第52話 自慢げなサーニャと欠点の補完
宿を予約してくると言ったアライアと別れ、サーニャの案内の元、向かったのは武器防具と書かれた看板を掲げるこじんまりとした一軒の店だった。
……他と比べてずいぶんと小さいけど、本当にお店なのかな?
周りを見渡せば同じく武器やら防具やらの看板を掲げているもっと大きな店がある中、サーニャは迷いのない足取りでそこへと向かっていく。
扉を開けて中へと進んでいくサーニャの後ろについてい行き、足を踏み入れると壁一面に武器や防具が飾られた店内が目に入る。
すごい……本でしか見たことのない武器がいっぱいある……。
集落で使われていたのは弓や小さな刃物だけ、後は本の記載でしか知らないため、初めて見る武器や防具に関心を示さずにはいられなかった。
「サイオンさんいるー?」
見入っている私を他所にサーニャはそのまま奥の方まで誰かの名前を呼びながら進んでいく。
「━━悪いけど、家の旦那なら今、出かけてるよ」
サーニャの呼びかけに答えながら奥から出てきたのは背の高く、髪の茶色い綺麗な女性だった。
「あ、ミアレさん!久しぶり」
「おう、久しぶりだねサーニャ。今日は何の用向きで来たんだい?」
ミアレと呼ばれた女性は溌剌とした笑顔でサーニャと気さくに話しており、そこから二人が知り合いだというのが読み取れる。
「今日はうちのパーティーの新しいメンバーの装備を整えに来たの。ほら、あそこで商品に見入ってる子」
「んー……えっ、もしかしてあの小さい子の事?」
指差す方に顔を向けたミアレはそこにいた私を見て信じられないといった表情を浮かべた。
……こっちを見てる?
視線に気付き、二人の方に近付くとミアレはますます怪訝な顔をして私を見つめてくる。
「おいおい、こんな小さな子を冒険者にしようってのかい?」
「ふっふっふ……小さな子と侮ってもらっちゃあ困りますよ。なにせこの子は今の時点で一等級と同等の実力があるんですから」
そんなミアレに対してサーニャは不敵な笑みを浮かべ、まるで自分の事かのように自慢げな口調でそう言い切った。
「……それは言い過ぎですよ。現に私はトーラスさんに模擬戦で何もできずに負けましたからね」
あまり吹聴されるのも困ると、自己紹介よりも先にサーニャの発言を正そうとする。
実際、ギーアをぶっとばした時も不意を突いた部分が大きく、正面から戦っていたら流石にああも一方的にはいかなかっただろう。
「……えっと、改めまして。私はルルロア・アルラウネ・アークライト、皆さんからはルーコって呼ばれています。よろしくお願いします」
「え、ああ、よろしくね。アタシはミアレ・オーロン、旦那と一緒にこの店を経営してる鍛冶師だよ」
そのままの流れで自己紹介に移った私に少し戸惑いながらもミアレはきちんと返してくれた。
「で?言い過ぎって言ってもサーニャがああいうからには何か理由があるんだろう」
「それは……」
「ふっふ……それはですね━━」
言い淀む私に代わり、得意げな顔のサーニャがトーラスとの模擬戦、ぎるどでの一悶着についてをミアレに説明していく。
ところどころサーニャさんの脚色みたいなのが入ってるけど、大まかには間違ってないから指摘しづらい……。
謙遜するわけじゃないが、模擬戦もギーアとの一悶着も実力以上に上手く状況が噛み合っただけだと思っている。
つまりところ、私自身、まだ一級の実力には至っていないという事だ。
それなのにサーニャの語り口調はまるで私が正面から互角以上の戦いを繰り広げたかのようで、ミアレが誤解しないか心配になる程だった。
「ほーん、なるほどねぇ……この子がトーラスといい勝負をして、一級魔法使いをぶっ飛ばしたと」
「そうなんですよ。すごいでしょ~うちのルーちゃん」
「ちょ、もう止めてくださいよサーニャさん!」
なおもこちらを持ち上げてこようとするサーニャをどうにか止めようと言葉を重ねていると、不意にミアレが吹き出し、破顔する。
「えっと、ミアレさん?」
突然のそれに戸惑う私にミアレは笑みを浮かべたまま「ごめんごめん」と言葉を続けて一息つき、楽しげにそこから先を口にした。
