第239話 転生者の定義と提案という名の罠
とはいえ、私と彼女達は元より敵対関係だし、まだ逃げようとしただけで攻撃を加えた訳でもない。
問答無用で戦闘が始まってしまえばこちらの方が不利な以上、万が一にも話し合いでこの場が収まるのなら試す価値はあるだろう。
「……何のつもり、と言われても、私と貴女達は別に友達でもなければ仲間でもない。それどころか、敵対すらしていた筈……そんな相手を前に逃走を図るのはおかしい事じゃないと思うけど?」
ひとまずは向こうに応じる意思があるかどうかの確認を含めて、転生者の少年の事には触れず、スズノの口にした疑問に答える。
「……別に逃げようとした事に疑問はない。何のつもりと聞いたのは貴殿が明らかに隠れている転生者を庇った事に対して。返答によっては貴殿ごと斬る」
本当の事を言っていないといっても、私の答えに嘘はない。実際、あの転生者の少年がいなかった場合、私は彼女達に気付かれる前にこの場を離脱していたと思う。
けれど、私の隠したかった事をあっさりと見抜いたスズノは底冷えするような殺気と共に腰に差した剣へと手を掛ける。
おそらく、ここで下手な事を言えば彼女は本当に仕掛けてくるだろう。私もあっさりやられるつもりはないけど、本気のスズノを相手取るのは厳しい。
だからここでの返答は重要……一瞬の逡巡、そして、私は最悪の想定を覚悟しながら口を開いた。
「…………あの子は確かに転生者なのかもしれない。けど、まだ子供……それにあの様子なら何も悪い事はしていない。そんな子を転生者だからという理由だけで貴女達は殺すつもり?」
「相手が子供だろうと、転生者を仕留めるのが私達の任務。それに転生者は見た目通りの年齢をしている訳じゃない。外見が子供でも、中身は転生前の人生分、歳を重ねてる……逆に聞く、貴殿は子供の振りをした子供もどきを庇うのか?」
向けられた言葉はある意味での正論だ。スズノの言う通り、見た目が幼くても、転生前の人生を加算すれば精神年齢的にそれを子供と定義する事は難しい。
もちろん、世間一般的に扱いは子供で間違いない。けれど、転生者という事情を知っている私やスズノ達からすればあの子を子供とは言い切れないのは確かだ。
でも、それは私にとってあの子を見捨てる理由にはならなかった。
「……貴女の言う事は間違っていない。けど、それはあの子が子供かどうかに関してだけ……それは結局、何もしていないあの子を殺す理由にはならない」
「…………身の丈に合っていない力と無駄に歳を重ねている自我は増長の要因となりえる。今はまだ何もしていなくても、これから先、何かをしでかす可能性が大きい」
「それは可能性の話でしかない。そんな事を言い出したら誰であろうと、その可能性はあるし、あの子が何もしない可能性だってある」
話し合いは平行線の一途を辿り、到底、結論は出そうにない。
そもそもが、スズノ達の組織が転生者を仕留める目的は神の先兵となりえる厄介な存在を消すため。いくら何もしていないと訴えたところで聞き入れてもらえる筈もない。
このままではどう足掻いてもスズノ達との戦いは避けられない……そう思っていたその時、ここまで話に入らず黙っていた眼鏡の女性が小さなため息と共に口を開いた。
「……これ以上、無意味に平行線の会話を続けても時間の無駄ですしー、かといって全力で逃げようとする相手を追うのも私的には面倒くさい……という訳でー、どうでしょう?ここは一対一の果し合いで決めるというのは」
「果し、合い……?」
突然の提案に思わず聞き返すと、彼女は人差し指を立てながら言葉を続ける。
「ええ、別に小難しい決まり事も設けません。ただ、果し合いが終わるまで誰もここから逃げないこと、勝った人の言う事にきちんと従うこと、この二つだけは守ってくださいねー」
