第80話 魔女への一歩と根も葉もない噂
ジアスリザードの群れを討伐して約十日程たったある日、いつものように魔法の練習をしていた私のところにやってきたサーニャが雑談がてらある話題を切り出してくる。
「昇級試験……ですか?」
「うん、ほら前にダイアントボアを討伐した功績で今度きたら受けれるってエリンさんが言ってたでしょ?あれからギルドに行ってないからそろそろどうかなって」
正直、ここ最近の騒動で忘れていたけど、そういえばそんな事を言われていた気がする。
「あー……そういえばそうでしたね。すっかり忘れてました」
「忘れてたって……もう、ルーコちゃんにとって大事なことでしょ?」
半分呆れて返してくるサーニャ。そりゃあれだけ〝魔女〟になるなると言っていた張本人がそんな大事なことを忘れていたのだからそんな反応をされても仕方ない。
「そうなんですけど……その、色々あったので……」
「……まあ、それもそっか。とにかく二級魔法使いに上がるための試験が受けれるからアライアさんに相談して明日にでも町に行こうよ」
明日というのは急な話だが、それでも早い内に試験を受けようというサーニャの意見には賛成だと早速、アライアに相談すべくその場を後にする。
依頼のない日、アライアは大体自室か、庭にいる事が多い。
今日は外で私が魔法の練習をしていたため、おそらくは自室にいるだろうと踏んで戸を叩くと案の定、中からどうぞという言葉が返ってきた。
「んー昇級試験?いいんじゃないかな。ルーコちゃんの実力なら二級試験は受かるだろうし」
部屋に入るなり本題を切り出して尋ねるとアライアから気のない返事が返ってくる。
「えっと……じゃあ……」
「うん、明日にでも行っておいでよ。話の流れ的にサーニャはついていくつもりなんだろうし、もう一人誰かをつけるから三人でね」
別に反対されるなんて思ってたわけではないけど、こうもあっさり送り出されるとつい戸惑ってしまう。
「その、もし落ちたらどうすれば……」
「大丈夫、大丈夫、万が一にも落ちないから安心して」
私の後ろ向きな言葉を大丈夫だけで押し切ってくるアライアに何とも言えず、そのまま明日の出発を迎える事になった。
次の日、サーニャと用事があるらしいウィルソンを伴って町へとやってきた私達はその足でギルドに向かおうとしていた。
「――じゃあ俺は食材の買い出しに行ってくるから、お昼ごろにあの飯屋の前で合流な」
「あの?」
「了解。大丈夫、私が知ってるからルーコちゃんも連れていくよ」
待ち合わせ場所を決めてウィルソンと別れ、私とサーニャはギルドへと向かった。
特に問題もなくギルドに着き、早速、昇級試験を受けるべく受付にいるであろうエリンの姿を探す。
「あ、いたよ。あっち!」
「ちょ、引っ張らないでくださいよサーニャさん」
まだ人がまばらなおかげでぶつかる事はなかったが、それでも気の急いたサーニャに引っ張られたままなのは危ないと慌てて速度を合わせた。
「まだ時間が早いから人が少なくて良かったね」
「……そうですね。でも人のいる室内で走るのはやめましょう?」
げんなりした顔でやんわりとサーニャに注意をするも、当の本人は何のことか分からないと言った風に首を傾げている。
「まあまあ、そんな事よりほら、私達の番だよ」
私の注意をそんな事で済ませたサーニャに促され、受付のエリンへ声を掛ける。
「おはようございます。エリンさん」
「あら、久しぶりですねサーニャさん。ここに来たという事はもしかして昇級試験を受けに?」
久しぶりという感覚はあんまりないけれど、前回の依頼からそれなりに時間は経っている事を考えればその言葉が適当なのかもしれない。
「はい、できればすぐに受けたいんですけど……」
「そうですね……少し待っててください。空いている二級以上の魔法使いがいないか探してきますから」
そう言って一度受付の奥に戻っていくエリンを見送りつつ、ふと疑問に思った事をサーニャに尋ねた。
「二級魔法使いならサーニャさんもそうですよね?だったらサーニャさんが試験官でもいいんじゃ……」
「……残念だけどそれはできないの。試験にある程度の公平性を持たせるために、試験を受ける本人と同じパーティや近しい間柄の人は審査できない決まりがあるからね」
なるほど、確かに身内だからと合格させる人も中にはいるかもしれないと考えればそういった決まりがあるのも頷ける。
「……でも誰がどういう関係なのかを把握するのってギルドとしても難しくありませんか?」