「どうにもアンタ達のやり取りを見てたらついね。いいさ、サーニャの話を鵜呑みにするわけじゃないけど、それでも実力があるのはわかった。ならこれ以上は何も言わないよ」
ミアレはそう言うと肩を竦めて表情を切り替え、最初の用件について触れる。
「それで、ひとまずはこの子……ルーコの装備を整えるって事でいいのかい?」
「うん、そうだよ。あとでアライアさんも来るから支払いはその時にだけど」
確認するように視線を向け尋ねるミアレにサーニャは頷き、返した。
「それは別に構わないけど、ルーコは魔法使いだろ?装備を整えるってんならここよりもその手の店の方がいいんじゃない」
言われてみればここにあるのは剣などの近接武器や近距離を想定したような防具ばかりだ。
無論、それらを魔法使いが身に着けてはならないといった決まりはないだろうが、ミアレの言い様からそれが一般的ではない事はわかる。
「うーん、そうなんですけど、アライアさんはその辺も考えてここを選んだんだと思います。たぶん、模擬戦からルーコちゃんに必要だと判断して」
確かに私の戦い方は強化魔法を使って距離を詰める事が多く、打撃が主な攻撃手段になっている。
それは偏に私が強化魔法と他の魔法を併用できないからだ。
だからこそ強化魔法を解いて張っての間隔を短くしたり、時間を稼げるような魔法を積極的に覚えてそれを補おうとしてきた。
しかし、知能の低い魔物との戦いならともかく、対人戦、それも格上が相手では切り替える隙を見つけるのも艱難で、どうして打撃中心で攻めざるを得なくなってしまう。
……近接の武器があれば攻撃力不足を補えるかもしれないって事なのかな。
模擬戦を振り返って武器の必要性とアライアの意図をそう解釈し、改めて店内を見回した。
「必要ね、まあ、アタシは見てないから何とも言えないし、商品を買ってくれるってんなら文句はないさ。ゆっくり見ていきなよ」
「ありがとうございます」
端から飾られている武器を一つ一つ見て、自分に合いそうなものを見繕おうとする。
動く時にできるだけ邪魔にならないようあんまり大きなものは避けるとして……そうなるとだいぶ限られてくるなぁ。
普通の大きさの剣でも私の体格では逆に振り回されてしまうのが目に見えている。
かといってあんまり小さすぎても武器を持つ意味が薄れるだろうし、何かちょうどいいものは……。
「……いっそのこと銃を持ってみるのもありだと思うよルーコちゃん」
「銃……ですか?」
聞いたことのない名前に戸惑い、首を傾げる私にミアレが「まあ、あまり出回らないから知らないのも無理はないね」とその銃という武器について説明してくれる。
「簡単に言うと、銃ってのは火薬を推進力にして小さな鉄の塊を飛ばす武器の事だよ」
「は、はぁ……」
火薬という単語は本で見た事がある。確か火、もしくは衝撃などが加わった瞬間、爆発を引き起こすという粉を指す言葉だった筈だ。
「……実物を見せた方が早いね。えーと、確かここに……あった」
奥の棚から長細い筒に取っ手を付けたような形状のものを持ってきたミアレはそれを片手で掲げて見せる。
「これが銃だよ。ここから弾を込めて引き金を引くことで発射される。範囲は小さいけど、頭にでも当たればいともたやすく命を奪えるくらいの威力はあるね」
つまりその銃という武器は性質的に『一点を穿つ暴風』と同じく貫通力に長けた代物なのだろう。
「……でもそんなに威力があるのに出回ってないって事は何か欠点があるってことなんじゃ」
「……欠点というか、あんまり需要がないんだよ。管理が難しいし、弾を補充するためのお金もばかにならない。おまけにさっきのは相手が何もしてなかったらの話で、防御魔法や強化魔法を使われると決定打を与えられなくなる。正直、使えるなら銃よりも魔法の方がずっと便利だね」
なるほど、思っていたよりも銃という武器の威力は低かったらしい。
ミアレの言う通り、剣士なら剣、魔法使いなら魔法がある以上、どっちつかずの銃に需要がないというのは頷ける話だった。
 




