第74話 狙撃と混乱と迎える窮地
遠くから撃ち放った魔法の行方を見つめながら、私は自身の考えが上手くいった事を確信した。
「まずは一匹、ここからならまだ……」
撃ち抜かれた魔物の姿を見て戸惑っている他の個体に狙いを定めて再び詠唱を口にする。
「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟」
風の弓を構え、矢を番える動作と共に魔力を集中、狙った獲物を捉えて弦を引き絞った。
――『一点を穿つ暴風』
絞った弦を離して魔力を解き放ち、狙った個体の頭へ過たず風の矢が吸い込まれていく。
「――ギュアッ!?」
風の矢は狙ったジアスリザードの命を奪い、その断末魔は他の個体へと恐怖を伝播させ始めた。
「次……!」
間髪入れずに一匹、もう一匹と風の矢を番えて仕留め、場所を特定されないように木の枝を移動しながら次々と矢を射っていく。
……思った通り、知能が高い分、分からない事が起きると普通の魔物以上に恐怖するみたい。
伝播した恐怖で大きく統率を乱す群れの姿を見つめながら予想以上の効果にそんな事を思う。
距離が離れているとはいえ、どこから飛んでくるか分からない『一点を穿つ暴風』は速度的にも視認する事は難しい。
つまり、今ジアスリザード達は何か攻撃が飛んできている事を理解しながらも、それがどんなものでどうやったら防げるのかが分からない状態だ。
なまじ知能が高いジアスリザード達は正確にこの状況を把握してしまった。
それ故にいつ自分が殺されるのか分からないという恐怖を覚え、一気に統率を失い始めたのだろう。
一番の利点であろう知能の高さが逆に仇になるなんて皮肉な話だが、これなら戦況は私達の優位に傾く筈だ。
現にノルンとトーラスは状況を好機と攻勢に出てすでに数体のジアスリザードを屠っているのが見える。
「……そろそろ魔力が心許なくなってきたけど、ここは畳み掛けないと――――」
攻勢に出た二人の援護をすべく次の風矢を番えようとしたその瞬間、遠くの方から地響きと共に森全体を震わすような咆哮が聞えてきた。
「何……今の……っ!?」
咆哮の発生源を確かめようと顔を向けるが、正体を確かめるより先に乗っていた木が轟音の後、突如として薙ぎ倒され、私は空中に投げ出されてしまう。
「っ……『風を生む掌』!」
突然の出来事に驚きながらも、魔法を使って着地の衝撃を緩和し、転がるように地面へと降りる。
「痛っ……」
衝撃を緩和したといっても、派手に転がったせいで色んな所を擦り剝いてしまい、じんじんとした痛みが全身を襲う。
「一体何が……?」
痛みに顔をしかめつつ、原因を探るべく辺りを見回すと、私の乗っていた木が何か物凄い力で破壊されている惨状が目に入った。
私の乗っていた木の幹はかなり太く、ちょっとやそっとではびくともしない。
にもかかわらず、薙ぎ倒されたというのならそれができる力を持った何かがいるという事だ。
「……あのジアスリザード達にそんな芸当ができるとは思えない。他に何か――――っ」
ぞわりとした感覚が全身を襲い、私は反射的にその場を飛び退いた。
「っ……!?」
飛び退いたその瞬間にさっきまで私のいた場所に何かが振り下ろされ、衝撃と轟音と飛び散った土片が降り掛かってくる。
間近でそれらを受けた私は再び派手に吹き飛ばされ、碌に受け身も取れず、全身を打ち付けてしまった。
「かはっ……げほっ……」
咳込み、口の中で土がじゃりじゃりとする不快感を吐き捨てながらも、何かの正体を確かめようとして顔を上げると、そこにはジアスリザードよりも遥かに大きい魔物の姿があった。
「なっ……」
「グオオオオッ!!」
咆哮を上げる魔物を前に絶句し、目を見開く。
おそらくさっきの咆哮はこの魔物から発せられたものだろう。
見た目はジアスリザードに酷似しているが、その大きさは倍以上かけ離れており、手には巨大な身の丈に合った大刀が握られていた。
こんなに大きい魔物の接近に気付かなかったなんて……それにもしさっきの咆哮があの魔物のものだというならいくらなんでもここまでくるのが早過ぎる。
咆哮が聞こえてから木が薙ぎ倒されるまでにそこまでの間はなかった。
ということはつまり、この魔物は遠く離れた距離を凄まじい速度で移動してきたという事になる。
「だとすると……っまず――――!?」
危機感を覚え、咄嗟に強化魔法を使って思いっきり横に跳んだ。
どうやらその感覚に従った事は正しかったようで響く轟音と共に振り下ろされた大刀を寸前のところでかわす事に成功する。
っ危なかった……あの巨体であそこまで速く動けるなんて……!
