第37話 模擬戦の終わりと魔女までの道
アライアからの突然の提案で始まった模擬戦は圧倒的質量と物量による波状攻撃が決定打となり、私の敗北で終わりを迎えた。
「っルーコちゃん!大丈夫!?」
地面に大の字で倒れ込んでいる私の傍にサーニャが慌てて駆け寄ってくる。
「……大丈夫ですよ。少し擦りむきはしましたけど、大きな怪我は負ってません。倒れたのもちょっと魔力を使い過ぎただけですから」
実際のところ、決着の要因となった大質量の雨は全て私を避けるように着弾した。それはアライアが宣言通り、怪我をさせないように配慮してくれたからだろう。
「━━だから大丈夫だって言ったでしょ。全くサーニャは心配性だね」
少し呆れながら肩を竦め、近付いてきたアライアに対してサーニャはむっと頬を膨らませ、抗議する。
「……あれだけ容赦のない猛攻を見せられたら誰だってルーコちゃんの心配をしますよ。ましてアライアさんの手加減が下手くそなのを知ってるんですから」
「下手くそって……そんな事はないでしょ?サーニャとの模擬戦だってきちんと配慮してたし……」
サーニャの抗議に心当たりがないらしく、不思議そうに首を傾げるアライア。その反応から見るにアライアには下手くその自覚がないようだ。
「なっ……あれで配慮したつもりなんですか!?私、魔法を使う暇もなくボコボコにされて寝込んだんですけど……?」
「……でも大きな怪我もなく目が覚めたよね?だからきちんと手加減出来てたと思うんだけど」
どうやらアライアの中での手加減とは大きな怪我をさせないようにするという意味らしく、内容云々に関しては元々配慮もなにもないようだった。
「……アライアさんは今度、手加減の意味をちゃんと調べた方が良いですよ」
「?意味なら知ってるけど……」
惚けているのか、天然なのか、なおも首を傾げながらそう呟くアライアを他所に、サーニャは私の体を抱き抱え、肩を支えてくれる。
「……これ以上アライアさんに付き合ってられないよ。ルーコちゃん立てそう?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
お礼を言い、サーニャに支えられながらゆっくりと建物の中へ戻りつつ、私は頭の中で模擬戦の内容を振り返っていた。
……結局、アライアさんの使った魔術の正体も分からないまま、攻撃も全部防がれて、何も出来ずに負けちゃったなぁ。
振り返れば振り返るほど、自分の情けない部分が見えてきて嫌になるが、それでも目指すものの先にアライアがいる以上、目を逸らすわけにはいかない。
アライアさんくらい強くないと駄目って決まったわけじゃないけど、せめてまともに戦えるようにはならないと……。
まだ詳細を聞いていないものの、少なくとも今のままでは最高位に登り詰めるが不可能だという事は分かる。
「やー……それにしてもルーコちゃんがあんなに強いなんて思わなかったな。アライアさんを相手にあそこまで戦えるなんて」
「……え?」
そんな事を考えているおり、サーニャの口から飛び出たまさかの称賛に思わず、戸惑いの声を漏らしてしまう。
「さっき話した通り、私は魔法を一度も使う事なくボコボコにされたんだよ?それをルーコちゃんは何度も立ち回って攻撃を仕掛けてたんだから凄いと思う」
「そんな事は……」
「━━私もサーニャと同じ意見かな」
後ろから歩いて追い付いてきたアライアが意見に乗っかる形で会話に割り込んできた。
「正直、ルーコちゃんの魔法の腕はかなりのものだと思うよ。少なくとも二等魔法使いのサーニャよりは強いかな」
「……二等魔法使い?それって━━」
気になる単語を耳にし、聞き返そうと口を開きかけたその瞬間、
それを遮る形で隣のサーニャがアライアに言葉を返した。
「もうっアライアさん!確かに私もルーコちゃんの方が強いかもとは思いましたけど、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃないですか!」
