第56話 狙われた私達とサーニャの戦い
ウェイゴブリンの死体処理も終わり、少し話してからその場を後にした私達は来た道を引き返し、森の入り口まで戻ってきていた。
「思っていたよりもずっと早く終わったからアライアさんも驚くんじゃないかな」
景色も代り映えなく、特に魔物に警戒しなければならないといった事もなくて暇なのか、サーニャが歩きながらそんな会話を振ってくる。
「……たぶんですけど、アライアさんはそこまで驚かないと思いますよ」
「そうかなー……あーでもそうかも、涼しい顔で意外に早かったねって言いそう」
一瞬、首を傾げるもすぐに納得した顔をして頷くサーニャとそのまま雑談を続けながら歩いていると、ちょうど森を抜ける辺りで、不意に複数の人の気配を感じて立ち止まる。
「……ルーコちゃん」
「はい、この先に大勢待ち構えていますね」
気配と言っても曖昧な感覚ではなく、待ち受けているであろう相手が声や音を隠そうともしてないから気付けただけだ。
最初は依頼を受けてきたやってきた他の冒険者かとも思ったが、それにしては人数が多いし、なにより、森の外から動く気配がない時点で誰かを待ち受けている事は明白。
そしてここまで森で他の人を見ていない以上、私達を待ち受けている可能性が高い。
もちろん、これがただの気のせい、思い過ごしであればいいのだが。
「どうする?一応、回り道もできなくはないけど、時間が結構かかるし、他の魔物と遭遇する危険もあるよ」
「……いえ、このままいきましょう。ここまで近づいた事で向こうも私達に気付いているでしょうし、要件次第では穏便に通れるかもしれません」
向こうの目的が私達だった場合、回り道をしようとしたところで追ってくるかもしれない。
そうなった場合、下手をすれば追われながら魔物と遭遇する恐れがあるし、サーニャはともかく私はここの地形に明るくないため、森の中を逃げ回るよりは正面から出て行った方がいくらかましな筈だ。
互いに目配せをしてそのまま何も気づいていないかのように森を抜けて平原へと出ると、案の定、そこには明らかに悪い人相と風体をした十人ほどの男達が待ち構えていた。
「━━待ってたぜ。片耳のエルフのガキと青い髪のガキ……ハッ、こりゃ報酬上乗せ確定だな」
その中の一人、おそらくこの野盗のような集団のまとめ役であろう男がそう言ってにやりと豪気な笑みを浮かべる。
……私達の特徴に報酬の上乗せ……この人達は誰かに依頼されたってこと?
こちらに情報が伝わる事を何とも思ってないのか、必要もないのに口を開く野盗の頭に対し、もっと何かを得られないかと会話を試みようとする。
「……私達に何か用ですか?」
「んーああ、ちょっとな。恨みはないが、お前らを消す事が今回の仕事なんでな」
思った通り、特にためらう様子もなく答える男。もしかしたらどうせ消すのだからと高を括っているのかもしれない。
「消すって……殺すって事ですか?」
「ハンッ、それ以外に何がある?ああ、できるなら大人しくしてくれると助かるがな」
質問を重ねる私を小馬鹿にしたように笑った男は冗談めかしたように肩を竦めた。
「殺されると分かってて大人しくしてると思うの……!?」
男のあまりに一方的な物言いにサーニャは憤りを包み隠さず言葉にしてぶつける。
当たり前だが、今から殺されるとしたら誰だって生きるために抵抗するだろう。
まして自分に戦うための力があるならなおさら、黙って殺されるわけがない。
「ま、そうだわな。だが、大人しく殺されるってんなら苦しませずにやってやるよ」
「っ誰が……!」
「落ち着いてくださいサーニャさん」
軽い調子で繰り返す男の挑発に乗って怒りをあらわにするサーニャを諫め、冷静に相手の戦力を見極めようとする。
……見えている限り人数は十人ほど。何もない平原だから隠れている可能性も薄いし、何より向こうは私達が子供だと思って油断してる。
人数こそ多いが、装備や仕草を見るに魔法使いの類ではないだろうし、戦士や剣士だとしてもそこまで強くはないように見えた。
「へへっ、頭。今回の依頼は殺す以外に注文はないんすよね。ならその前に楽しんでもいいっすか?」
男の後ろに控えていた部下の一人がにやにやとしながら、ねめつける視線をこちらに向けてくる。
「……おいおい、やつらまだガキだぞ?」
「分かってますよ。だからいいんじゃないですか」
下卑た笑みを浮かべる部下に対して男は呆れながら頭を掻き、小さくため息を吐いた。
「お前も物好きだな……ま、逃がさないように拘束した後なら好きにしろ」
「さすが頭。話が早くて助かるぜ」
「……俺としてはこんな貧相な体はあんまりな」
「そうか?俺は別にいけるぞ?」
男の言葉を聞いた後ろの部下達は最初の一人を皮切りに色めき立ち、どこかぎらついた様子でそれぞれ腰に掛けた武器を抜き放つ。
何をそんなに興奮してるんだろう。それに楽しむって……?
