第38話 魔女への条件といじけるサーニャ
もう何度目かの問いかけ、その具体的な内容に切り込んで尋ねるとアライアは少し考える素振りを見せてからそれに答える。
「うーん……ルーコちゃんは魔法使いだから目指すのは私と同じ〝魔女〟なんだけど……そこに至るまでの方法は二つ、下から一つずつ上げていくか、互いの合意の上、正式な場で〝魔女〟を倒す、もしくは殺す、そのどちらかだね」
「……殺すなんてずいぶんと物騒ですね」
下から上げるというのは分かるが、まさかそんな血生臭い方法があるなんて思いもしなかった。
「……そうだね。とはいえ、その方法で〝魔女〟になったのは一人だけだから、実質、下から一つずつ上げていく方法の一つだけになるかな」
「……一人はいるんですか」
〝魔女〟という存在の強さはさっき身を持って知ったばかりだ。
もちろん、〝魔女〟全員がアライア程の強さを持っているとは限らないが、それでも〝魔女〟という位を冠した魔法使いを倒すないし、殺してその称号を得た人がいるというのには驚くほかない。
「まあ、その一人は例外みたいなものだし、気にしなくてもいいよ。それで肝心の具体的な方法なんだけど━━」
「あ、それは私から説明しますよ」
アライアがそこまで言いかけると、言葉を遮るように会話に入ってきたサーニャが説明を引き継ぐ。
「まず一番下の三等級は申請して登録すれば誰でもなれるからいいとして、そこから二等級に上がるには依頼をいくつかこなしてから試験を受けないといけないの」
「試験……?」
なるほど、二等級が一人前という認識なら、きちんと依頼をこなせるのかを見てから試験でそれを直接確かめるというのは妥当な方法だ。
「うん、試験の内容はその時の試験官が決めるからまちまちだけど、そこまで難しいものはないから大丈夫だと思う。で、その次、一等級に上がる方法も基本的には二等級の時と同じなんだ」
「え、同じ……?」
一等級が天才という評価で、なおかつそれを得るのが難しいと言われているのに、昇級方法が二等級と同じというのはどういう事なのだろうか。
「そう、依頼をこなして試験を受けて合格すると晴れて一等級の仲間入り……なんだけど、問題はその試験が物凄く難しいって事なの」
「……サーニャも今までに二回落ちてるしね」
やけに実感のこもった口ぶりでそう言うサーニャの後に続いてアライアがぼそりと呟く。
「……そうなんですか?」
「うっ……それは……うん……そうだよ。私は一等級魔法使いの試験に二回落ちてるんだ。だからその難しさを嫌という程知ってるの」
試験の事を思い出しているのか、げんなりとした表情を浮かべるサーニャ。
まだ会ったばかりでサーニャの実力を知らないからなんとも言えないが、それでも二回落ちているという事実から、その試験が一筋縄ではいかない事が窺える。
「一等級は確かに二等級と同じ昇級方法だけど、二等級の時と違って試験の内容が決まっているんだ」
今度はアライアがげんなりとしたサーニャに代わって説明を続けた。
「?決まってるならそれに合わせて対策できたりするんじゃ……」
私の至極もっともな疑問にアライアは首を振ってそれを否定する。
「そういうわけにもいかないんだよ。何せその試験内容は一等級以上の資格を持つ試験官との模擬戦なんだから」
「……それは確かに対策のしようがありませんね」
事前に相手が分かるなら調べようもあるが、試験というからにはそれが分からないよう配慮してあるだろうし、そんな中で格上である一等級以上の人と模擬戦をするというのだから、確かにそれは難しい。
「まあ、必ずしも試験官に勝つ必要があるわけじゃないからね。一等級に相応しい実力があると示せれば合格できるよ」
「……じゃあそれに二度も落ちてる私は二等級がお似合いって事ですか」
半ばいじけたようにそう呟くサーニャにアライアが苦笑いを浮かべる。
「そんなに自分を卑下する事はないよ。サーニャの年で二等級になれる人なんてそうはいないし、次は一等級の資格も取れるさ」
