第32話 蟠る疑問と外の世界の決まり
サーニャからお皿を受け取った私は食事を取りながらここに至るまでの経緯を二人に聞いていた。
「━━依頼……ですか?」
食事を取り終わり、食器を横に片付けながら話を聞いている中で、疑問に思った言葉をついそのまま聞き返してしまう。
「ああ、私達はある魔物の討伐依頼を受けていてね。その帰り道に君を見つけたんだよ」
「あの危険な森の側にルーコちゃんみたいなちっちゃい子が倒れてたから本当にびっくりしたよ~」
おおまかに話をまとめるとアライア達は魔物の討伐や素材の採集等を生業とする冒険者という職業で、討伐の依頼を受けて達成した帰りに仲間達と一緒にエルフの集落がある森の近くを通り掛かったらしい。
そして最初に私が倒れているのを見つけたサーニャが慌てて仲間に知らせ、怪我をしているからほっとけないと自分達の拠点に連れ帰り今に至るとの事だ。
「森の外……」
アライア達の話によればあの森はあまりに危険なため立ち入りが禁止されており、エルフの集落がある事も知られていないそうだ。
私が気絶したのは森の中、しかも外まではまだかなりの距離があり、誰かが気絶した私を運ばなければ森の外にはいけない。
外から人の立ち入りが禁止されている以上、あの場にいた長老か姉のどちらかが私を運んだという事になる。
……私を殺そうとしていた長老がわざわざそんな事をするわけない。なら私を運んだのはやっぱりお姉ちゃん……?
だとするならどうして姉は私を森の外に置いたのだろう。外に運ぶ時間があるなら集落に連れて戻れた筈だ。
仮に戦いの末に長老を命を奪ってしまったのだとしても他に目撃者がいないため集落のエルフ達に知られる事もないし、いなくなった事に気付いたとしてもおそらく誰一人探そうともしないだろう。
「……あの、私の他にも誰かいませんでしたか?」
「他に?ううん、私は見てないけど……」
私の問いにサーニャが怪訝な顔をして首を傾げる。やはりと言うべきか、近くに姉の姿はなかったらしい。
姉の性分を考えればあり得ない事だが、それでもここにいない時点で察しはついていた。
「あ、でもアライアさんが様子を見てくるって森の方に行ったから誰か見てるかも」
「…………残念だけど、私も見てないね。様子は見に行ったけど人は誰もいなかったよ」
サーニャから向けられた視線にアライアは首を振って答える。
「そう、ですか……」
「……差し支えなければ君が倒れていた理由を聞いてもいいかな?」
アライアに尋ねられ、力なく頷き返した私はここまでの出来事をかいつまんで二人に話した。
「……なるほどね。エルフの真実に外に出ようする者を処分しようとする長老……そして君を外まで運んで消えたと思われるお姉さん、か」
「…………」
話を聞き終えたアライアはそう呟きながら考え込むように俯き、同じく話を聞いていたサーニャもさっきまでの騒がしいさが嘘のように黙り込んでしまった。
「……サーニャさん?」
考え込んでいるアライアはともかく、あれだけ元気だったサーニャがこうも静かになるとは思わず、心配になって声を掛ける。
「う……」
「う?」
ようやく口を開いたかと思った瞬間、サーニャが突然、私に向かって抱きついてきた。
「え、や、サーニャさん?一体何を……」
「大丈夫……もう大丈夫だからよく頑張ったね……」
突然抱き締められ、混乱している私の耳元でサーニャが優しく呟く。その呟きから察するにどうやら彼女は話を聞いた結果、大分、感情移入してしまい、私のこれまでに同情してしまったようだった。
「えっと、その、サーニャさん?なんというか、私はこうして生きていますからあんまり気になさらずに……」
「ううん、いいの。何も言わなくても大丈夫だから」
駄目だ、この人は話を聞かない……悪い意味でお姉ちゃんと似たような部類の人間だ。
こうなってしまったら言葉は届かない。私にできるのはただこの人の気が済むまで為すがままにされる事だけだ。
「……それで君はこれからどうするつもりなんだい?」
