第64話 箒酔いと睡眠魔法とお料理の手伝い
結局、覚悟決めて緊急時の離着陸を練習したものの、一度も上手くいかないまま帰る時間になってしまった。
「うぅ……気持ち悪い……」
何度も失敗して地面と空を行ったり来たりしたせいか、一向に酩酊感が取れる気配がない。
「ちょ、ルーコちゃんっ流石に今吐かれると物凄く困るんだけど」
「うぷ……らいじょうぶれす…………う…………」
慌てるサーニャへ返答しつつも、込み上げてきたものを外に出さないよう片手で口を抑える。
が、我慢しないと……サーニャさんの背中にぶちまけるわけにはいかない……。
今、私は拠点に帰る中、サーニャの箒に同乗させてもらっている状態だ。
もし、気持ち悪さに負けて吐こうものなら大惨事になる事は必至、下手をすれば箒を運転しているサーニャが操作を誤って墜落する危険性もある。
「――ちょっと降りて休んだ方はいいんじゃない?」
並走して飛んでいたアライアが私の様子を見かねてそう提案してくれた。
「うーん……でもここで休むと戻る前に日が暮れちゃいますよ」
日が暮れてからの移動も出来なくはないが、暗い中では地面にしろ、空中にしろそれには危険が伴う。
いくら〝魔女〟であるアライアがいるといっても、安全に移動できるとは限らないため、できるなら明るい内に戻りたいというサーニャの意見はもっともだろう。
「そうだけど、このままじゃサーニャの背中が大変な事になるよ」
「う……それは……」
「……私なら大丈夫です……戻るまで我慢できますから」
この酩酊感を取るには少し休むくらいでは駄目だ。完全に回復するにはそれなりの時間がいる。
そうなると日が暮れてしまうのは確実、下手をすれば野宿をする羽目になるかもしれない。
それならいっそこのまま拠点まで我慢した方がいい。
「……本当に大丈夫?」
「うぷ……大丈夫です……」
問いかけに答える際に込み上げてくるものをとっさに我慢したせいで全然説得力のない言葉になってしまった。
「……仕方ない。休む休まないは置いといて一旦、降りようか」
「……そうですね。流石にこのままはちょっとまずい気がしてきましたし」
やはりというべきか、私の状態を見た二人はそのまま高度を下げて地面へと着地する。
うぅ……降りてもふらふらして気持ち悪い……。
地面降りてなお、続く酩酊感に辟易しつつ、立っていられなくなった私はそのまま口を押さえながら座り込んでしまった。
「……やっぱり限界が近かったみたいだね」
「でもここからどうします?ルーコちゃんがこの様子だと箒での移動は厳しそうですよ」
「ぅ……すいません……」
私の体調が原因でこうなってしまったのが、物凄く居た堪れない。
できるなら我慢しきってしまいたかったけど、一回地面に降りた事で気が緩んでしまったらしく、次に浮遊感に襲われたら耐えられる気がしなかった。
「うーん、そうだね……ちょっと乱暴な手段になるけど、しょうがないかな」
「?」
考える仕草を見せたアライアは何かを思いついたらしく、軽く息を吐いてから私の方に近づいてくる。
「アライアさん……?」
「ごめんね。ちょっと眠ってて――『安らぎ誘う微睡』」
目の前まで来たアライアが呪文を唱えて指を弾いたその瞬間、私の意識はそこで途切れた。
そして次に目を覚ました時、私はアライアに抱きかかえられる形で彼女の運転する箒に同乗していた。
「うぅん……」
「――あ、目が覚めた?」
半分寝ぼけながらの私はまだ残る眠気に身を任せ、アライアにぎゅっと抱き着いたまま身じろぎをする。
「ふふ、もう少ししたら着くからまだ寝てていいよ」
「ふにゅ……」
その言葉に甘えて微睡んだまま私は意識を落とし、拠点に着くまで目を覚ます事はなかった。
ようやく拠点に辿り着き、アライアに降ろしてもらった私は眠気で下がる瞼を擦りながら、ふらふらした足取りで扉まで近づく。
「――ただいまー今、帰ったよ~」
後ろのアライアが扉を開けて開口一番、大きな声でそう言うと奥からノルンが出てきて出迎えてくれる。
「三人ともおかえりなさい」
「ノルン姉、ただいまー」
「たらいまれす……」
出迎えてくれたノルンにどうにか挨拶を返したものの、眠気が取れないせいか、呂律が回らない。
「あらあら、ルーコちゃんは相当疲れてるみたいね」
「あー……これは疲れてるっていうのもあるけど、どちらかというとアライアさんの魔法の影響がまだ残ってるからだと思う」
かくんかくんと今にも倒れそうな私を他所に話を進めるサーニャ達。
正直、寝ぼけ半分なので詳しい内容までは分からなかったけど、どうやらここまでの経緯を説明しているらしかった。
「――というわけで、このままだと帰れないからルーコちゃんには眠っててもらったんだよ」
「なるほど、そうだったんですか」
一通り事情を聞いたノルンが納得したように頷いてからこちらの方を向き、「それならひとまずルーコちゃんはお部屋で休んだ方がいいわね」と言って私を抱きかかえてしまう。
「う、え……」
「はいはい、今はおやすみなさいルーコちゃん」
寝ぼけている故に抵抗できる筈もなく、部屋へと運び込まれた私はそのまま眠りについてしまい、この日一日を終える事になった。
次の日、昨日帰ってきてすぐに寝てしまった事もあり、思いの他早く目が覚めてしまった。
「ふわぁ……んんー……」
大きな欠伸と共に布団から出て立ち上がり、ぐっと背伸びをする。
うーん……二度寝もできそうだけど、すっかり目も覚めちゃったし、顔でも洗ってこようかな……。
悩んだ末にそう決めて部屋を後にし、寝ている人を起こさないよう静かに食堂へと向かう。
「あれ?なんだか食堂から良い匂いがする…………」
まだ朝早いのにもう誰か起きているのかなと思いつつ、食堂の扉を開けると、そこには鍋で何かを煮ているウィルソンの姿があった。
「――ん?お、ルーコの嬢ちゃんじゃねえか。おはようさん」
「おはようございます。ウィルソンさん――」
互いに挨拶を交わして次の言葉を口にしようとしたその瞬間、私のお腹が大きな音を立てて空腹を訴える。
「なんだ、腹が減ったのか?まあ、嬢ちゃんは昨日帰ってきてすぐに寝ちまったから無理ないか」
「うぅ……ごめんなさい……」
作ってる途中であろうウィルソンにお腹の音で催促したみたいになってしまった。
確かに思い返してみれば昨日、帰り道で軽食を食べて以降、何も口にしていない。
そりゃお腹も鳴るよね……。
そこまで食い意地が張った方だとは思わないけど、昨日の晩御飯を抜いたとなればお腹があんなに大きな音を立てるのも納得だ。
「別に謝る事じゃないだろ。待ってな、今、朝飯を用意するから」
「あ、だったら私も手伝います。せっかくだから外の世界の料理も覚えたいですし」
お姉ちゃんと再会した時に覚えた料理を振る舞ってあげたいという思いからそう提案するとウィルソンは快く受け入れてくれる。
「おお、そうか!なら嬢ちゃんはこっちの野菜を切っておいてくれ」
「はい、任せてください」
ウィルソンからそのための刃物を受け取った私は隣に並んでざっくりと野菜を切り始めた。




