第44話 魔法使いの私と剣士のトーラス
アライアからの開始の合図と共に私は強化魔法を発動させ、思いっ切り地面を踏み込んでとトーラスの距離を一気に詰める。
剣を使う相手と戦うのは初めてだけど、後手に回るわけにはいかない。私の実力割れていない内に一撃を当てないと。
トーラスの実力は未知数、アライア並みという事はないとは思うが、それでも格上に挑むつもりで望むに越した事はないだろう。
「はぁっ!」
真正面からトーラスの懐に潜り込み、加速した勢いそのままに横腹目掛けて手刀を叩き込もうとする。
「っ……!」
私の接近に驚いた表情を浮かべるトーラスだったが、手刀が叩き込まれる直前、自らも強化魔法を発動させ、慌てて後ろに跳んだ。
っ……まだ!
寸前のところで手刀をかわされたものの、慌てた跳んだせいか、トーラスの体勢は崩れている。
この好機を逃すわけにはいかないともう一度踏み込み加速、追撃で上段蹴りを打ち放った。
体勢が整っていないトーラスは追撃で放たれた蹴りを避けられず、腕を盾にする事でどうにかそれを防ぐも、反動で軽く吹き飛んでしまう。
「っお前は魔法使いじゃないのか……?」
吹き飛んだ先で体勢を立て直しつつ、困惑の言葉を上げるトーラス。
確かに今のところ打撃のみで強化魔法以外の魔法を使っていないが、それはあくまで不意を突くために速度を重視した結果であり、魔法使いかどうかを疑われる謂れはない。
「━━〝風よ、冷気を以て、彼の者を縛れ〟」
問いかけに詠唱を持って応え、トーラスの方に向けて両の手を突き出して呪文を口にする。
『北風の戒め』
呪文と共に冷気を含んだ風がトーラス目掛けて飛び、その四肢を拘束せんと迫った。
「っ……舐めるなよ!」
向かってくる魔法に対してトーラスは崩れた体勢のまま木刀を振り抜き、冷気を含んだ風を切り裂く。
通常、どれだけ強く木刀を振ったところで魔法で作られた風を切り裂く事は出来ない。
にもかかわらず、私の拘束魔法を切り裂いたのはひとえにトーラスが木刀に魔力を纏わせていたからだろう。
……お姉ちゃんみたいに魔力を感じとる感覚はないけど、それでもあの木刀にそれが込められているのは私にもはっきり分かる。
魔法を切られた事に驚きつつも、冷静に状況を俯瞰し、ここからどう立ち回るかを考える。
トーラスさんのあれはたぶん本で読んだ剣士特有の技術……原理的には強化魔法と同じものだったはず……。
持っている武器も手足の延長として強化魔法で覆うというその技術の存在は知っていても、実際に目にするのは初めてだった。
手段としてはさっきみたいに木刀の振りづらい距離まで近付いて攻撃するか、逆に距離を取って遠くから魔法を使うかの二つだが、遠距離攻撃がないのなら後者の方が作戦としては安全だろう。
「今度はこちらから行かせてもらうぞ━━」
私が考えている内に体勢を整えたトーラスがその場で木刀を構え、真上から勢いよく振り下ろした。
「なっ……!?」
確実に木刀が届かない距離、あの場で振り下ろしたところでただ悪戯に空気を切り裂くだけの行動の筈なのに、その剣線から風を切る音と共に斬撃が飛んでくる。
大丈夫、この速度ならかわせる……。
魔法もなしに斬撃を飛ばしてきたのには驚いたが、この程度の速度なら避けられなくはないと強化魔法を使い、横っ飛びでそれをかわしたその瞬間、離れてたトーラスが一気に距離を詰め、木刀を突き出してきた。
「くっ……」
その突きをどうにかぎりぎりでかわし、距離的に再び距離を取るべく後ろに跳ぼうとするが、その行動はトーラスに読まれていたらしく、ぴったりとくっつかれ、離れる事が出来ない。
トーラスの思惑にまんまと引っ掛かってしまった私は木刀の優位な間合いで戦う事を強いられ、防戦一方になってしまう。
っまずい……このままだと押し切られる……!