サーニャに抱き締められたままの私にここまで考え込んでいたアライアが顔を上げて尋ねてくる。
「…………そう、ですね。色々お世話になったので何かを返したいんですけど……その前に一旦、集落に戻って姉の無事を確認しようと思います」
良くしてくれたアライア達に何かお礼をしなければならないとは思っているが、やはり姉の行方が気になる。
十中八九、無事だとは思うが、姉の真意を確かめるためにも一度、集落に戻るべきだろう。
「え、ルーコちゃん帰っちゃうの?」
「……はい。幸い、私がこうして生きているという事は外への道を阻む脅威はもういなくなった筈ですから、姉の無事を確認してからまたお礼を返しに戻ってこようと思ってます」
一応、話は耳に入っていたらしいサーニャがさっきの同情した表情とは打って変わって残念げな顔を浮かべる中、私の返答に対して何かを言いづらそうにしているアライアの方に視線を向けた。
「……お礼に関しては別に気にしなくてもいいよ。ただ……その、非常に言いづらいんだが、君があの森には戻るというのなら私はそれを止めないといけない立場にあるんだ」
「…………え?」
突如として告げられた言葉を前に戸惑いを隠せない。どうして私が森の集落に戻るのをアライアが止める必要があるのだろうか。
「……ルーコちゃんが家に戻るのをどうしてアライアさんが止めるなんていうんですか?」
意外にも戸惑いのあまり言葉を返せない私に代わって反論してくれたのは先程、私が帰るのを残念がっていたサーニャだった。
「君は彼女が帰るのを残念がっていたんじゃないのかい?」
「……確かに帰っちゃうのは残念だとは思いましたよ。でもまた戻ってくると言ってくれましたし、なによりお姉さんの無事を確めたいっていうルーコちゃんの気持ちを無下にしたくありません」
アライアの問いに真っ向からぶつかり答えるサーニャ。まだ出会って少ししか経っていないが、それでも彼女が本気で私を想い心配してくれてる事が伝わってくる。
「…………はぁ……まあ、そうだよね。私としても心情的にはサーニャと同じ意見だよ。ただ私の立場がそれを良しとしないのさ」
「立場……?」
頭を抱え、ため息を漏らすアライアに私は思わずそのまま言葉を返した。
「……さっきも言った通り、あの森に人が立ち入る事は禁止されている。もし、これを破る、あるいは行為そのものを見逃したりすれば私達は罰せられ、下手をしたら冒険者資格も剥奪されるかもしれない」
森の中で暮らしていた私には知るよしもないが、外の世界にはそういう決まりがあるらしく、ここで私を見逃した場合、アライア達が罪に問われるらしい。
「それは……私達が黙ってたら分からない事じゃないですか」
サーニャもその事実は知っていたようで一瞬、言葉に詰まるが、それでも引き下がる事なく、ばれなければ問題ないと意見を押し通そうとする。
「そうかもしれない。けど、万が一って事もある以上はやっぱり見過ごすわけにはいかないよ」
「うぅ……アライアさんの石頭……!」
これ以上言葉を重ねてもアライアを説得できないと悟ったのか、サーニャは言葉に詰まり、唸りながらなげやりな悪態を突いた。
私としてもお世話になった人達に恩を仇で返すような真似はしたくないし、一体どうしたら……。
一層、黙ってこっそり抜け出してしまうという案も頭の端にちらりと浮かんだが、ここがどこなのかも、どうすれば森まで行けるのかも分からないこの状況ではそれも難しい。
たぶんお姉ちゃんは生きてるから大丈夫と割り切って恩を返しながらしばらく外の世界で暮らして森の場所を調べる……これが今の私にできる精一杯……けど、やっぱり……。
姉の無事をこの目で確認していない以上、どうしたって付きまとう不安は拭えそうにない。
「…………一つだけ君が誰にも咎められずに森の中に行く方法がある事にはある」
故に、そんな中でアライアの口から飛び出したその言葉に私は目を見開き、すがるように耳を傾けた。




