第39話 曖昧な条件とぱーてぃへの勧誘
「━━で、最後に〝魔女〟になるための条件なんだけど……なんというか、曖昧なんだよね」
「曖昧……?」
ようやく目標である〝魔女〟への条件が聞けると思った矢先に出てきたその言葉に思わず首を傾げ、怪訝な顔で聞き返してしまう。
「うん、〝魔女〟に求められるのは偉業と絶対性の二つで、〝魔女〟二人以上の推薦の元、それらを国、あるいは組合から認められる事で初めて〝魔女〟の称号が与えられるんだよ」
偉業と絶対性、そして二人以上の〝魔女〟からの推薦に認められる事……一応、何が必要かは分かったものの、その内容は確かにアライアの言う通り曖昧だ。
具体的に示されているのは〝魔女〟からの推薦くらいで、あとは酷く抽象的、何をどうすればいいのか全く読み取れない。
そしておそらくその〝魔女〟からの推薦というのは後から出来た条件なのだろう。だからこそ他と違って唯一具体性を持っているのかもしれない。
「……偉業というのはなんとなく分かるんですけど、その、絶対性っていうのは」
そんな曖昧の中で、それでもかろうじて偉業を成すという言葉の意味は理解できたが、絶対性に関しては何に対するものなのか、どう示すのか、何一つ分からなかった。
「やっぱり引っ掛かるのはその部分だよね。うーん……どう説明したものかな……」
「……アライアさんは〝魔女〟なんですから自分を例にしたらいいんじゃないですか」
説明に困って頭を悩ませるアライアへ気まずそうに黙っていたサーニャがぼそりと口を挟む。
「私を……?確かにそれならどうにか……」
サーニャの一言で算段がついたらしく、アライアは少し考えるような仕草を見せ、すぐに言葉を切り出した。
「……絶対性っていうのは〝魔女〟とそれ以外を隔てる何か。私で例えるならさっきの模擬戦で見せた魔術による制圧力と応用力がそれに当たるね」
「制圧力と応用力……」
例として挙げられたアライアの魔術と直接相対したからこそ、言っている事の意味が分かる。
あの魔術を前にした時に感じた差、何をしても破れないと思ってしまったあれは確かに〝魔女〟とそれ以外を隔てる何かと言えるだろう。
「あの魔術を使った瞬間から魔力の続く限り、想像するだけで超硬質の物質を具現化する事ができる……だから私は〝創造の魔女〟なんだ」
想像して創造する……言葉遊びのような言い回しの二つ名だが、その名を冠するアライアはなるほど、世間の評価通り化け物染みている。
絶対性……一番分かりやすいのは圧倒的な強さを持つ事だけど、私にはたぶん無理だと思う。私の戦い方は工夫して隙を突くもの……自分よりも強い相手に勝つための戦い方だ。
それは圧倒的な強さとは縁遠く、言ってしまえば小狡く、小賢しい。そんな私が絶対性を示そうと思えば強さ以外の何かを探して得るしかない。
「……つまりまず私が目指すべきは一等級とその上の資格。その先の〝魔女〟に至るための方法を探すのが一番現実的ですね」
「……まあ、そうだね。現状でルーコちゃんが〝魔女〟になるにはそれが最善の道だと思う」
模擬戦を通して私の実力、欠点を把握したアライアも同じ意見らしく、少し言いずらそうにしながらもそう返してくる。
「……それならやっぱりルーコちゃんは私達のパーティに入った方がいいんじゃない?」
「ぱーてぃ?」
ここまでの話を聞いていたサーニャがそう結論づけて提案を挙げるも、ぱーてぃという聞き慣れない単語と発音を前に思わずそのまま聞き返してしまった。
「うん、だってルーコちゃんは〝魔女〟を目指すために組合に登録するんでしょ?なら一緒のパーティの方が色々教えてあげられるし、私達と一緒なら〝魔女〟の指導を受けるって条件も簡単に満たせるから都合が良いと思うよ」
「え、えっと……」
私がぱーてぃという言葉の意味を知らない事に気付いてないようで、サーニャはどんどん話を進めてしまい、会話についていけずに戸惑ってしまう。
