)


 呪文と共に吐き出した魔力の余波でギルドの入り口を吹き飛ばして混乱する人達の注目をこちらへと向けさせる。


……上手い具合に注目を集める事ができた……後は――――


「土くれよ、隆起し、苦難を阻む壁となれ――――『土くれの防壁(ディフェグオール)』」


『魔力集点』によって捻り出した魔力を詠唱と呪文に込めて思いっきり地面に掌を叩きつけた。


 その瞬間、少し離れた通路の先で地面が派手な音を立てて隆起し、近くの建物を押し退けて巨大な一枚の防壁を作り出す。


「っ……はあ……ぐ……」


 魔法を撃ち放ち終わってすぐに『魔力集点』を解除、全身を脱力感に襲われながらも、倒れないように歯を食いしばる。


 たった一発……それも基本的な土魔法を使っただけで魔力を半分以上持っていかれた。


 まあ、今の一発に注げるだけ魔力を注いだので当然と言えば当然だし、むしろ少しでも魔力が残っているだけましなのかもしれないが。


「な、なんだ……?」

「でっかい土壁……あの子供がやったのか?」


 轟音と共に出現した巨大な土壁を前に混乱していた人々がざわざわとこちらに視線を向けてくる。


事態を収拾するなら今しかない…………!


 ここまでの流れは予想通り、こうして注目を集めるためにわざわざ『魔力集点』という札まで切ったのだからそうでなくては困る。


「……これでしばらくは時間を稼げます!逃げたい人はすぐにここから逃げてください!!」


 反動でふらつくのをどうにか堪え、聞こえるよう声を張ってそ全体にそう促した。


「逃げろって言われても……」


 急転する事態に頭が付いていかないのか、困惑したまま動けないでいる人達へ私は追い打ちと言わんばかりに決めていた言葉を口にする。


「……私が張ったこの防壁の向こうにはまだ逃げ遅れた人たちがいたかもしれません。けれど今ここにいる()()()の人を優先してその人達の逃げ道を塞ぎました。貴方達の今はその犠牲の上に成り立ってます……それを忘れないでください」


 わざと罪悪感を煽るような言葉を選び、私は逃げようとする人達に決断を突き付けた。


 逃げるか、それとも犠牲を減らすために戦うか、どちらにせよ、その罪悪感から悪戯に時間を消費する先程のような混乱が起きる事はない筈だ。


……私に向けられる敵意や嫌悪が増えるかもしれないけど、それは仕方ない。


 悪感情を向けられようと、ここで混乱したまま全滅を迎えるよりはずっといいだろう。


 逃げる人達に向けた言葉が自分にも重くのしかかっているのを自覚しつつ、私は悲しそうな表情でこちらを見つめるエリン達のところに戻っていった。


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