第51話 言葉の差異と彼女の正体
騒ぎの後処理が終わり、話がひと段落ついた後、私は登録のための書類に記入しつつ、受付の女性から説明を受けていた。
「━━というわけで登録が完了すればその等級に応じた依頼が受けれるようになります」
「そうなんですね。わかりました」
事前にアライア達から聞いていたことの他に、いくつかの簡単な注意を受け、書き終えた書類を手渡すと彼女は少し困った顔をしてそれを受け取る。
「どうかしましたか?」
その反応に疑問を覚えて尋ねると、彼女はうーんと唸りながら書類を見つめて少し遠慮がちに答えた。
「えっと、書類上は問題ないんですけど、その、文字の形式がだいぶ古くて少し読みづらいかなと……」
「え、古い……?」
返ってきた予想外の答えに思わず首を傾げてしまう。私の文字の読み書きはあの人に教えてもらったものだ。
今まで本を読んでいた時も別段、自分の文字と書かれている文字の違いを感じた事がなかったため、古いと言われてもいまいち分からない。
「あー……そうか。ルーコちゃんの住んでいたところは外との接触をずっと断ってたから今使われてる言語と少し差異があるのかもね」
「あ、そういえば……」
こうして言われるまですっかり忘れていたけど、私の集落はもう何百年、いや、下手をすれば千年以上、外との接触がなかった。
むしろそんな中で伝わった言語が少し読みづらいながらも、通じたという事が驚きだ。
「なるほど、それで……分かりました。書類は私の方で手直しして通しときますね」
「……すいません。お願いします」
申し訳ないと思いながら頭を下げると受付の女性は「このくらい特に手間でもありませんから大丈夫ですよ」と笑顔で返してくれた。
……空いた時間に文字も勉強し直そう。たぶん、これから文字を書く機会も多くなるだろうし、その度にお世話になるわけにもいかないしね。
心の中でそう決め、どう勉強しようか考えていると、受付の女性がこほんと咳払いをして姿勢を正し、私の方に向き直る。
「自己紹介がまだでしたね。私はこのギルドでマスターをしているエリン・ハロルです。主に受付で依頼の発行や登録、昇級関連の手続きをしていますから、今後も話す機会が多いと思うのでよろしくお願いしますね」
「え、は、はい。こちらこそよろしくお願いします……」
受付の女性、改めエリンの丁寧な自己紹介の中で、また一つ聞き覚えのない単語が出てきた事に困惑してしまい、上手く返す事が出来なかった。
「えっと、その、ますたーていうのは……?」
「ん?ああ、そういえばルーコちゃんには馴染みのない単語だもんね。簡単に言うとマスターっていうのはこのギルドで一番偉い人を指す呼び名だよ」
疑問のままでは駄目だと思い、その単語の意味を問うた私にアライアがそう答えてくれる。
ますたーが一番偉い人の呼び名という事は、それを名乗ったエリンさんは……。
「……っそれじゃあここではエリンさんが一番偉いって事ですか!?」
「そういうこと。まあ、初めて聞いた時は私も驚いたけどね」
「ですね~。普通はそんな人が受付をやってるなんて想像もしないですから」
驚く私とは対照的に知っていた二人の反応は平坦なもので、アライアはともかく、サーニャもエリンに対して畏まった態度を見せていないことから、からかわれているのではないかと邪推しそうになる。
「ふふ、元々この仕事が好きだったんですよ。前のマスターが問題を起こしてやむなく私がその役目をを務める事にはなりましたけど、受付の仕事は今も続けているんです」
なおも驚いたままの私にエリンは笑いかけながらそう説明してくれる。
どうやらアライア達の言っている事はからかうための冗談などではなく、本当の事らしかった。
「だからマスターなんていってもそんなに大仰なものでもないですから、気にせず気軽に接してください」
「気軽にと言われても……」
一番偉いと聞かされてすぐにそういう態度をとるのは流石に気が引ける。しばらくはどうしても意識する事になってしまうだろう。
