第231話 過去の失言と永遠を生きる心情
「…………まあ、とはいえ、客とあれば無下にする訳にもいかんのぅ。イスト坊の紹介ともあれば尚更……じゃが、そこの小娘の態度は論外じゃし、どうにも魔女は好かん。じゃから商売の前に色々と条件を付けさせてもらおうかの」
一度視線を外し、瞑目したフレンが小さなため息を吐きながらそんな事を口にする。
ベールの態度が論外なのは本当だけど、魔女が好きじゃないからという理由で難癖を付けられるのは少し理不尽ではないだろうか。
「アレの態度はともかく、魔女ってだけで条件を付けられるのは無茶苦茶でしょ。仮にも商売人がそれでいいわけ?」
「仮、ではなくちゃんとした商売人じゃよ。それに肩書は商売の場において、良くも悪くも、交渉する要素の一つになる……何か間違ってるかのぅ?」
イストの抗議に対して片目だけ開き、試すようにそう返すフレン。
確かに肩書は交渉の場において重要な要素だ。例えば貴族と平民、人間と亜人、冒険者や犯罪者など、相手によって対応が変わるのは当たり前だし、そもそも感情があるのだから好悪もあって当然。
もちろん、商人なら感情を殺して応対すべきという意見もあるかもしれないけど、誰にだって損得勘定抜きにして嫌なものはある。
それに言ってしまえば大きな商会やまともなお店ならともかく、ここは個人の営む裏通りの少し後ろ暗いお店……店主の感情を優先させたところで文句は誰も言えないだろう。
「……間違ってはいない。けれど、普通、魔女みたいな称号は良い方に働くと思うけど?」
ベールを抑えながらだと間抜けに見える構図だが、流石に口を挟まずにいられない。
種類にも寄るけど、最上位の称号持ちならその権威である程度、お店側も便宜を図ってくれたりする。
お店側に何の得があるのかは定かではないものの、一般的な反応で考えると、称号は良い方に働く事が多い。だから今回、フレンが魔女という称号を前に顔を顰める理由が分からなかった。
「カッ、そりゃ魔女が店を贔屓にしてくれたって宣伝になるからの。店側は喜ぶじゃろうよ、普通は、の」
「……つまり、普通じゃない、と?」
「フン、イスト坊も特に気にしていないみたいじゃから説明しようとも思わなんだが……わしが何故、こんな姿をしておると思う?」
「何故って…………」
おそらく、こんな姿というのは幼女のような容姿を指しているのだと思う。
詳しい年齢まで知らないが、この場の誰よりも年上なら見た目がそぐわないのは確かだ。
てっきり私と同じように種族的な特性なのかと思っていたけど、それをわざわざこの場で問うてくるのは原因に魔女が関わっていると考えるのが妥当とだろう。
「薄々察しておるじゃろう。わしの身体がこうなった原因には魔女が関わっておる。わしの実年齢は八十七歳……九つの時に〝時の魔女〟を名乗る怪しげな女から魔法を掛けられ、そこからずぅっとこの身体のままじゃ」
「時の魔女……」
まさかの名前に思わず呟きが漏れる。
二年前、私が魔女の称号を得るきっかけになったブレイバニル王国での騒動で、最後の最後に現れ、その場を治めるのに一役買ったのが〝時の魔女〟だ。
彼女は意味深な発言ばかりで掴み所がなかったけれど、私の傷を治してくれたりと、悪い人ではなかった。
少なくとも、何の理由もなしに当時、九つの子供にそんな魔法を掛けるような人ではないと思う。
しかし、フレンの認識は違うらしく、苦々しい表情で恨みの込もった言葉を続けた。
「掛けられた魔法を解く術も見つからんままこの歳になるまで過ごしたわしの気持ちが分かるか?分からんじゃろ?別にお主に恨みはないが、魔女に思う事があり、気に食わんのはそれが理由じゃよ」
時の魔女の使う魔法を見た事はないが、原初の魔女とまで呼ばれた彼女の魔法が強力なものだというのは想像に難くない。
そんな魔法が容易に解けない事は分かるけど、九つから時の止まった彼女の気持ちは分からない。
まして、寿命が長く、ある時から容姿の変わらないエルフではあるものの、まだ身体と心の年齢が同じである私では尚更だろう。
「…………まあ、そうね。確かにそんな事情があったのなら魔女を目の敵にする気持ちも分からなくはないよ」
「ウンウン、そうじゃろうそうじゃろう。やはりイスト坊は分かってくれる――――」
「でも、一つ聞いておきたいんだけど、この話、そっちに落ち度はなかった?時の魔女がどれほどの人物で、どんな性格で、善人なのか、悪人なのかも知らない。ただ、魔女まで上り詰めた人が九才の子供にそんな呪い染みた魔法を何の理由もなく掛けるとは思えないんだけど……そこのとこ、どうなの?」
最初、同調するような言葉と共に頷いていたイストだったが、一転、私も気になっていた疑問を並べ立てる。
すると、まさかの返答にフレンはあからさまに動揺し、目を泳がせた。
「えー……それはじゃな……全く悪くない訳ではないというかじゃなぁ…………」
「……凄く言い淀んでる」
「…………心当たりがあるんでしょ。正直、どんな理由があっても子供に魔法を掛けるのはどうかと思うけど」
イストの言う事はもっとも、仮に何かとんでもない事をしたのだとしても、九才の子供ができる範囲なんて限られている。
「…………はぁ、正直なところ、記憶も幼い頃故に定かではない。ただ、覚えておるのは当時、住んでいた村にたまたま訪れた〝時の魔女〟に対してわしが言った言葉だけ……ずっと若くて綺麗なままなんて良いな、羨ましい、とな」
「……え、それだけ?てっきりもっと何かやらかしてるかと」
まるで肩透かしを食らったような表情を浮かべたイストがそんな言葉を漏らす。
確かに傍から聞けばたったそれだけと思うかもしれない。
しかし、どんな言葉だって受け取り手によって凶器へと変わる。人の心の機微なんてエルフの私には分からない。
でも、エルフだからこそ、私にはその言葉が〝時の魔女〟の心にどう刺さったか、少しだけ分かるような気がする。
「…………たぶん、それだけの言葉が〝時の魔女〟にとって物凄く重いものだったんだ……それでもやり過ぎだとは思うけど」
時の二つ名を冠する原初の魔女……どれだけの時間を生きてきたのかは分からないけど、きっと嫌になる程の時を過ごしてきたのだろう。
そんな相手に羨ましいなんて言葉はあまりにも残酷……子供の言葉といえど、聞き逃せなくても無理はないのかもしれない。
「……ごほん、と、ともかく、じゃ。そういう訳じゃからわしは魔女が好かん。商談がしたくば条件を満たしてからにするんじゃな」
何とも言えない空気に耐えかねたらしく、咳払いの後、誤魔化すように再度、そう口にする。
ここでどれだけ考えたところで過去を知りようはないし、フレンに掛けられた魔法をどうこうする事も出来ない。
それに個人の好き嫌いの感情まではどうにもならない以上、ここは彼女の出す条件を呑む他なかった。




