第238話 戦いの収束と招かれざる客人
「…………疲れた。やっぱり慣れない事はするものじゃないや」
魔物の死亡を確認しつつ、小さいなため息と共にそんな感想を漏らす。
今回の依頼は住み着いた魔物を倒して魔鉱石を手に入れるだけの簡単なものだったはずだ。
それなのに討伐対象は変異種になってるし、おまけに魔鉱石の鎧のせいで魔法は効かないし、転生者らしき子供も現れて余計な事はするし、で、本当に面倒くさい事この上ない依頼だった。
まあ、何はともあれ、こうして倒せたのならそれでいい。付け焼刃の戦い方も、この程度の相手なら十分に通じる事も分かったし、改善点も見えた。
面倒ではあっても、得るものがあったなら良しとする他ない。
「……さて、魔鉱石は後で回収するとして、残る問題はあの子、か」
壁の後ろで震えている子供の転生者。幼さ故か、村で出会ったあの転生者のような悪辣さは感じられないけど、強大な力を持っているのは確かだ。
このまま放置して帰るわけにもいかないだろう。
ひとまずは事情を聞いてからだと思いながらあの子が隠れている方に足を向けようとしたその瞬間、私が入ってきた穴を塞いでいた無数の岩が突如として斬り飛ばされる。
「――――ふむ、少々派手が過ぎた…………煙い」
僅かな幼さの残る声と共に巻き上がった土煙を潜って現れたのはその体躯に不釣り合いな剣を携え、黒髪を括った小柄な少女だった。
「…………嘘、でしょ。なんでこの場面で貴女が出てくるの?〝神速の剣鬼〟スズノ」
少女の正体は神を殺そうとする組織の一員である〝神速の剣鬼〟スズノだ。
彼女との面識は二回だけだが、その恐ろしさはよく覚えている。
見た目に反するその強さ、身に纏う剣呑な雰囲気、そして仲間さえも表情さえ変えずに処理する冷徹さ……少なくとも、今の私では真っ向から勝つ事はまず無理だろう。
「ん……どこかで聞き覚えのある声…………あ、貴殿は良い一閃を放つエルフの少女。どうしてこんなところに?」
私に気付いて不思議そうに小首を傾げるスズノ。仕草だけなら可愛らしい少女にも見えなくはないけど、纏う剣呑さがそれを否定する。
こちらの事を覚えているらしく、流石にすぐさま斬り掛かってくるような事態にはなっていないが、それでも一挙手一投足を見逃さないよう注視しながら会話を進める。
「…………それはこっちの台詞。私は鉱山に住み着いた魔物を討伐しにきただけ――――」
「ちょっと……せんぱーい?速過ぎですってー……置いてかないで……くださいよ、もー……」
慎重に会話を進めようとした矢先、スズノの背後から私の言葉を遮る形でどこか間延びした甘ったるい声が響き、眼鏡をかけた見覚えのない女性が息を切らしながら走ってきた。
「……別に速く動いたつもりはない。貴殿が遅いだけ」
「ちょ、ひどくないですかーもー……って、あれ?先客さんがいますねーもしかして標的ですかー?」
「……違う。今回の標的は子供の転生者。ちゃんと資料に書いてあった筈」
「あーそうでしたっけ?それじゃあの子はー…………」
どうやらあの女性も組織の一員らしいが、私は見た事がない。
もちろん、私も組織の人員を全て知っている訳ではないけど、主要の顔ぶれとは大体、面識があった筈だ。
先輩という呼び方、そしてスズノと行動を共にしているという事から察するに、おそらく彼女は最近、組織に参加したのだろう。
……いや、それより考えるべきなのはスズノ達の目的。会話の内容的に転生者の討伐にやってきたのだろうけど、問題はその対象があの子だってこと。
変異種に放った攻撃とその言動を鑑みるにあの子は間違いなく転生者。
そして、この場にいるのはスズノ達と私を除けばあの子だけ……なら彼女等の指す標的というのは間違いなくあの子の事だ。
明確な非道を働く転生者ならどうだっていい。けれど、あの子は力の使い方を知らないだけの子供だ。
中身が何歳かは知らないが、それでも一方的に殺されるような事はまだしてないと思う。
幸い、まだスズノ達はあの子の存在には気付いていない。今ならまだ存在を誤魔化せる――――
「ね、ねぇ、もう終わった?話し声が聞こえるけど、誰か他にいるのか?」
そんな事を考えていた矢先、岩陰に隠れていたあの子が声を上げてしまう。
おそらく、戦闘音が収束して会話が聞こえてきた事で安全だと判断したのだろうけど、今、この瞬間においては最悪の選択だった。
「今のは子供の声……」
「ですねー……まあ、順当に考えて標的ですかねー」
「……十中八九、標的。声の方向からしてあの岩陰の後ろ――――」
「っ『白煙の隠れ蓑』」
最早、誤魔化す事はできない。
そう判断した私は即座に思考を切り替え、逃げるために煙幕を展開し、あの子の下へと駆け出す。
眼鏡の女性は分からないが、組織の一員として認められているのなら最上位の称号持ちという可能性が高い。
スズノだけでも厄介なこの状況で戦うのは論外。だからこその逃走だったのだが、どうやら詰めが甘かったらしい。
岩陰の方へと向かい、その後ろへ滑り込もうとしたその瞬間、煙幕を切り裂くように斬撃が走り、私の進路を妨害してくる。
ッ今のはスズノの斬撃……!この煙の中で私の位置が分かるってこと?
私の放った魔法は二年前と違い、ただの煙幕ではなく、魔力の流れをかき乱す事でその手の感知も誤魔化せる代物だ。
だから今の攻撃は視覚や感知の類に頼ったものではない……少なくとも、スズノにはこの煙幕は通用しないという事になる。
「…………エルフの子、一体何のつもり?」
煙越しにスズノが平淡な声で尋ねてくる。彼女からすれば私の行動の意味が本当に分からないのだろう。
……どうする?ここは会話に応じるべき?でも、それこそ音でこちらの位置を把握されかねない。
一瞬の逡巡。スズノには通じないといっても煙幕自体は有効だと考え、どうするかを迷った次の瞬間、もう一人の女性が動いた。
「けほっけほっ……もー煙いですって、ばっ」
眼鏡の女性は咳き込みながらも腕を振るい、無詠唱で風の魔法を発動させて煙幕を入ってきた穴の方へと逃がしていく。
そうしてあっという間に視界が晴れてしまい、敵対行動をしたという事実を残したまま、私の姿を二人に視認されてしまった。