「ごめん、ごめん。あくまでこれは私の主観だし、サーニャと模擬戦したものずいぶん前だから本当のところは分からないかな」
サーニャの抗議を笑顔でいなしたアライアは私達の前に出て、通りやすいように扉を開けてくれる。
「まあ、色々聞きたい事もあると思うけど、ひとまず、中で休みながら話そうか」
「……そうですね。流石に少し疲れましたし、そうして頂けると助かります」
聞きかけた言葉を一旦呑み込み、アライアの提案に乗る事にしてそう言葉を返した。
肩を借りたまま最初に目を覚ました部屋まで戻ってきた私は、サーニャの手を借りながら寝ていた場所に腰を下ろした。
「すいません。ありがとうございますサーニャさん」
「ううん、全然大丈夫だよ。今、飲み物を取ってくるからルーコちゃんはゆっくり休んでて」
ぱたぱたと出ていったサーニャを見送りつつ、一緒に部屋へと入ってきたアライアへと視線を向ける。
サーニャが戻ってきてから話を始めるつもりなのか、アライアは視線に気付きながらも、微笑み返してくるだけで何も言わない。
……まあ、二度手間になるし、揃ってからの方がいいのかな。
そう思い至り、目を閉じて足をぷらぷらさせながら待っていると、程なくしてお盆を持ったサーニャが部屋に戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
「ありがとうございます」
それぞれ飲み物を受け取り、落ち着いたところでようやく本題について話を始める。
「━━さて、それじゃあまずはさっきルーコちゃんが聞きかけてた事からだけど、私が初めにした資格の話は覚えてる?」
「はい、もちろんです。その資格の中でいずれか最高位の称号を得られれば、私は森に帰れるんですよね」
正確にはその称号があればどんな場所にも立ち入る許可が下りるため、立ち入り禁止の場所となっている魔の森……ひいてはそこにあるエルフの集落に帰れるという事だ。
「その通り。それで最高位とその一つ下の称号は私が持つ〝魔女〟の他にも呼び名は色々あるんだけど、それらのさらに下の称号は一括りに等級で呼ばれるんだよ」
「等級……ですか?」
聞き慣れない単語だが、意味合いを考えるに分けるための記号なのだろう。正直、現時点ではサーニャが二等魔法使いだと言われても、それがどのくらいの位置なのかも分からない。
「うん。一番下から三等級、二等級と上がっていって、一等級、その上と続いて、称号の後ろに自分の役割を付けるんだ。例えば剣士なら三等剣士、魔法使いなら三等魔法使いってな具合にね」
「正式には等級まで付けるんだけど、大体みんな三等だとか三級みたいに略式で呼んでるよ」
アライアの説明に合わせてそう付け加えるサーニャ。なるほど、まとめるとつまり、資格というのは五段階に分かれており、下から三つはあらゆる役割で共通の称号、そして上の二つがそれぞれの役割で名称が分かれているという事なのだろう。
「……捕捉すると世間一般には三等級は見習い、二等級で一人前、一等級は天才、その上は超人……そして最高位は化け物という認識かな」
「ですね。大概の人は二等級止まり、普通は一等級になるのも難しいですから」
……一等級で天才というなら、私を二等級と評したアライアさんは中々に的を得ていたと思う。なぜならエルフという種族の有利点を除いてしまえば、私は凡人に過ぎないからだ。
もちろん姉や長老、目の前にいるアライアが例外的に強いという事は理解している。だからこの自己評価はその例外達と比較して出したものではなく、私というエルフを客観的に見た結果だ。
「……等級がどういうものなのかは分かりました。それで私がその最高位に登り詰めるためにはどうしたらいいですか?」
たとえ私が凡人だろうと他に方法がないのならやるしかない。
条件に強さが必要だというなら工夫して誤魔化すし、実績が必要なら無理をしてでも積み重ねる。
そうしなければ私は集落に戻る事も姉に会う事も出来ないのだから。




