第236話 思わぬ闖入者とその正体
目の前で木の棒を構え、叫ぶ少年を前に変異種の魔物はのっそりと立ち上がり、胡乱な視線を向けていた。
元々が知能の低いウォルズドロールだからそこまで考える力はないが、それでも小さな子供が怯えもせず、声を高らかに立ち向かっている光景は異様に映ったのだろう。
しかし、それも束の間、魔物はゆっくりとその手を振り上げ、羽虫を払うかの如く、少年を叩き潰そうとする。
「へっそんな攻撃当たるわけ――――わっ!?」
振り下ろされる手に対して余裕の笑みと共にそんな台詞を吐いた少年だったが、足元の石に躓き、転んでしまった。
いくら愚鈍な魔物の攻撃といえど、そんな体勢からかわせるはずもない。このままでは少年は魔物に叩き潰され、地面の染みと化してしまうだろう。
「っ……!」
強化魔法の出力を上げ、一足飛びに少年の下へ滑り込み、そのまま抱えて魔物の攻撃から逃れる。
せっかく奇襲する絶好の機会を逃す羽目になったけど、流石に目の前で殺されそうになっている少年を見過ごす訳にはいかなかった。
「へ……あれ?生きてる?」
殺されると思い、ぎゅっと目を瞑っていた少年がぱちぱち瞬きしながら呟く。
まあ、確実に死ぬと思っていたのに生き残ったのだからその反応も当然だが、今は構っていられない。
「……生き残れて良かったね。あっちの入り口から外に抜けられるからさっさと逃げて」
作戦を台無しにされた事から思わず皮肉をが飛び出てしまったものの、簡潔に内容を伝えて少年へ脱出を促す。
この子がどこの誰で、どうして魔物と戦おうとしたのかは、面倒そうなのであえて聞かなかった。
「え、誰……あ!その耳!もしかしてエルフ!?すっげ~初めて見た!」
「は?いや、そんな事は言ってる場合――――」
「ガァァァァッ!!」
ついさっき死にかけたとは思えない少年の反応に困惑しながらも、再度、退避するように勧告しようとしたその時、獲物を逃した魔物が怒りの咆哮を上げてこちらに突っ込んできた。
いくら少年を抱えているとはいっても、愚鈍な魔物の突進程度、かわす事は造作もない。
強化魔法を維持したまま右方向に回り込みつつ、走り続け、もう一度、突進してこようとしている魔物の位置を調整し、誘導。
その突進も回避して私が入ってきた方の入口へと走り抜ける。
……流石にこの子を抱えたまま戦う訳にもいかない……一度、このまま外まで脱出した方がいいかな?
最悪、魔物に追われる可能性もあるが、この速度差なら余裕で逃げ切れるし、外までついてくるならむしろ好都合。
そうなれば鉱山内では使えない魔法を使って仕留めるという選択肢も取れる。
「うん、その方が良さそう……え、あ、ちょっ――――」
どうするかを考え、一瞬、足を止めた瞬間、少年が隙を見計らったかのように私の腕から擦り抜け、魔物の方へ駆け出してしまった。
子供とはいえ、多少なりとも考える頭があるのならあの魔物に自分が勝てる訳がないと分かる筈だ。
まして、ついさっき、私が助けなければ死んでいたのに、それでも懲りずに向かっていくのはあまりにも無謀が過ぎる。
「さっきは油断したけど、このチートがあればあんな魔物くらい余裕で倒せる!」
「なっ……」
聞き違いじゃなければ少年が口にしたのは先日、戦った転生者も言っていた言葉だ。
ベールは確か凄いだとか、ずるいだとか、とにかくとんでもないという意味だと言っていた。
そんな言葉を知っているって事はまさかこの子は…………
ちーと、という異世界の単語を口にした事で生まれた疑念は次の瞬間、確信に変わる。
少年が両手を前に掲げ、魔物に向けると、周囲の空気がぴりぴり震え出して魔力が収束。
バチバチと激しい音と光を撒き散らしながら球体の強力な何かへと変換され、滞留し始める。
「いっけぇぇ!!」
「ッ待っ――――」
私が止めようとするよりも早く、少年の叫びと共に放たれた球体状の魔法らしき何かは真っ直ぐ魔物へと向かい、直撃。
魔物の体表に触れた瞬間に炸裂して凄まじい威力を撒き散らし、対象を撃滅させる……筈だった。
「……え?」
響く轟音と甲高い音。炸裂したソレは魔物の体表にある魔鉱石のような何かに反射され、撒き散らした余波と共に辺りにその有り余る破壊力を振り撒く。
「ッ『岩壁の防壁・三重』!」
人間なんて軽く消し飛ぶような威力のソレが術者の少年に迫るのを防ぐべく、私は咄嗟に出せる最大の防壁を彼の前に生成。私自身もその影に隠れて撒き散らされた破壊が止むのをひたすらに待った。
時間にしてみれば数秒、ようやく収まった事に安堵するのも束の間、今度はそれによって引き起こされた破壊が鉱山内の岩壁に影響を与え、今度は落石が降り注ぐ。
幸い、天井から崩れて生き埋めになるなんて事はなかったものの、私と少年が入ってきたであろう通路が瓦礫によって塞がれてしまった。
っ退路を塞がれた……!こうならないよう気を付けてたのに……
いくら私でも、まさか少年が転生者であんな力を持っていたなんて予想できるはずもない。
こうなってしまった以上、少年を守りつつ、あの魔物を倒すしかないだろう。
「な、なんで……俺のチートならあんな魔物、一撃で…………」
「……呆けるのは後。あの魔物は私が倒すから貴方は巻き込まれないようにじっとしてて」
自らの力が通じない事に呆然としている少年にそう言い放った私は防壁から飛び出し、魔物の前に姿を晒す。
ここからは魔法を阻む外皮を持つあの魔物を相手に、少年の方へ向かわないよう立ち回りながら戦わなければならない。
……難しくない討伐の筈だったのに、どうしてこうなるんだろ。
心の中でぼやいても、状況は変わらない。面倒な状況を前に出そうになるため息を噛み殺し、強化魔法を再度、発動させながら私は魔物の方へと駆け出した。