避けた事で一安心したのも束の間、その魔物は振り下ろした大刀を斜めに振り上げ、追撃を仕掛けてきた。
「ぐっ!?」
かわした直後、それも一度避けた事で油断していた事もあり、その一撃を受けざるを得ない状況になってしまう。
あの大刀を軽々と振り回す膂力から繰り出される一撃をまともに受ければ強化魔法があっても私は真っ二つになる。
そう考え、私はほとんど反射で短刀を抜いて刃と刃が当たる瞬間に思いっきり後ろへと跳んだ。
っ――――――!!?
身体がばらばらになったんじゃないかと錯覚するほどの衝撃と痛みが全身を駆け巡り、勢いよく吹き飛ばされた私の意識はそこでぷつんと途切れてしまった。
ルーコちゃんの魔法による不可視の狙撃で連携を乱し始めたジアスリザード達はさっきの手強さが嘘みたいに容易く攻撃が当たるようになっていた。
「……一度崩れ始めると脆いものだな」
二匹のジアスリザードを切り伏せたトーラスがぼそりとそんな事を呟く。
確かについ先ほどまで、こちらの攻撃を見切り、統率の取れた連携を見せていたのに、狙撃が始まった途端に恐怖し、こうも簡単にそれを崩すとは思わなかった。
「そうね……頭が良い分、恐怖を理解してしまったんじゃないかしら」
呟きに対してそう返しつつも、トーラスに続いて三匹を魔法で仕留める。
「なるほど、な……まあ、なんにしても今が絶好の好機だ。奴らが混乱している内に一気に畳みかけるぞ」
「ええ、言われなくてもそのつもり――――」
そこまで言いかけたところで、遠くから咆哮のようなものが聞こえ、突如としてジアスリザード達が動きを止めた。
「何だ……?」
「今の咆哮は……」
突然の出来事に私達も思わず動きを止めて咆哮のした方に視線を向けるが、ここからではその正体を掴む事はできない。
「ギュアアアアッ――――!!」
「「「「ギュアアアアッ!!」」」」
動きを止めていたジアスリザード達が咆哮に感化されたように一斉に鳴き声を上げて私達の方へと向き直り、襲い掛かってきた。
「なっ……!」
「どうして急に……!?」
さっきまで逃げ腰で混乱していた筈のジアスリザード達の変化に戸惑いつつも、それをどうにか迎え撃つ。
トーラスが剣を横薙ぎに振るい、私が魔法を放つと、ジアスリザード達はそれらを容易く避けて攻撃を仕掛けてきた。
っ動きが元に戻ってる……!?
どうやらさっきの咆哮はジアスリザード達の士気を高め、混乱を治める効果があったらしい。
乱れていた統率が戻り、再びこちらの攻撃を見切ってくる。
「このままだと押し切られるわ!一度、下がらないと……」
「っ……分かってる!業腹だが、仕方ない」
流石のトーラスも危うい現状を理解しているようで、賛同を示してジアスリザード達と距離を取ろうとする。
しかし、足を止めないジアスリザード達から簡単には逃げる事ができず、結局、攻撃してくる個体を捌きながら後退するに他なかった。
「っ今度はなんだ!?」
不利な攻防を繰り返す中、少し離れたところで派手な音と共に巨大な木が倒れたのが見える。
あの方向はルーコちゃんの……!
向こうで何かが起きた事を察し、心配しながらも攻撃の手を休めないジアスリザード達の相手で手一杯で、助けに行く事ができない。
再び響く轟音、おそらくは向こうでルーコちゃんが何かと戦っているのだろう。
そしてこの音から察するにそれはここにいるジアスリザード達よりも手強い何かだ。
「っ――――トーラス!受け止めて!!」
三度響いた轟音の後で向こうから何かが飛んでくる事に気付いた私は嫌な予感を覚えて反射的に叫び、邪魔をさせないように影の刃でジアスリザード達をけん制する。
「何を――っ」
突然の言葉に戸惑い驚くトーラスだったけど、すぐに私の言わんとしている事を理解したようで、剣を逆手に思いっきり駆け出した。
「くっ……のぉっ!!」
案の定、嫌の予感は的中する事になる。
トーラスがギリギリのところで受け止めたものの正体……それは全身に打ち身を作り、ボロボロの状態で気を失っているルーコちゃんだった。