引き剥がそうにも私とトーラスの強化魔法の練度に差はなく、思ったように動けないまま、体力と魔力がどんどん消費されていく。
「このっちょこまかと……!」
しかし、攻めている方のトーラスも攻撃が当たらない事に焦れてきたようで、剣筋が少し単調になり始めていた。
これなら一か八かいけるかも……。
この不利な状況から脱出すべく、私は一つの賭けに出ようと決め、その瞬間を見計らう。
「っ今!」
単調な攻撃に合わせて両腕を交差させ、その一撃をあえて受けると同時に後ろへ跳んで距離を取ろうと試みる。
その賭けは上手くいき、目論み通り無事に距離を取る事に成功したが、代わりに腕が少し痺れてしまった。
「っ……〝風よ、刃となって飛び進め〟━━『風の飛刃』」
せっかく距離を取れたのにまた詰められるわけにはいかないと、ろくに着地も出来ていない中で詠唱を口にし、痺れた腕を無理矢理振るって牽制に風の刃を放つ。
「ちっ……面倒な」
案の定、追撃を仕掛けようとしていたトーラスが鬱陶しそうに木刀を振るって風の刃を防いでいた。
やはりというべきか、トーラスの判断は早く、的確だ。このまま戦えば負けるのは私の方だろう。
……まあ、まともに戦えばの話だけど。
そんな事を考えつつ、牽制に放った風の刃のおかげで出来た僅かな時間を使い、次の魔法の準備を進める。
「〝立ち込める煙、隠れ偽る白、広がれ〟━━『白煙の隠れ蓑』」
呪文を唱えると同時に掌から白く不透明な煙を生み出し、辺り一帯を覆い尽くしていく。
「煙幕だと……?」
突如として白煙により視界を塞がれたトーラスが困惑の声を漏らす中、私は煙に紛れるように動き、さらなる魔法の詠唱を用意する。
「……〝風よ、渦を巻き、吹き荒れろ〟━━」
「っこの何も見えない中で魔法を使うつもりか……!」
確かに現状では私もトーラスの姿は見えないが、それでも問題はない。なぜなら剣士のトーラスと違って私は魔法でこの煙幕をいつでも晴らす事が出来るのだから。
「〝縛りつける風、絡みつくつむじ、渦を結んで、括りつけろ〟」
二重に詠唱を重ねて魔法を用意した私は、片方の腕を真上に掲げて呪文を口にする。
『突風の渦巻き』
生み出された風が渦を巻き、辺り一帯の白煙を呑み込んで頭上へと登っていく。
「なっ……!?」
「見つけた━━『縛り絡む旋風』」
あっという間に晴れた視界に驚くトーラスへ、勝負を決めるために用意した魔法を一気に撃ち放った。
いくつもの風の帯がトーラスの方に向かい、その動きを封じようと殺到する。
これは私の使える中でも一番強力な拘束魔法で、巨大な魔物の動きも完全に止める事の出来る代物だ。
一度捕まってしまえば動けなくなるのは必至だし、この距離なら強化魔法を使って避ける事も防ぐ事も叶わない……つまりこの模擬戦は私の勝ちで終わる……。
「まだだっ!」
勝ちを確信したのも束の間、トーラスがそう叫びながらさっきまでと比べ物にならない速度で風の帯を潜り抜け、迫ってきた。
しまっ━━━━
決まったと思って油断していたのが仇となり、迫るトーラスへの対応が遅れてまともにその一撃を受けてしまう。
「ごっ!?」
速度の乗った木刀の一撃は私の腹部に命中、肺の空気を押し出されながらそのまま派手に吹き飛ばされてしまった。
「っルーコちゃん!!」
さっきの防いで見せた一撃とは違い、まともに攻撃が当たった事に気付いたサーニャが悲鳴混じりに声を上げ、模擬戦を中断させようと間に割って入ろうとする。
「ちょっとサーニャ、模擬戦はまだ終わってないんだから邪魔したら駄目だよ」
「でもアライアさん!ルーコちゃんが……」
割って入ろうとしたサーニャだったが、審判を務めるアライアに止められてしまい、抗議の声と視線を送った。
「そんなに心配しなくても大丈夫。攻撃自体はまともに入ってだけど、咄嗟に強化魔法を張り直したみたいだから見た目よりもダメージを受けてないと思うよ」
「うぅ……でも……」
大丈夫だと念を押されてなお、納得していない様子のサーニャにアライアは呆れ半分に溜め息を吐き、言葉を重ねる。
「……この模擬戦を提案したのは私だけど、売り言葉に買い言葉でトーラスを焚き付けたサーニャにも責任があるんだから、きちんと結末は見守らないとでしょ?」
「うっ……それは……」
的を得た正論に言葉を詰まらせるサーニャ。そんな彼女の頭に手を置き、アライアがふっと表情を緩ませる。
「もし本当に危ないと思ったら私が止めに入るよ。だからもう少し二人の模擬戦を見守ってあげよう?」
「…………分かりました。でも危ない時は本当に止めてくださいよ」
アライアのその言葉が決め手となり、サーニャは納得していないながらも渋々と言った様子でそれに従った。
そんな二人が見守る中、模擬戦はさらに苛烈さを増して続く事になる。




