第40話 自己紹介と向けられた敵愾心
「と、まあ、何か昔の話みたいに言ったけど、今でも異世界からきた人はそこそこいるんだよね」
「え、今も……?」
そこまで説明したところでアライアが軽い調子で肩を竦める。
確かにアライアの口ぶりから昔、異世界からきた人の知識が今に受け継がれているのだと勝手に思っていたため、今もいるという事に驚きを隠せない。
「そ、異世界からやってきた転移者や異世界で命を落としてこの世界で生まれ変わった転生者は昔だけじゃなくて今でもいるし、なんなら冒険者の中にもそれなりにいるかな」
「ちなみに私も会った事あるよ。凄い強い人でちょっと態度があれだったけど……」
アライアの言葉に続いて微妙な顔をしながらそう言うサーニャ。どうやら彼女が会った異世界人は相当に難のある人物だったらしい。
「……異世界人は優秀な能力を持ってる事が多いから傲慢になりやすいんだよ。だから一部からは煙たがられたりもしてるみたいだね」
「……何だか少し怖いですね」
異世界からそのまま転移してきた人はともかく、生まれ変わった人達は少なくとも一度の人生を終えている筈なのに、それでも傲慢になってしまうものなのだろうか。
「まあ、異世界人も悪い人ばかりじゃないし、言葉や文化も良いもの良いものだから、そういう人達もいるって覚えておけば大丈夫だよ」
少し怯えた素振りを見せる私にアライアは関わらないようにすれば問題ないからと宥め、それ以上話を続けないようぱっと話題を切り替える。
「さて、それじゃ晴れてルーコちゃんが私達のパーティに加わってくれた事だし、これからの話をしようか」
「ですね~、ノルン姉達が帰ってきたら紹介しないとですし、歓迎会もしないと」
「え、いや、その歓迎会だなんて私は……」
戸惑ったままの私を他所に二人はさくさくと話を進めていく。
「とりあえず部屋はここを使ってくれて大丈夫。元々空いてた部屋だから遠慮はいらないからね」
「え、は、はい、ありがとうございます」
「あ、ルーコちゃんが着てた服はボロボロだったからしばらくは私の服を使って」
あっという間に住む場所と服の心配がなくなり、遠慮する暇もなくあれよあれよと空気に流されてしまう。
そこから私が呆気に取られている内にアライアとサーニャが部屋を軽く片付けてくれたようで、いつの間にか室内がすっきりとしていた。
「━━━━ただいま~今、帰ったよ~」
そんな折、外へと続く玄関の方から見知らぬ女性の声が室内に響き、扉を開ける音と共に足音が聞こえてくる。
どうやらさっき話に出ていた他の仲間が買い出しから帰ってきたらしい。
「あ、みんな帰ってきたみたいだね」
「私、荷物持つの手伝ってきます!」
ばたばたと騒がしく部屋を出ていったサーニャを見送り、残ったアライアの方に視線を向ける。
「えっと、私から行った方がいいですよね?」
「んーいや、ルーコちゃんはここで待ってていいよ。後で帰ってきた三人を連れて紹介するから」
アライアはそう言って私に座っているよう促すと、そのままサーニャの後を追って部屋から出ていってしまった。
それからしばらく部屋の外でどたばたと忙しげな音が聞こえてくる中、手持ち無沙汰で待っていると、やけに上機嫌なサーニャが部屋に駆け込んでくる。
「ルーコちゃんお待たせ~!じゃあ今から他の仲間を紹介するね」
「え、あ、はい」
私の方を見て開口一番そう言ったサーニャが扉の外に向け、入ってきていいよ、と声をかけると、三人の男女が順番に部屋へと入ってきた。
この人達がアライアさんとサーニャさんの仲間……。
最初に入ってきたのは青い髪を短く切り揃えた青年、何故かは分からないが、少し不満そうな表情を浮かべている。
「…………」
……何かこっちの方を睨んでる?
初対面でお互いにまだ何も知らない筈なのにどうしてだろうと考えている内に今度は髪の毛を剃り落とした禿頭の大柄な男が入ってきた。
「おお、嬢ちゃん、元気そうで良かった」
「へ、は、はい、お陰さまで……」
人の良さそうな笑みと共に気さくに声を掛けてくる禿頭の男性に戸惑いながらも、たぶん私が倒れていた事を心配してくれてたんだろうと解釈してそう返す。
「本当、良かったわね。私も安心したわ」
最後に長い黒髪の女性がそう言って微笑みながら部屋に入り、その後にアライアが続く。
この人がサーニャさんの言ってたノルン姉って人かな……?
優しそうでどことなく姉と似た雰囲気を持つ彼女の方をじっと見つめていると、その視線に気付いたのか、ノルンはにこりと笑みを返してくれる。
「私はノルン・エストニア。アライアさんやサーニャと同じ魔法使いよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
自己紹介と共に差し出された手を握り、たどたどしいながらも挨拶を返すと、続けて禿頭の男性も手を差し出してきた。
「俺はウィルソン。ウィルソン・ビルドだ。このパーティでの役目は戦士兼、料理人ってとこだな。嬢ちゃんも何か食いたいもんがあったら気軽に言ってくれ。これからよろしくな」
「は、はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
その大柄な体とは裏腹に人当たりの良いウィルソンにほっとしつつ、握手を返す。
……ノルンさんもウィルソンさんも良い人そうで良かった。
内心、安心したのも束の間、部屋に入ってきた時から不満げな様子の青年がその不機嫌さを隠そうともせずに口を開いた。
「……トーラス・マクアーだ。僕は認めないからな。こんなちんちくりんがパーティに入り、あまつさえアライアさんの弟子になるなんて」
「……ちんちくりん?」
なるほど、このトーラスという青年はどこの誰とも分からない私がぱーてぃに加わるのが気に入らないらしい。
弟子になるというのは初耳だが、〝魔女〟になるために必要だとアライアが気を回してくれたのだろう。
確かにトーラスの気に入らないという気持ちも分からなくはない……しかし、ものには言い方があると思う。
認めないという旨だけを伝えればいいのにわざわざ私の事を悪くいう必要はない筈だ。
「あの━━」
「ちょっと、このバカ兄っ!ルーコちゃんに失礼な事を言わないでよ!」
トーラスのもの言いにかちんときたとはいえ、これからお世話になる身……あくまでも穏便に抗議しようと思った矢先、私よりも早くサーニャがトーラスへと食って掛かった。
「なっ……兄に向かってバカはないだろ!それに僕は本当の事を言っただけだ!」
サーニャの言葉に顔を真っ赤にして抗議するトーラス。ここまでの会話から二人が兄妹らしい事が分かったが、この言い合いを見るにそこまで仲が良くないように見える。
「バカだからバカって言って何が悪いの?というか、自分よりもずっと年下のルーコちゃんに敵愾心むき出しの嫉妬なんて恥ずかしくないの?」
「っ……この、アホ妹が!」
二人の言い合いが白熱していく中、図星を突かれたように言葉に詰まったトーラスへウィルソンとノルンから呆れ混じりの視線が向けられた。
「……アホはお前だし、今回はお前が悪い」
「そうね、流石に見苦しいし、擁護できないわ」
「ぐっ……」
言い合いは三対一の構図となり、勝ち目のなくなったトーラスは黙り込んでしまう。
「…………ルーコちゃんをパーティに入れる事を決めたのは私だ。その決定に異議があるなら直接私に言いなよ」
「うっ……そ、れは……」
追い討ちと言わんばかりにアライアから止めの一言を受けたトーラスはがくりと項垂れ、消沈した様子で異議はありませんと力なく呟いた。