そもそも二等級の資格を持つのが一人前なら、サーニャの年齢でそれを持っている事が凄いというのは、人間の世界に明るくない私でも分かる。
それに大半の人が二等級で終わると言われる中、すでに一等級の試験に二回も挑んでいる時点で優秀なのは明らかだ。
「……でもルーコちゃんは私よりもちっちゃいのに凄く強いですよ?」
「それは彼女がそういう環境に身を置いてたからだよ。あとはルーコちゃんに魔法を教えた人の教え方が上手かったからというのもあるだろうけどね」
なおも拗ねた様子のサーニャに対してアライアがそう言い含めた。
確かにアライアの言っている事は正しい。
アライアに実力を見るという意図があったとはいえ、姉からの特訓を受ける前の私だったら、それこそ何も出来ずに模擬戦は終わっていただろう。
いや、それ以前の問題かもしれない。たぶん姉からの特訓がなければ私は道中で魔物に殺されていた筈だ。
「その理屈だとアライアさんの教え方が下手くそって事になりません?」
「……サーニャって時々、無意識に毒を吐くよね。それもかなり的確な」
言葉を選ばないサーニャに呆れ混じりのため息を吐きつつ、アライアは肩を竦める。
「教え方が下手くそっていうのは耳の痛い話だけど、そもそもサーニャは私が教えようとすると逃げるでしょ?」
「う……だ、だってアライアさんの特訓は厳しいから……」
気まずそうにアライアから目を逸らすサーニャ。正直、その気持ちが分からなくはないだけに、同情を禁じ得ない。
「あ、あー……えっと、あの、それで一等級より上に上がるにはどうしたらいいんですか?」
困っているサーニャに自分を重ねて見ていてられなくなり、助けを出すような形でアライアに質問をぶつける。
「ん、ああ、ごめん。少し話が逸れたね」
元はと言えば話を逸らす要因を作ったのはサーニャなので、アライアが謝る必要はないのだが、そこをつつくと話がややこしくなるためあえて触れないでおく。
「えーと、一等級から上に上がる方法はそれぞれの役割で異なるんだけど、魔法使いの場合に必要な条件は二つあるの」
「二つ……もしかしてまた実績と試験ですか?」
それぞれ異なると言っても、二等級、一等級の延長線上にあるのならその可能性もなくはないと踏んで尋ね返すもアライアは首を横に振る。
「実績があるに越した事はないんだけど、それは最低条件。本当に必要なのは一つ以上の魔術を使える事と〝魔女〟からの指導を受ける事の二つなの」
「魔術に〝魔女〟の指導……?」
魔術を使える事が条件なのは分かるが、〝魔女〟からの指導を受けるというのはどういう事なのだろうか。
「うん、あ、その前に魔術がどんなものなのかの説明は必要かな?」
「……五小節以上の文節で区切られた強力な魔法の総称ですよね。さっきアライアさんか使ったものみたいに」
人間の世界での分類がどうなっているかは知らないし、集落にある資料は古いので合っているかは分からないが、少なくとも私の読んだ本にはそう記されていた。
「その通り。使えればそれだけで魔法使いとして称賛にされ、それと同時に魔法使いの二つ名としても刻まれる魔法……それが魔術」
つまりアライアの二つ名である〝創造〟というのは模擬戦で見た魔術が由来だという事だ。だとすると、あの魔術の効果もなんとなく見えてきたような気がする。
「で、その魔術を使える事が一つ、そしてもう一つの〝魔女〟の指導を受けるっていうのはまあ、言葉通り、〝魔女〟の元で教えを乞うって事だね」
「教えを乞う……あれ?でもその条件だと最初に〝魔女〟になった人は一体……」
指導が条件になっている以上、後にも先にも〝魔女〟という存在は欠かせない。けれど、最初に〝魔女〟となった人にはそれがいないため、その条件は満たせない筈だ。
「ああ、この指導を受けるっていう条件は後から追加されたものだからね。これが適用されるより前に資格を得た人もいるんだよ」
「そうだったんですか……」
わざわざ後から条件を追加したという事は、何か指導が必要になると思わせられるような事があったのかもしれない。