この集団の目的は私達を殺す事の筈だ。まさか人を殺す事に興奮を覚えるわけでもないだろうし、ああして色めき立っている理由が私には皆目見当もつかなかった。
「っ……ほんとに下種。私はともかくルーコちゃんまでそういう目で見るなんて」
そんな中、侮蔑のこもった視線を男達に向けるサーニャ。どうやら男達が色めき立つ理由に心当たりがあるらしい。
「あの、サーニャさん。そういう目って……それにあの人達は何に興奮してるんですか?」
「……ルーコちゃんは知らなくてもいいことだよ。ここは私がやるから下がってて」
私の問いに気まずそうに目を逸らしたサーニャはそう言って杖を取り出し、一歩前へと躍り出た。
「え、ちょっと待ってください。私も……」
「ううん、これはもう依頼の範疇じゃないし、あんな奴ら私一人で十分。だから後ろで見てて」
魔法の技量が優れているのは分かったが、それでも私の強化魔法に驚いていたサーニャがあの人数を一人で相手するのは難しいだろうと加勢を申し出るも、あっさりと断られてしまう。
確かにあいつらは強そうには見えないけど、それでも近距離が苦手そうなサーニャさんがあの人数を相手にして大丈夫なのかな……。
いくら詠唱の短縮があってもあれだけの人数だ。魔法と魔法の間に武器の届く距離まで接近される可能性は十二分にある。
……いざとなったらいつでも飛び出せるようにしておこう。
万が一の場合に備えてそういう心づもりでサーニャの戦いを見守ろうとする。まあ、後から考えればこの心配はあまりに的外れだったのだが。
「━━やれ」
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
頭の号令と共に男達が武器を片手に声を上げて一斉に走り出してくる。
統率感もなくばらばらに迫ってくる男達。強化魔法を使っていないせいか、その速度は思っていたよりも遅く、人数差による利点が全くと言っていいほどいかされていなかった。
「━━『戒めの光鎖』」
迫ってくる先頭の二人に向けて杖をくるりと振るい、光の鎖を放ってあっという間にその動きを封じる。
「なっ!?こいつこんなに速く魔法を……」
「関係ねぇ!いくら速かろうがこの人数だ。近づいちまえば魔法使いにはどうすることもできねえよ!」
仲間が拘束され、動揺する部下達に頭の男がそう叫んで叱咤し、一斉にかかるように指示を下した。
「そうだった。所詮魔法使いは壁役がいないと何もできない」
「囲め!囲め!」
指示の下、ばらばらだった男達が囲むように動き出そうとするも、それが分かっていてサーニャが何もしない筈がない。
「させない━━『光炎の細爆』」
囲むべく動き始めた男達に対し、サーニャは呪文を口にしながら杖を横薙ぎに振るったその瞬間、細かな光の粒が輝き、小さな爆発が広がった。
「グッ!?」
「ガッ!?」
「ギャッ!?」
爆発をまともに受けた男達は派手に吹き飛んでしまい、もはや囲むどころではなくなってしまう。
「なんだこいつは!?」
「こんなに魔法を使うのが速いなんて聞いてないぞ!」
「落ち着いて態勢を立て直せ!」
勢いよく仲間が吹き飛ばされた様子を見て動揺がさらに広がり、頭の男が怒鳴っても収拾がつかなくなっていた。
「……さて、それじゃあこれで終わり――『意思を断つ光撃』」
動揺して動けないでいる男達に冷めた視線を向けたサーニャはそう呟くと杖を天高く振り上げ魔法を撃ち放つ。
「なん━━」
呪文が聞こえたにもかかわらず、何も起きない事を不思議に思って頭の男が声を出したその瞬間、空がちかりと輝き、凄まじい勢いで光の雨が降り注いだ。
 




