第244話 救う責任と指切りの約束
私が苦戦し、ついぞ対処できなかった幻想の魔女であるフロールの醒花。
幻を現実に、現実を幻に変える無法の醒花をスズノはいとも容易く破って見せた。
傍から見ていた……いや、正確には見る事すらできなかったけど、それでもスズノの規格外っぷりを思えば納得はできる。
けれど、当事者、それも自身の醒花に絶対の自信を持っていたフロールは違う。
反発した末に安全圏を侵され、圧倒的実力差を見せつけられた彼女の心中を察する事はできない。
でも、その愕然とした表情から、あまりの出来事に理解が追い付いていない事は読み取る事はできた。
「――――空間を覆う貴殿の醒花を斬った。少なくともこの開けた場所にいる間はしばらく現実を書き換える事はできない。これでもまだこの少年を殺すと宣うつもり?」
「っ……転生者を庇うなんて――――」
「文句があるのならストレイド殿、あるいはソフニルにでも抗議するといい。その結果、私が間違っているというのなら罰を受けよう。なんにせよ、この場は私に従ってもらう」
「っ…………!」
有無を言わせないスズノの言葉をフロールは黙って受け入れる事しかできない。
なにせ、抵抗しようにも彼女にその手段はなく、言葉でもスズノを言い負かす事ができないのだから。
為す術なく立ち尽くすフロールの様子からこれ以上の抵抗はないと判断したのか、スズノは転生者の子供を抱えたまま踵を返し、私の方へと歩いてくる。
「さて、エルフの子。本音を言うのなら貴殿と斬り結びたいところだけど、次の予定があるから私達はこれで失礼する。この少年は貴殿が送り届けるといい」
「へ、わ、わっ」
スズノは私の是非を問わず、一方的にそう言ってから少年を地面に下ろし、背中を押してこちらの方へ向かわせる。
状況的にこの子を一人で帰す訳にもいかないし、フロールの殺意が治まっていない以上、スズノ達に任せるのは以ての外、そうなれば消去法で私が送る他ないだろう。
一方的に押し付けられた感が否めないけど、こればかりは仕方がないし、ここで変に文句をつけてスズノの気でも変わったら目も当てられない。
「……別に貴女の言う事に従う訳じゃないけど、分かった。貴女達が帰った後で送り届ける」
「うん、それでいい。私の言葉を鵜吞みにせず、警戒を怠らないのは大事……それじゃ、また会おう。エルフの子」
私の返答に満足げな表情を浮かべたスズノはそう言って再度、踵を返すと、今度はフロールの方へ近づき、呆然と立ち尽くす彼女の足を払って体勢を崩し、あの子と同じように小脇に抱える。
身長差的にもスズノがフロールを抱える姿は傍から見ると、何とも言えないくらいの違和感があった。
そもそも、その体格差でよく抱えられるなとも思うが、強化魔法やら何やらで見た目以上の力を出せるなんて珍しくもないのでそんな疑問は今更かもしれない。
「なっ!?ちょ、何を、放してください!自分で歩けますから!」
「生憎と、今の貴殿を放置すると何をするか分からない。だから放さない。それより、大人しく黙っていた方がいい。でないと、舌を噛む――――」
「っ…………!?」
抗議するフロールを軽くいなしたスズノは一切の反論を聞く事なく、そのまま加速してあっという間にこの場から去ってしまう。
私からすれば突然、現れてやりたい放題の結果、無駄に疲労と心労を掛けられた迷惑な話だったけど、何はともあれ、最終的に丸く収まって良かったとは思う。
後は私がこの転生者の子供のこれからについてどう道を示すか、だ。
……正直、自分のこれからですらまともに分からない私が誰かの人生を指し示すなんてあまりに烏滸がましい。でも、ここで私が何も言わなければこの子は他の転生者みたいになってしまうかもしれない……庇った以上、私にはそれ相応の責任がある。
もしも、この先、この子が力に溺れ、フロールの言っていたように不幸をばら撒く存在になったとしたら、間接的に命を助けた私のせいでもある。
つまり、この子自身の命はもちろん、振り撒く不幸に巻き込まれるかもしれない誰かの命も、今の私の言葉に掛かっているといえた。
「……ひとまずは無事でよかった。えっと」
「あ、まだ名前もいってなかったっけ。えっと、エルフの姉ちゃん、助けてくれてありがとう。おれはカイっていうんだ」