どこか間延びした口調のまま、そうじゃないと、果し合いの意味がありませんし、と付け加える眼鏡の女性。一見、それは平行線だった話に決着をつけるための公平な妙案に見えるが、その実、口約束の範囲を出ない。
彼女の自身も口にしたように何の拘束力もない以上、意味を為してないとさえいえる。
だからこれはおそらく、私とあの子を逃がさないようにするために張られた提案という名の罠だ。
そう判断した私が答えに悩むふりをしつつ、逃げる算段を頭の中に思い描いていると、今度は彼女の提案を黙って聞いていたスズノが口を挟む。
「――――その提案、私は了承する。面倒な理屈もなく、後腐れもないのならそれでいい。ただし、エルフの子と戦うのは私じゃなく、貴殿」
「……え?や、ちょ、せ、先輩ー?どうしたんですか急にー、らしくないですよ?」
思わぬスズノの言葉に狼狽える眼鏡の女性。たぶん、彼女の張った罠は私とスズノの一対一を前提としていたのだろう。
そう考えると、思惑を外れ、自身に白羽の矢が立ったのだから彼女の反応も頷ける。
「……らしくないの意味が分からない。今回、提案をしたのは貴殿。なら当然、言い出した本人が戦うべき」
「それは……そうかもしれませんけどー……でも、ほらー、あのエルフの子、先輩の知り合い?なんですよねー?なら――――」
「ああ、何の制約もない果し合いに意味はない。だからもし、約束を違える、あるいはこの場から逃げ出そうとすれば誰であろうと私が斬る。それはもちろん、貴殿も例外じゃない」
慌てた様子で言い繕い、どうにか言い包めようとする眼鏡の女性だったが、スズノにぴしゃりと言葉を絶たれ、殺気混じりの圧を向けられてしまっては黙る他なく、諦めた表情でこちらへと向き直った。
「……うー、先輩ってばガチな目をしてるしー、仕方ないですねー……せっかく良い作戦だと思ったんですけどー」
恨みがましげな視線と共に眼鏡の女性はそんな言葉を漏らしたけど、別に私が何をするでもなく、勝手に自爆しただけなのに、そんなものを向けられても困るとしか言えない。
「…………意地の悪い事を考えるから罰が当たっただけでは?」
「あららー、その感じだと見抜かれちゃってるってことですねー……でもー、罰が当たるなんて考えはー、ちょっと、物申したいというかー…………まあ、貴女に言っても仕方ないですけどー」
自身の作戦が見抜かれていた事を察した彼女は肩を竦めつつも、どこかむっとした様子で言葉を返してくる。
そこまで皮肉めいたつもりはなかったが、彼女達の組織の目的からすれば、罰が当たるという神ありきの言葉に思うところがあるのかもしれない。
……逃げるって選択肢を潰されたのは痛い。でも、スズノとの戦いを避けられるのは大きい。眼鏡の人の実力は分からないけど、十中八九、魔女……それも典型的な魔法使いだ。それなら私にもやりようはある。
あの組織に属する以上、実力は最上位の称号持ちなのは間違いない。
そして、彼女が魔法で煙幕を晴らしたこと、ここに入ってきた時の動きからそう断定した私は頭の中で戦う算段を立てていく。
「……この果し合いは私が立会人。準備ができたならお互いに名乗りを上げるべき」
睨み合う私と彼女を一瞥したスズノがその間に立ち、そう促してくる。
「…………先輩がそういうのなら従う他ないですね――――私は〝幻想の魔女〟フロール。貴女に恨みはないですけどー、転生者を逃がす訳にはいかないのでー、任務のために倒しますねー?」
「……〝凡才の魔女〟ルルロア。生憎とそう簡単に倒されるつもりはない…………だからあえて言う。やれるものならやってみろ」
互いに名乗り合い、挑発めいた言葉をぶつけあった私と彼女が同時に動き出したのを合図に、果し合いの火蓋が切って落とされた。