誰と誰がパーティを組んでるくらいは把握できても、その他の関係性まで調べるには登録している冒険者の数があまりに多すぎるだろう。
「うん、だからギルドも把握できる範囲に留めてるみたい。結局、ずるして合格しても実力が伴わなかったら自分に返ってくるしね」
「それは……まあ、そうかもしれませんけど……」
ギルドからすれば不正で合格した人はどうなっても知りませんよ、実力不足で依頼を失敗しても、命を落とす羽目になっても自己責任でという構えなのかもしれないが、それで通すなら決まり自体の必要性も疑われる気がする。
……そもそも関係性がなくても知らない誰かに頼めばその穴を突けてしまうんだからやっぱりあってないようなものに見えちゃうのがね。
実際にお金で試験官を買収して一級魔法使いになったギーアという例を知っているだけに殊更そう思ってしまった。
「――――そこにいるのは最近噂になってる片耳のエルフじゃねえか?」
そんな事を思いながらも、エリンを待って雑談を続けていると後ろから見覚えのない男が急に声を掛けてきた。
「……私に何か用ですか?」
男の纏う雰囲気から馬鹿にされている事を察して返す言葉に険を込める。
「ハッ、別に用なんてねぇよ。ただ噂のエルフがどんなものかと思っただけだ……まさかこんなガキだとはな」
「……確かに私はまだ小さいですけど、そんな風に見られる筋合いはありません」
「そうですよ。急に話しかけてきて何なんですかその態度は」
サーニャも男がこちら……私が馬鹿にされている事を察して怒ってくれているようだった。
「気に障ったか?そりゃ悪かったな。ま、訂正はしないが」
「なっこの――――」
あまりの態度と物言いにサーニャが声を上げかけたその瞬間、奥から空いている二級魔法使いを探していたエリンがちょうど帰ってくる。
「ごめんなさい。今すぐ空いている人がいないみたいで後で……あら?」
書類を抱えて帰ってきたエリンが場の空気と男の姿に気付いて言葉を止めた。
「空いている人……ああ、そうか。昇級試験を受けるって話か」
言いかけたエリンの言葉から試験の事を察したらしい男が一人、納得が言ったように頷く。
「どうしてそれを……」
「どうしても何も言っただろ?噂になってるって。あんなガキが昇級試験を受けるなんてどんな手を使ったのかってな」
あれだけの言葉で昇級試験の話まで辿り着けるのは流石に察しが良過ぎる気がしていたけど、まさか噂になっているとは思わなかった。
「っどんな手も何もルーコちゃんはきちんと実績を認められて試験資格を得たんですから変な言いがかりは止めてください!」
「ほー実績ねぇ……実際のところはどうなんだか」
私が怒るよりも先にサーニャが声を上げ、男は相も変わらずの食ったような態度を崩さないため、言い合いが白熱の様相を見せる。
「――二人共、そこまで。それ以上は他の人の迷惑になるから外でやってくれる?」
しかし、そこで圧力のあるエリンの言葉が間に入り、サーニャも男も渋々といった様子で言葉の矛を収めた。
「……ちっ白けたな。おい、エルフのガキとギルドマスター。試験官を探しているなら俺が引き受けてやってもいい」
「……はい?」
「なっ……!?」
舌打ちからの唐突な提案に思わず間抜けな声で聞き返してしまう。
さっきまで馬鹿にするというか、挑発めいた感じで絡んできたのに、わざわざ自分から試験官に名乗り出るとは思わなかった。
「……一体どういう風の吹き回しですか。ブレリオ一級魔法使い?」
「一級……!?」
エリンの一言で男の意外な正体を知り、今度は驚き混じりの声をあげてしまう。
「別に、ただ本当に実力があるのか見てやろうと思っただけだ。嫌ってんなら断ってもいいぜ?」
「っ誰が貴方みたいな人に――――」
「……ならお願いしてもいいですか。ブレリオ一級魔法使い殿?」
サーニャの叫びを遮り、私は承諾の言葉を口にした。
「へぇ……いいのか?」
「ええ、他の人が見つかるのを待つのも面倒ですし、貴方なら条件にもあってるでしょうからね」
それにサーニャばかりが怒ってたように見えるけれど、私だってあそこまで小馬鹿にされたら頭にくるし、実力をみせてやろうと思いもする。
「なら決まりだ。さっそく今から始めるが問題ないな?」
「……望むところです」
売り言葉に買い言葉で話が進み、私は少しの怒りを胸に秘めつつ、移動するブレリオの後をついていった。




