第30話 私の大好きなお姉ちゃん
ルーちゃんを少し離れた木の陰に置いた私は絶対に巻き込まないという決意を胸に再び長老と対峙した。
「……やはりあの程度ではお主を害する事は叶わんか」
衝撃波が巻き上げた土煙の中から現れた私に長老はどこか落胆した様子を見せつつ、目を細めてこちらに視線を向けてくる。
「……さっきの魔法、わざとルーちゃんを捲き込むように放ちましたね?」
「ん、ああ、そうじゃよ?そうでもしなければお主は簡単に防いでしまうじゃろ」
確信を持ってそう問い詰めると特に悪びれた様子もなく長老は肩を竦めて頷き、そう答えた。
「っ……」
「卑怯と罵りたい気持ちは分からなくもないが、生憎と儂は矜持も誇りも持ち合わせておらん。目的のために使える要素は何だって使うつもりじゃよ」
つまりそれは戦いが長引けばルーちゃんに危険が及ぶ可能性が増えていくということ。そしてここからは木の陰に置いてきたルーちゃんに被害が及ばないよう立ち回らなければならないという事だ。
「……もう絶対にルーちゃんには手を出させない。たとえ私の手足がもげようと貴方の好きにはさせません」
「ほ、儂の好きに、か……今まで一度たりとそうなった事はないんじゃがのっ━━」
言葉の終わり際、不意を突くように放たれた無詠唱魔法を前進する事でかわした私は強化魔法を使って一気に距離を詰め、長老目掛けて掌底を打ち放った。
轟音が響くも私の一撃は防壁によって阻まれてしまい、その一瞬の膠着隙に長老が横合いから衝撃波をぶつけてくる。
「っ━━まだ!」
「なっ!?」
驚く長老を他所に衝撃波を強化魔法で無理矢理耐えた私はそのまま強引に連続して拳を打ち続けた。
「っ無駄じゃ。どれ程威力があろうと打撃では破れん事を他でもない主の妹が証明して━━」
「〝滴り落ちる雫、水面に広がる波紋、返す波の衝撃となれ〟」
少し焦った様子の長老が何か喋っているのが聞こえたけど関係ない。拳と防壁がぶつかる鈍い音が繰り返される中、私は休む事なく手を動かし続けたまま詠唱を紡ぐ。
「━━『放ち砕く水撃』!」
呪文と同時に放った掌底から凄まじい勢いで水が弾け飛び、防壁の表面を激しく揺らした。
「はぁぁぁぁっ!!」
間髪を入れず気合いの掛け声と共に反対の拳を繰り出したその瞬間、防壁は一瞬の内にひび割れて粉々に砕け散る。
「しまっ━━」
防壁が破壊された事で無防備に晒されたこの一瞬を逃すまいと、私はさらに一歩踏み込み、超至近距離で連撃を長老に叩き込んだ。
「がっ……ぐっ……ごっ……!?」
たとえ老体だろうと微塵の容赦もしない。ここで長老を殺さなければルーちゃんを守れないのだから。
「これで……終わりっ!!」
連撃で浮いた長老の体のど真ん中に思いっきり掌底を打ち込み、離れたところにある大きな木の幹まで派手に吹き飛ばした。
「〝全てを閉ざす檻、罪を裁く極寒の罰、捕らえた者に自由はなく、ただ虚しく消え逝く〟」
詠唱を口にしながら吹き飛ばした長老の元まで近付き、片手を向ける。
「がっ……ごほっ……」
四肢を投げ出して力なく木の幹に寄り掛かる長老。その姿は酷く弱々しく、最早立ち上がる事も出来ないように見える。
「……何か言い残す事はありますか?」
躊躇いがないと言えば嘘になるけど、それでもとどめを刺さないわけにはいけない。たとえ弱っているように見えても治癒魔法一つで回復出来るだろうし、これからの事を考慮しても殺す以外の選択肢はなかった。
「がっ……ふっ……そう……じゃの……とり……あえず……主に……礼……を……言おう……かの……」
「お礼……?それはどういう意味ですか」
今から自分を殺そうとしている相手にお礼を言うなんて明らかに変だ。それにこれから殺されるというのに長老がどこか満足そうな表情で笑みを浮かべているのもおかしい。
「ふっ……その……まんまの……意味……じゃよ……これで……ようやく……終われる……」
「ようやく?終われる?一体何の……」
焦点の合っていない目で虚空を見つめて笑みを溢し、呟く長老に尋ねるも具体的な答えは返ってこない。
「お主にも……すぐに……わかる……じゃから……もう……終わりに……」
「…………わかりました。これで終わらせます…………さようなら長老」
別れを告げ、長老に向けた片手の方に魔力を集中させる。
━━『断罪の氷獄』
呪文を口にすると同時に掌から爆発的な冷気が噴き出して長老を包み込み、みるみる内に凍らせていく。
「……後は……お主……次第じゃ……任……せ━━━━」
全身を氷が覆い、最期の言葉ごと氷の棺の中に閉じ込められた長老はその棺もろとも一瞬の煌めきと共に跡形もなく消え去った。
「……これで全部終わり……後はルーちゃんと一緒に━━っ」
長老の最期を見届け、ルーちゃんの元に急ごうとしたその瞬間、ぞっとするような悪寒が全身を襲い、得体の知れない何かが迫ってくる気配を感じて思わず辺りを見回した。
「何もいない……今のは……っ!?」
音も姿もないのに気配だけがどんどん近くなり、最後にはその得体の知れない何かがぬるりと私の内に入ってくるような感覚が襲ってくる。
「これ……は……そういう……こと…………」
暗転していく視界、侵食されていく意識の中でようやく長老の言葉の意味を理解するも、すでに私にはどうする事も出来なかった。
ご……めん……ね……ルー……ちゃん…………。
最後に思い浮かんだのは最愛の妹のこと。
可愛くてちょっと捻くれてるけど優しい私の自慢の妹。
本当はもっと一緒に過ごしたかったけど、それはもう叶いそうにない。
でも……きっと……大丈夫……私が……いなく……ても……立派に……生きて……いける……。
最早ほとんど私の意識は残っておらず、まともに思考する事すら出来なくなってきている。
ルー……ちゃん……大……好き……愛し……てる━━━━━━
最後の最後、意識の奥底で誰にも聞こえない言葉を呟いたところで私、〝ローレライ・アルラウネ・アークライト〟の世界は暗闇に沈んでいった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
みなさんのお陰でこのお話も第一章を無事終える事が出来ました。
ここからエルフの少女〝ルーコ〟の物語は新たな展開を迎えます。
様々な壁や困難に立ち向かう彼女の行く道をこの先もどうか見守ってください。
最後になりますが、もし、よろしければ評価やブックマーク、ここまでの感想などをお待ちしています。
ではでは、引き続きルーコの軌跡をよろしくお願いします。




