第240話 幻想の魔女対凡才の魔女
私も彼女も、共に魔女。けれど、私と彼女には決定的な違いがあった。
「凡才の魔女ー……どこかで聞いたような――――」
私の二つ名に引っ掛かりを覚えたのか、彼女……フロールが疑問符を浮かべて呟き、一瞬の隙が生まれる。
「――――『水の小刃』」
狙ったものではないが、その隙を逃す手はない。強化魔法を纏い、一気に距離を詰めた私は勢いをそのままに腕を振り、呪文と共に魔法を放つ。
使ったのは腕の振りに合わせて小さな水の刃を放つ魔法だ。
放つ瞬間に強化魔法こそ止めたものの、至近距離、それも加速した腕の振りから放たれるソレは近接職が相手だったとしても避けられない。
まして、典型的な魔法使いであろうフロールではまず反応すらできない速度……そして、それこそが私と彼女の違いでもあった。
〝創造の魔女〟や〝絶望の魔女〟みたいな例外ばかりが周りにいたから勘違いしそうになるけど、魔女ないし、魔法使いは接近戦に強くないのが普通だ。
魔法を武器とする性質上、遠中距離で戦う事が多い魔法使いは強化魔法の練度をそこまで上げない。
もちろん、使えない訳ではないだろうけど、同じ近距離対策なら近付かせない、あるいは〝創造の魔女〟であるアライアがやったように自身の得意な他の魔法を使って防ぐといった手段を取る。
それは強化魔法を疎かにしているというより、そこの練度を上げるために割く時間を、自身の得意な魔法の研鑽に充てているから。
無論、研鑽の時間をどこに充てるかは個人の自由。
けれど、お姉ちゃんを始めとする戦い方を教えてくれた人達の方針と魔力操作の一環で、私は強化魔法の練度を中心に鍛えてきた。
だから私の強化魔法は最上位の近接職には及ばないものの、魔法使いを相手にする場合、不意を突きやすく、ここまで距離を詰めてしまえば一方的と言ってしまっても差し支えないほど優位に戦える。
現に私の接近、そして放った水の刃に対してフロールは全く反応できず、そのままあっさりと切り裂かれてしまった。
……これで終われば楽だったけど、流石にそこまで上手くはいかないか。
一瞬の攻防と一発の魔法で決着がついたと思われたが、魔法によって切り裂かれたフロールの姿がぐにゃりと歪み、まるで最初から何もいなかったかのように消え去ってしまう。
「――――わー、びっくりしたー。まさかいきなりあんな魔法使いらしくない動きで仕掛けてくるなんてー」
そうして先端に付いた円状の装飾が特徴の大きな杖を持ったフロールが全く別の場所から姿を現しながら驚いた表情と声を上げた。
「……びっくりという割には随分、余裕そうに見えるけど?」
「ん-、余裕、ではないですねー。実際、あの速度で距離を詰められたら何もできずにやられちゃいますしー……まあ、だからこそ、念のための準備をしてたわけですけどー」
「準備、ね。幻想という二つ名を聞いた時点で予想すべきだったけど、それが貴女の魔術ってこと?」
先程の攻防と二つ名からフロールが事前に魔術を準備し、常に幻を映し出していたと仮定した私は鎌をかける意図を込めて言葉を返す。
とはいえ、私の中ではほとんど確信に近い仮定だ。
おそらく、幻で相手に位置を掴ませず、一方的に魔法で攻撃し、仕留めるというのが彼女の戦い方なのだろう。
それなら相手が近接職だろうと関係ない。なにせ、そもそもが位置を補足されないのだから。
「ええ、そうですよー。幻で攪乱しながら戦うのが私のスタイルですーっと、それよりー、貴女の二つ名を聞いてようやく思い出しましたー。凡才の魔女っていったらー、確かあれですよねー、〝魔女殺しの魔女〟。通りで先輩が知ってる筈ですよー」
答える必要のない疑問にあっさりと答えたフロールはそれよりもと言わんばかりに、私の事について言及してくる。
組織の一員なら計画の邪魔をしてきた私の事を知っていてもおかしくはない筈だけど、彼女の口振りに的にそんな素振りはない。
もしかしたら組織に入って日が浅く、知らされてないのかもしれないが、それならそれで好都合。
広まっている魔女殺しの通り名に関しては別に隠している事でもないし、彼女と違って私の凡才という二つ名は具体的にどんな戦い方をするのか分からない。
強化魔法での接近戦こそ、失敗したものの、切っていない手札の数的にも、情報の有利はまだ私にある。
「……それを思い出したからってどうするの?通り名に慄いて降参でもする?」
「まっさかー、そんな事したら先輩に斬り殺されちゃいますってー。それにー、魔女殺しって所以もなんとなく分かりましたしー、問題ないですよー」
「そう……なら遠慮はいらない、ねっ――――」
言葉を言い終えると同時に軽い調子でそう言い切るフロールに対して再度、強化魔法で接近。その勢いを乗せて今度は蹴りを放つ。
しかし、私の蹴りは再び彼女の幻影を切り裂いて空を切ってしまった。
「ちょっとー、酷いですねー。まだ話してる最中だったじゃないですかー」
「今は果し合いの最中。話し合いがしたいなら他所でどうぞ」
フロールの漏らす不満を無視して次から次に現れる彼女の幻影に攻撃を仕掛け続けるも、全て空振りに終わってしまう。
……強化魔法だけだから魔力は問題ないけど、体力は確実に削られてる。そろそろ仕掛けを見破らないと面倒かも。
大して魔力を消費していないとはいえ、変異種からの連戦。このまま無駄に戦いが長引けば不利になるのはこちら側だ。
今のところ、フロールは幻影を生み出すだけで仕掛けてはこないが、私の体力的な不利が悟られればその限りではないだろう。
そうなる前に決着をつけるべく、私は攻撃を続けながら次の手を打った。
「〝広がる波濤、散らばる切り風、重なり伝播し、打ち鳴らせ〟――――『漣嵐の柏手』」
攻撃の手を緩めず詠唱を紡ぎ、複数の幻影が密集している地点でその呪文を口にした瞬間、私の片手を中心に波打つ水流と鋭い水刃が広がり、全てを呑み込み、切り裂いていく。
スズノとあの子に当たらないくらいまで範囲を狭めたけど、幻影は一掃できた。これなら――――
「――――もー、いくら当たらないからって全部を攻撃するなんて乱暴ですねー」
仕留められた、そう思った矢先、どこからともなく間延びした声が聞こえ、倒しきれていない事を察した私は周囲を見回してその姿を探すも、一向に見当たらない。
さっきまでの攻防から幻影に加えて自身の姿を隠しているとは思っていたけど、広範囲を狙った魔法も通用しないのは予想外だった。
防がれるにしろ、かわされるにしろ、本体が動けば何かしらの揺らぎが見えると踏んだからこそ、多大な魔力を消費してまで魔法を行使したのに、状況は好転していない。
それどころか、無駄に魔力を消費した分、不利になったとさえいえる。
……幻を生み出す魔術の種も分からないのは少しまずい。こうなったら出し惜しみはしてられないか。
まだ傷一つ追っていないにもかかわらず、じわじわ追いつめられる状況に辟易しながらも、覚悟を決めた私は鉱山に入ってからずっと準備したままだったその手札を切った。