「まあ、私も最初の内は緊張したりしてたし、おいおい慣れていけばいいと思うよ」
「だね。とりあえず今日のところは登録も済んだし、簡単な依頼を発行してもらって宿を探さないと」
サーニャの言葉にアライアが同意し、依頼を見繕ってくれるようエリンに目配せをすると、彼女はすぐ横においてある紙の束から一枚を取り出した。
「それではこの依頼はどうですか?小型の魔物五体の討伐。初心者には少し難しいかもしれませんが、アレをぶっ飛ばした貴女なら問題ないと思います」
「え、えっと……」
「んーいいんじゃないかな。私も一緒に行くし、ルーコちゃんの実力ならこのくらい大丈夫だよ」
急に提示された依頼内容に戸惑い、どうすべきか迷っている私の横からひょいっと覗き込んできたサーニャが軽い調子で賛同の言葉を口にする。
「そう、ですか?サーニャさんがそういうなら……」
「なら決まりだね。エリン、その依頼を受けるから手続きを進めてくれるかな」
「承りました。それではここに受ける方のサイン……もとい、署名をお願いします」
私が分かりやすいように言い直してくれたエリンの言葉に従って差し出された書類へと筆を走らせた。
「はい、これで依頼は受理されました。期限は二十日間、これを過ぎた場合は依頼を放棄したとみなされ、違約金が発生してしまうので注意してください」
「分かりました。気を付けます」
初めて受けるので基準はわからないが、五体の魔物を倒すのに二十日間という期間は少し長いように感じる。
「あと必要ないとは思いますが、依頼が達成困難だと判断した場合はギルドの方に申し出てください。そうすればギルドの方で違約金を何割か肩代わりします」
「これは主に初心者のための制度だよ。彼女の言う通り、今回使うことはないんじゃないかな」
エリンの説明をアライアが補足し、そこからさらにいくつかの注意事項を受けたところでようやく依頼についての話が終わった。
「━━では依頼についての説明はこれで終わりです。またわからないことがあったら気軽に聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございますエリンさん」
ここまで丁寧に説明してくれた事にお礼を言うと彼女はどういたしましてと手を振ってくれる。
「あ、それと、討伐の依頼に行く前にはきちんと準備してくださいね。いくら強くてもどんな事があるかわかりませんから」
指をぴんと立ててそう注意を促してくれるエリン。その言葉はもっともなのだが、正直、魔物を討伐するのにどんな準備をすればいいのか私には分からない。
というのも、集落で魔物を倒す際に私は準備らしい準備をした事がなかった。
私の主となる戦闘方法が魔法だというのも理由の一つだが、そもそも他のエルフたちも狩りに行くときは弓や解体用の刃物を持つくらいで、手ぶらの状態がほとんどだ。
だから準備と言われてもぴんとこず、思わず首を傾げてしまった。
「……そうだね。じゃあこの後、そのままみんなで準備しに行こうか」
そんな私の心の内を汲んでくれたのかアライアがそんな提案をしてくれる。
良かった……どんな準備がいるのかわからなかったけど、それなら安心できる。
「準備が終わったら前にウィルソンさんに教えてもらったおいしいお店に行きましょうよ」
「ん、終わったらね。その前に宿屋の確保しないとだけど」
サーニャの一言からそのままここを後にする流れとなり、改めてお礼と別れを告げると、続けて二人もエリンへ言葉を掛けていく。
「それじゃあ、エリンさんまた依頼達成の報告の時に」
「色々と世話になったね。助かったよ」
「いいえ、これが私の仕事ですから。それではお気を付けて、無事にまた会える事のをお待ちしています」
きっと依頼を受けていった冒険者、全員に贈られたであろう言葉を受け、笑顔で見送ってくれるエリンさんを背に私達はぎるどを後にした。




