第62話 箒と見本と墜落の恐怖
町での用事を全て終え、拠点へ戻るための帰路に着く途中、周りに誰もいない開けた場所にまで歩いてきた私達はアライアの提案通り、ここからの帰り道を箒の練習に充てようとしていた。
「それじゃあまずは私が手本を見せるからね」
懐から掌くらいの箒を取り出して魔力を込め、元の大きさに戻してそれに跨ったサーニャはそう言いながらゆっくりと上昇していく。
「慣れない内はああやってゆっくり飛び始めて、ある程度の高度になってから前進した方が事故する可能性が少なくていいかな」
箒に乗っているサーニャを指しながらアライアが丁寧に説明してくれる。
「一回飛んでしまえば操作自体はそこまで難しくないから気を付けるのは飛び立つ時と着地の時だね」
「そうなんですか?てっきり操作の方が難しいと思ってました」
素人目だけど飛び立つのは魔力さえ込めればどうにでもなるっていう印象で、飛んでからの方が何かと大変そうに見えた。
「ある程度の慣れは必要だけど、操作はすぐに覚えられる。けど、飛び立つのと着地する感覚はなかなか掴めないらしいからね」
「らしいって……」
まるで誰かから聞いたような言い回しに困惑する私へアライアは笑みを浮かべてその理由を口にする。
「私はなんとなくで全部できちゃったからさ。その感覚が分からなくてサーニャやノルンから聞いた事をそのまま言ってるからどうしてもこういう言い回しになっちゃうんだよ」
「……なんとなくでできる辺り、アライアさんらしいですね」
たぶんだけど、アライアさんはお姉ちゃんと同じ天才型だ。
だからできない側の感覚が分からないのだろう。
知り合って間もないのにらしいなんて分かりぶった言葉を使うのは気が引けるが、それでもそう言わざるを得なかった。
「――ちょっと、二人ともちゃんと見てます?」
見本として飛んで見せたのに話してばかりの私達に不満そうな顔をしてサーニャが降りてくる。
そう言われても見本だけじゃ分からないし、説明の方に意識がいってしまうのは仕方ない。
「ごめんごめん、初めだから説明しないとと思ってたら、つい横道にそれちゃって」
「……すいません。私も説明の方に聞き入ってました」
「もーせっかく丁寧に飛んで見せたのに……」
危なげなく着地したサーニャは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向き、拗ねてしまう。
「まあまあ、そんなに拗ねないでよ。ほら今からサーニャの見本を見習ってルーコちゃんが飛ぶからさ」
「え、そんないきなりですか!?」
流れ弾のように飛んできた発言に驚く私へアライアは軽い感じで「大丈夫大丈夫~」と言って挑戦させようとしてくる。
飛び立つ時と着地が難しいって言ってるのにそこの部分の説明が何もないんですけど……。
肝心な部分の説明がないまま飛び立たせようとしてくる事に不安を覚えつつも、買ったばかりの箒を取り出して魔力を込める。
「えっと、ここの柄を捻って……」
サーニャの飛び立ったところを思い出しながら跨り、箒に向かって魔力を込めつつ、空を見上げた。
「……あ、ルーコちゃん。飛び立つ時に込める魔力は少しずつ込めないと危ない――――」
「え――――?」
飛び立とうとしたその瞬間、思い出したかのようにサーニャの口から出た言葉を最後まで聞く事なく、私の視界は一瞬で切り替わる。
「っ――――!?」
あっという間に一面を青で埋め尽くされ、暴力的なまでの向かい風が襲い掛かり、私は叫び声を上げる間もなく箒から投げ出されそうになってしまう。
っやばいやばい……!落ちたら死んじゃう……っ!!
