第69話 依頼前の休息と常識のずれ
「……それでお前さんらはこれからどうするんじゃ?」
呆れて意気消沈する私達へゼペルが頭を掻きながらそう尋ねてくる。
どうやらゼペルもアライアのそういう一面を知っているらしい。
だからどうするというのは今の話を聞いた上でなお、依頼を受けるかどうかを問うているのだろう。
「どうすると言われても……」
「お前さんらはアライアの奴にそこそこの魔物と聞かされてきたんじゃろ?それが実際は予想以上の強さだったんじゃ。ここで取り辞めても文句は言わんよ」
戸惑うノルンへゼペルがそう言い放つ。
確かにこのまま私達だけで依頼を受けるのは難しい。
ここはそれこそアライアに連絡を取って来てもらい、本人に直接依頼をやってもらうというのが一番だと私は思う。
失敗の責任が自分達だけで済むならまだしも、今回、私達が失敗した場合に被害を被るのはこの村の人々なのだから。
「――どうするもなにも、一度依頼を受けた以上は最後まで遂行すべきだろう」
私もノルンもどうするのか決めあぐねている中で一人、はっきりと続行の意志を見せたトーラス。
内容を聞いて今回の依頼がいかに無茶なものであるかはトーラス自身も理解している筈なのに、それでもなお、受けると言うとは思わなかった。
「遂行すべきって……トーラスさんも今の話を聞いて分かったでしょう?たった三人で騎士団や一級相当の実力者達を退けて強くなった魔物の群れに挑むのは無謀だって」
「……確かに話を聞く限りそのジアスリザードの群れはとんでもない脅威だ。戦力的には一級の上……〝剣聖〟や〝魔術師〟みたいな等級が最低限、必要なのかもしれない」
「だったら……」
「しかし、それでもこの依頼は僕達がやるべきだ。アライアさんが今聞いた情報を知らずに送り出したとは思えない……つまりアライアさんは僕達ならこの依頼を達成できると言っているんだよ」
普通に考えればギルドに報告のいっている今回の件は〝魔女〟であるアライアなら知っていてもおかしくはないし、それ以前にゼペルがアライアに直接依頼したというのならその詳細を伝えていないわけがない。
現にゼペルへ目配せをすると「依頼の詳細は手紙でアライアに伝えてある」と言った。
つまりトーラスの言っている事は間違いではないのだろう。しかし――――
「……トーラスの意見を否定するつもりはないけど、アライアさんの事だから自分を基準に判断している可能性もあるんじゃない?実際、出発の時に今回の魔物の事をそこそこだって言っていたんだから」
そう、アライアが詳細を知っているのにもかかわらず、ジアスリザードの群れをそこそこと評したのならノルンの挙げた可能性も否定できない。
もちろん、私達が今みたいに無理だとか言い出さないよう、あえてそこそこと言ったのかもしれないが、どちらにしてもやはり今回の依頼はどう考えても手に余る以上、アライアの過大評価だという結論に変わりはなさそうだった。
「だとしても、だ。アライアさんは本当に無理な事をやれとは言わない。だから僕達ならやれる筈なんだ」
それはもはや願望に近い言葉、アライアを盲目的に信じているトーラスだから出たその言葉に私もノルンも呆れを通り越して彼を止めるのは不可能だと悟る。
「……それならこういうのはどうですか。ひとまずアライアさんには増援を頼む旨を伝えて、私達は依頼を継続……それで自分達の手に負えないと思ったら一旦、引き返して増援を待つ、これなら万が一の保険もできますし」
「それは……」
止める事が不可能ならせめて条件を出して納得させようとそう提案するも、トーラスは表情に不満さを滲ませる。
言ってしまえば私が提案したのはやれるだけやって失敗したらアライアに尻拭いを押し付けるというもの。
正直、提案した私でも少し情けないと思ってしまうような内容で、あれだけ自尊心の高いトーラスにとっては受け入れがたくて当然だろう。
「……私もルーコちゃんと同意見。不満なのはわかるけど、まとめ役として最低限この提案は通させてもらうわ。もし、トーラスが従わないというなら依頼を中止して無理矢理にでも連れ帰る……いいかしら?」
「…………わかった、その条件に異存はない」
さしものトーラスもノルンの剣幕と強い意志の籠った言葉に圧されたのか渋々といった様子ながらも同意を示してくれた。
「――意見はまとまったかの」