「……ちょっと落ち着きなよサーニャ」
「あ痛っ……ちょっアライアさん何するんですか」
そんな中、私の戸惑いを読み取ったアライアが軽くサーニャを小突いて制し、返ってくる抗議の声と視線を受け流して言葉を続けた。
「どうみてもルーコちゃん戸惑ってるでしょ。たぶん話云々の前にパーティの意味が分からないんじゃないの?」
「へ?あ、そうなのルーコちゃん?」
アライアに指摘され、問いかけてきたサーニャに私は首肯でもって返す。
少し冷静に考えると、話からなんとなくの意味を察せた人のかもしれないが、それだとやはり肝心の内容が頭に入ってこないため、先に意味を教えてくれた方がありがたかった。
「そうだったんだ。ごめんね、まさかパーティで伝わらないと思ってなくて……」
「……彼女達エルフはずっと森の中で過ごしてきたからパーティみたいに異世界から伝わってきた言葉は広まってないのかもしれないね」
言葉の中にまたも気になる単語が出てきてそれも聞き返したくなる衝動に駆られるも、また話が逸れると思い直し、それを呑み込んで続きを待つ。
「えっと、パーティっていうのは依頼をこなすために冒険者同士で組んで一緒に行動する仲間の事を指してるの」
「仲間……じゃあアライアさんとサーニャさんはそのぱーてぃって事ですか?」
「そうだね。私とサーニャの他にも三人仲間がいるんだけど、今は買い出しに行ってるから戻ってきたら紹介するよ」
思い返せば倒れている私を見つけたのは依頼の帰りだと言っていたが、あの時もそのぱーてぃで行動していたのだろう。
なるほど、確かにそのぱーてぃというのに入ればサーニャの言うように資格を得る上で大いに役立つのは間違いない。
「……でもそこまでお世話になるわけには」
「そんなの全然気にしなくていいよ!ね、アライアさん」
「ああ、ルーコちゃんの実力なら問題はないし、むしろあれだけ動ける魔法使いが入ってくれるのは私達のパーティにとっても良い事だからね。歓迎するよ」
遠慮する私に対して気の良い返事を返してくれる二人。その言葉に裏表はなく、純粋に好意で言ってくれているのだという事が伝わってくる。
「…………それじゃあ、その、お願いします」
それなら断る理由はないと、私は素直にその好意に甘えさせてもらうべく了承の言葉を返した。
「う~やったぁっ!これからよろしくねルーコちゃん!」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
了承の返事してすぐに抱きついてきたサーニャに面を食らいながらもそう返す私にアライアが微笑みを溢す。
「私からもよろしくね」
「は、はいっお世話になります」
まだ他の三人には会っていないものの、ひとまず無事にアライア達のぱーてぃへ迎え入れられた私は、一頻りに挨拶が終わった後、会話の中で疑問に思っていた事を口にする。
「━━その、一つ聞きたいんですけど、さっき言ってた異世界から伝わってきた言葉っていうのは何ですか?」
私が質問を投げかけるとアライアは少し首を傾げつつも、何の事か思い至ったようですぐに答えを返してきた。
「ん、ああ、そういえば説明してなかったね。まあ、でもあれはそのままの意味だよ。こことは違う世界から伝わってきた言葉ってだけ」
「違う世界ですか?国とかではなくて?」
集落の中しか知らない私だが、外には人間達の様々な国がある事は知っている。
だからてっきりこのぱーてぃという単語も外の国から伝わってきた言葉かと思っていたのだが、アライアの反応からすると、どうやら違うらしい。
「うん、国じゃなくて文字通りの違う世界。そしてその世界からやってきた人が文化や言葉をもたらし、それが広がって私達の言葉として定着していったんだよ」
「そう、だったんですか……」
国という概念すら伝聞でしか知らない私には別の世界の事なんて想像もつかなかった。