振り落とされないよう箒にしがみつき、ぎゅっと目を瞑る。
助かるためには目を開けてしっかり見た方がいいと頭でわかっていても、恐怖で体が勝手に反応してしまう。
「ぅあああああっ!!?」
上へ下への急上昇と急降下を味わいつつ、方向感覚もないままにぐるぐると飛び続ける。
このままだと危ないとは思っても、現状、自分ではどうする事も出来なかった。
「――大丈夫、任せて」
言葉と共に指をぱちんと弾く音が響き、同時に暴走していた私の箒がぴたりと動きを止め、そのままゆっくりと下降していく。
た、助かった…………。
しがみついたまま安堵のため息を吐いている内に無事、地面に辿り着き、崩れ落ちるように箒から体を投げ出した。
「っルーコちゃん!大丈夫!?」
「ぅぅ……はい……一応は……」
心配して慌てて駆け寄ってきたサーニャに無事な事を告げながら、ふらつく足取りのままどうにか立ち上がる。
足元が覚束ない……ちょっと立ってるのも厳しいかも……。
立ち上がったものの、未だに残る浮遊感のせいですぐにもう一度ぺたんとその場に座り込んでしまう。
「……あれだけぐるぐる回ってたからね。三半規管に相当な負荷が掛かったんだよ」
「アライアさん……」
申し訳なさそうな表情で頭を掻きながら近づいてくるアライア。
私が墜落する時に魔法で助けてくれた彼女がどうしてそんな顔をするのかわからず、首を傾げる。
「ごめんね。失敗しても助けられるし、一度体験してからの方が早いと思ったんだけど、やっぱり説明不足だった。せめて離着陸の注意点くらいはきちんと教えておくべきだったよ」
なるほど、説明不足だとは思っていたけどそんな意図があったとは。
確かに安全面が保証できるというのならそのやり方もありだとは思うが、当人の言う通り、事前に何が危ないだとかは教えておいてほしかった。
「……本当ですよ、全く……私が見本を見せている間に話してたからその辺も説明してるかと思ってたのに」
「……うん、今回に限っては本当に私が悪いと思ってる。下手をしたらルーコちゃんに箒で飛ぶ事に対しての苦手意識を植え付ける可能性もあったから」
サーニャさんに怒られて反省するアライアさんも珍しいと思いながらぼーっとそのやり取りを眺めていると、二人の視線がこちらを向いているのに気付く。
「えっと……?」
「本当にごめん。わたしの配慮が足りてなくて……」
「……私ももっと早く気付いてれば飛ぶ前に注意できた……だからごめんね」
そう言いながら二人はそろって私に頭を下げてくる。
「え、い、いや、頭を上げてください。私は気にしてませんから、ね」
怖くて危ない目にもあったけど、二人とも良かれと思ってやってくれた事だし、そこまで気にする必要はないように思う。
それに注意されてなかったとはいえ、迂闊に魔力を込め過ぎた私にも落ち度があるのだからお互い様ともいえるだろう。
落ち着くまで少し休んだ後、気を取り直して箒で飛び立つ練習を再開する。
今度は横でサーニャが一緒に飛んでくれるらしく、一つ一つ丁寧に説明してくれた。
「――で、箒に跨ったら慌てずに魔力をゆっくりと、少しずつ込めてくんだよ」
「はい……こうですか?」
言われた通り、少しずつ魔力を込めるとふわりとした感覚と同時にゆっくり箒が上昇していく。
「そうそう、そんな感じ。そのまま魔力を込め続けて、ある程度の高度になったら体勢を少し倒しながら込める量を増やせば前に進むから」
「込める量を増やす……わっ!?」
込める量が少し多かったのか、思ったよりも速度が出てしまい、ぐいっと後ろにつんのめってしまった。
「……込め過ぎには気を付けてね。加速する時はいいけど、いきなりだと今のルーコちゃんみたいに体勢を崩しちゃって危ないから」
「……はい、気を付けます」
それならいっそ止めずに加速してしまえば逆に安全だったかもしれない。
いくら下でアライアさんが安全のために控えてるって言っても、墜落する恐怖を何度も味わいたくないし、本当に注意しないと……。
魔力の量に気を付けながら込め続けると、箒は一定の速度を保ったまま前へと進み始める。
「うん、その調子。それじゃ、次は速度を保ったままこの付近を飛んでみよう」
指示に従い、サーニャと並走しながら飛び回る内に感覚が掴めてきたようで、方向転換も難なくできるようになっていた。
飛んだ後の操作は難しくないっていうのは本当だったんだ……。
風を切る感覚を味わい、自由に空を飛ぶ楽しさを知った私はそこからしばらく練習だという事も忘れて飛び回った。