話に区切りのついたところでゼペルが改めて私達に声を掛けてくる。
「……はい、私達は自分達にできる限りの範囲で依頼を受けようと思います……それでもよろしいでしょうか?」
この場にいた関係上、私達の会話は全てゼペルも聞いていた筈だ。
その上で依頼する側からしたら無責任と取られかねない私達の条件をゼペルが容認してくれるだろうか。
「…………構わんよ。元々、アライアの奴に頼んだじゃ。あやつがきちんと後始末をするというなら特に文句もあるまいて」
「……ありがとうございます」
私の不安とは裏腹に随分あっさりと承諾したゼペルはお茶を入れ直してくると言って一旦、部屋から出ていってしまった。
それから私達は戻ってきたゼペルからジアスリザードの群れが居座っている森の詳細を聞き、アライアへの連絡を頼んでその場を後にした。
「――それじゃあ今日のところは宿を取って、明日から依頼に取り掛かろうと思うのだけど……異存はないかしら」
「はい、その方がいいと思います」
「……僕もそれで構わない」
移動だけとはいえ、それが長時間になってくると当然、疲労が溜まる。
それに加えてトーラスとノルンの魔力は魔動車での移動で消費してしまったため、万全の状態とは言い難い。
私はともかく、二人がそんな状態の中で依頼に挑むというのは無謀を超えて完全に自殺行為だろう。
流石のトーラスもそれは分かっているらしく、今度は不満な顔を見せずに素直にノルンの言葉に従っている。
「さて、教えてもらった場所は……」
「あ、あっちの方に看板が見えますよ」
依頼の話を聞き終えた後、ゼペルからここを使ってもいいと提案されたのだが、流石にあそこでこの人数が寝るのは厳しいという事で村の宿屋の場所を教えてもらっていた。
「ここか……」
「思ってたよりも大きなところですね」
宿屋の前までたどり着いた私達は村の規模から想像していたよりも大きい事に驚きつつ、中へと足を踏み入れる。
「……すいません。宿を取りたいんですが、部屋は空いてますか?」
扉を開けて受付まで向かったノルンが奥にいるであろう店の人に呼び掛け、宿泊についてのやり取りを始めた。
「――三名様ですね。お部屋はどうされます?」
「二部屋でお願いします。片方は一人部屋で」
特に滞ることなく受付を済ませるノルンの様子をぼーっと見ていてふと、ある事が気になり、なんとなくそれを口にする。
「……どうしてわざわざ二部屋に分けるんですかね。一部屋は手狭かもしれませんが、その方が安く済むじゃないですか」
「はぁ……」
何の気なしの私の呟きに隣のトーラスが呆れたように大きなため息を吐いた。
「……確かにそうすれば安く済むが、仲間とは言え仮にも男女だ。同じ部屋に泊まるわけにはいかないだろ」
「どうしてです?拠点ではみんな同じ屋根の下で寝てるじゃないですか」
壁があるかないかの些細な違いはあれど、同じ家も部屋も大して変わらないだろうと首を傾げると、トーラスは頭痛を堪えるようにこめかみを抑える。
「……同じ家と部屋は違うだろ」
「?どう違うんですか」
「どうってそれは……その、万が一があったら困るからで……」
「万が一?」
万が一という言い方からして何かまずい事が起きる可能性があるのだろうけど、それは――――
「……あ、もしかして私かノルンさんがトーラスさんと生殖行為をするかもって事ですか?だったら問題ないですよね、だってそれはお互いが欲情を催さ――――むぐっ!?」
「っこんな場所でそんな単語を平然と言うんじゃない!周りにあらぬ誤解を招く!」
思い当たった理由をそのまま口にしただけなのにトーラスが慌てて私の口を塞いでくる。
私としてはそんなにおかしな事は言ってないと思うのだが、どうやら何かまずい事を言ったらしく、近くにいた他の宿泊客がぎょっとした顔でこちらの方を見ていた。
「…………何をやってるの、あなた達は」
受付を終えて戻ってきたノルンがそんな私達の様子に呆れの言葉を吐く。
「んー!んー!」
「……仕方ないだろう。こいつがいきなり変な事を言い出したんだから」
「はあ……ほら、馬鹿なことやってないでさっさと部屋に行くよ。はい、こっちがトーラスの方の鍵、夕食は下の食堂で摂れるらしいから、荷物を置いて集合ね」
あしらうようにそう言いながら鍵を投げ渡したノルンは私達を放ったまま、先に部屋のある二階へと上がっていってしまった。




