第57話 思わぬ脅威と凄惨な光景
光の雨が止んだ後、私達を襲うために待ち構えていた集団は頭の男一人を残して全員、地面に倒れ伏していた。
「ま、こんなもんかな」
杖を手元で弄びながら軽い調子で呟くサーニャ。
相手がこちらを舐めて人数の利を活かしきれていなかった事を考慮に入れても、彼女の戦いぶりは圧巻の一言に尽きるものだった。
サーニャさんが使ったのは光の魔法……本で読んだ事はあるけど、実際に見るのは初めてだ。
使ってみようと思った事もあるが、光が何を引き起こすのか想像ができなかったため、ついぞ取得には至らなかった。
「……サーニャさん、お疲れです」
「あ、ルーコちゃん。どうだった?私の魔法は」
涼しい笑顔を浮かべたサーニャに感想を求められたので正直に「凄かったです」と素直に返すと彼女は、自慢げに胸を反らし、どやっとした表情を浮かべる。
……何か既視感があると思ったらあれだ、調子に乗ってる時のお姉ちゃんと同じ顔だ。
何度か特訓中に見た事のある姉のどや顔を思い出してどこか懐かしい気持ちになっていると、仲間が全員倒されて一人残った頭の男の呆然とした呟きが聞こえてきた。
「こんなに強いなんて聞いてない……相手は登録したばかりのガキと二級魔法使いの筈だろ……」
こうも一方的に、しかも一瞬で倒される事を微塵も想像していなかったらしい男はぶつぶつと呟いたまま、よろけた足取りで一歩、二歩と後退していく。
「その情報は間違ってないよ?私はただの二級魔法使いだし、この子は昨日登録したばかりの新人魔法使いだもん」
追い打ちをかけるようなサーニャの言葉が突き刺さり、男は驚愕の表情と共に躓いてその場に尻もちをつき、倒れ込んでしまった。
「……なんというか、ここまでくると可哀そうになってきますね」
いくら殺そうとしてきた相手とはいえ、ここまで一方的に打ちのめされる姿を見るとつい、そう思ってしまう。
「何言ってるの、向こうは殺すつもりで来てるんだからこれくらいは当然、むしろ命を取らないだけありがたいと思ってもらわなきゃ」
「……それは、そうなんですけど」
サーニャのもっともな言い分に私は押し黙る事しかできない。
確かに向こうが殺しにきている以上、殺されても文句は言えないだろうし、多少の負傷があっても全員が気絶で済んでいるこの状況は温情がかかっているといえる。
「さて、それじゃあ誰に頼まれて私達を襲ったのかを吐いてもらおうかな?」
尻もちをついたまま動けないでいる男に詰め寄り、脅しをかけるように杖を向けながら核心に迫る質問をぶつけるサーニャ。
それに対して男はせめてもの抵抗と言わんばかりに口を引き結び、沈黙を貫かんとしている。
「……そう、喋るつもりはないってこと。なら仕方ない」
おそらく死なない程度に痛めつけるつもりなのだろう。サーニャが冷たい声音と共に杖を振り上げたその瞬間、男は転がるようにその場を離脱して立ち上がり、懐から掌ほどの白い玉を取り出した。
「何、あの玉……」
「往生際が悪いね。いまさら何をしようっていうのさ」
さっきまでの反応からどうしたって男に逃れる術はないように思える。それ故に男の行動と取り出した玉が殊更、不可解に映った。
「……正直、こんな胡散臭い物を使いたくはなかったが、こうなりゃ一か八かだっ!」
「何を━━」
私達が止める間もなく男は腕を振り上げ、その白い玉を思いっきり地面に叩きつける。
━━━━クルルルルゥ……ッ!
派手な音を立てて玉が砕け散り、光が弾けて辺りに大きな鳴き声が響き渡った。
「今の声は……っ!?」
不意打ちの光に目が眩み、突如として聞こえてきた鳴き声にサーニャが驚く中、うっすらと私の視界が巨大な影を捉える。
あれは……!