呼び方に困っている事を察してお礼と共に名前を教えてくれた転生者の子供……カイはそう言って笑顔を浮かべる。
「そう、どういたしまして。私はルー……ルルロア。これから貴方を家まで送り届けるのだけど、その前に少し確認したい事と聞きたい事がある」
「エルフの姉ちゃんはルルロアって言うんだ……うん、いいよ。何でも聞いてルルロア姉ちゃん」
ここまで何回か呼ばれてきたけど、私に向けられる姉ちゃんという呼び方はやっぱり慣れない。
私が呼ぶことはあっても、逆はなかったからある種、仕方ないのだろうけど、むず痒さは拭えなかった。
「……それじゃカイ、改めて聞くけど、貴方は転生者?」
「えっと、その、たぶんそうだと思う。姉ちゃんたちが言ってる転生者って生まれ変わりみたいなやつだろ?おれは前の世界で死んじゃってこの世界にきたんだ」
質問に対して頭を悩ませながら答えるカイの姿は年相応にも見える。その反応からして、もしかしたら彼は前世で幼いうちに亡くなったのかもしれない。
「貴方……ううん、君は今、いくつなの?」
「え、ええっと、今は六歳だけど、この世界に来る前は十歳だったから……十六歳って事になるのかな」
やはりというべきか、思った通り、カイは見た目相応の年齢だった。
彼は単純に足して十六歳といっているが、未成熟なまま亡くなり、この世界でもまだ六年しか過ごしていないなら、肉体的にも、精神的にも、カイは正しく子供といって差し支えない。
でも、だからこそ、幼いまま強大な力を抱えたカイにその使い方を示す私の役割はより一層、重要になったともいえた。
「……分かった。確認したい事と聞きたい事はもう大丈夫。だからここからは君のこれからについての話というか、注意をさせて」
「注意……それって?」
「……まず前提として君は子供。転生者としての記憶と強大な力を持っている。そして、それは使い方を間違えれば自分だけでなく、周りの人も不幸にするもの……ここまでは分かる?」
精神的に未成熟な子供という部分を配慮しながらも、事実確認の意味を含めてなるべく難しい言葉を選ばずにカイへと問いかける。
「…………うん、最初はチートだって浮かれてたけど、あの魔物と戦って、ルルロア姉ちゃんに助けられて、自分の力がどれだけ危ないのか分かった……それと転生者が悪い奴だってことも」
「……別に転生者全員が悪いじゃないと私は思う。それに自分の力の危険性に気付けたのは偉い。それだけでも君は他の転生者とは違うよ」
「そう、なのかな……そうだったらいいな……」
転生者はその強大な力に溺れるが故に欲望のまま行動をしてしまうのだろう。もしかしたら前世が上手くいかなかった人もいるのかもしれない。
けれど、だからといってこの世界で好き勝手していい理由にはならない。
強大な力に溺れる事なく自分を律し、間違いを間違いだと気付けたのなら転生者だってやり直せると私は思う。
もちろん、中には村を襲った転生者みたいにどうしようもない相手もいるけど、少なくともこの子は違うし、まだまだこれから。
だからここからの言葉がカイの行く先を左右する……そう考えた私は一度、深呼吸をしてから再度、口を開いた。
「……それでここからが本題。君がこれから先、どうするのか、私に口出しする権利はない。けど、これだけは約束して。君のその力は誰かを守るためのもの……使い方を決して間違えないって」
何をどうしろ、清く正しく生きろなんて私には言えないし、言う資格もない。
そんな私でもこれだけは言える。
正義がどうとかではなく、誰かを守るために力を振るう事は間違っていない、と。
「…………正直、今はこの力の事を怖いって思うけど、頑張って使いこなしてルルロア姉ちゃんみたいに誰かを守りたい。だから約束する。おれは力の使い方を間違えないって」
「……うん、良い返事。でも、これだけは覚えておいて。もし、約束を違えたのなら〝魔女〟ルルロアが君を殺すって」
「…………分かった。絶対に約束は守るよ。いつかルルロア姉ちゃんに胸を張れるような自分になるために」
素直で純粋なその言葉に思わず口の端が緩むのを感じながらも、向き合い、しゃがんだ私はカイと指切りをしてから手を繋ぎ、鉱山を後にした。