光が止み、視界が晴れた先に見えた響き渡る鳴き声の正体……それは白く長い胴体で地面を這う巨大な魔物だった。
その姿は以前森にいた頃に戦った魔物と酷似しているものの、感じる圧力はそれよりも大きく、正直、戦って勝てるとは思えない程だ。
「ハ、ハハハッ……!すげぇ……これなら━━━━」
「クルルルルッ」
玉から出現した巨大な魔物を前に男が興奮した様子で声を上げたその瞬間、魔物はその大きな口を開けて男を丸吞みにしてしまった。
「……え?」
「っサーニャさん!」
まさかの事態に呆然とするサーニャの手を引き、強化魔法を全開にしてその場を離脱すると、さっきまで私たちのいた場所に大きな口を開けた魔物が凄い勢い突っこんでくるのが見える。
危なかった……あのままだとあの男の二の舞になるところだった……。
目標を取り逃がした事に気付いた魔物は鳴き声を上げながらその巨大な体をうねり動かし、周りに倒れている男達に狙いを切り替えて次々と襲い始めた。
「う、ぷ……おえぇぇ……んぁ……げぇぇ……」
離脱した先、少し離れた場所で魔物が男達を捕食していく光景を目の当たりにしたサーニャがその場にしゃがみ込んで嘔吐き、胃の中のものを全て吐き戻してしまう。
「……大丈夫ですか?」
「うっ……おえっ……う、うん……だ、だいじょう……おぇ……」
私を心配させまいと無理して気丈に振る舞うサーニャだったが、今起きている凄惨な光景に耐え切れず、吐くものがなくなってもなお、嘔吐きが治まらないようだった。
「……私があいつを引きつけますからサーニャさんは動けるようになったら逃げてください」
いくら殺そうとしてきた相手だとしてもこのまま見過ごす事は出来ない。もう大分手遅れではあるが、今からでも一人くらいは助けられる筈だ。
「う……それは……駄目……逃げるならルーコちゃんも一緒に……」
「……このまま逃げたとしても確実に追いつかれます。だから誰かが足止めしないと」
あの魔物が私の知っているものと近種だとしたら逃げるのは相当難しいし、それでなくてもあの巨体と速度だ。普通に逃げたとしても簡単に距離を詰められてしまうだろう。
「それなら私が……」
「そんな状態で何を言ってるんですか。心配しなくても大丈夫です。あれに似た魔物とは何度も戦った事がありますから」
ふらふらの状態で囮役を引き受けようとするサーニャをそう言って諫めた私はそのまま強化魔法を纏い、魔物に向かって駆け出した。
「待ってルーコちゃんっ━━」
サーニャの必死な声が聞こえるがもう止まれない。私は加速した勢いをそのままに進み、最後の一人を吞み込もうとしていた魔物の横っ腹目掛けて蹴りを叩き込んだ。
っ……硬い!
強化魔法を乗せた蹴りは過たず魔物の腹部を捉えたものの、その堅牢な鱗によって衝撃が本体に伝わる前に全て阻まれてしまった。
「クルルァッ!」
とはいえ敵意をこちらに向ける事には成功したようで、魔物の狙いが最後の一人から私へと変わる。
よし……そのままこっちに……!
食事を邪魔されたのを相当怒っているらしく、予想を上回る速度で突っこんできた。
「っく……!」
「クルルルッ!」
強化魔法を全開にしてどうにか突進をかわす事には成功したものの、魔物は間髪入れずに突進を繰り出してくる。
「こうなったら━━……」
突進に合わせて思いっきり踏み込み、空中へと跳んで身を翻しつつ、強化魔法を解除した私は片方の手を胸の前、もう片方の手を背中側に向けながら呪文を唱えた。
『風を生む掌』
魔法によって生み出した風を推進力にして回転。勢いをそのままに直前で強化魔法を発動させ、魔物の胴体に向けて加速と体重が乗った蹴りを撃ち放つ。
「っ……」
打撃において今の私が出せる最大の威力で放った蹴りはみしみしと破砕音を立てて魔物の胴体に突き刺さるも、表面の鱗を傷つけるだけに止まった。
「クルルルァッ!!」
「っ!?」
蹴りを放った後の事も考え、離脱する事も計算に入れて十分に避けられる時間の余裕は作った筈だ。
にもかかわらず、私が離脱するよりも早く魔物の巨大な口が目の前に迫っていた。
「まずっ━━」
このままではかわしきれないと頭でわかっているがどうしようもない。
迫る魔物の口を前に私は為す術なく、ただ見ている事しかできなかった。




