第223話 鏡唆の賢者と不本意な結末
「…………貴方を派遣した先に彼女がいた時点でこうなる事は予想していましたが、これ以上は流石に見過ごせませんね。大人しく退きなさいバーニス」
ソフニルは異様な圧と共に普段とは違う強い言葉でバーニスを制しようとしている。
ここまで見てきた力関係的に彼はバーニスを止めきれないと思っていただけに、その言動と行動は少し予想外だった。
「……ハッ、見過ごせなきゃどうするってんだ?」
僅かな驚きを滲ませながらも口角を上げて答えたバーニスに対してソフニルは目を細め、纏う圧力をさらに強める。
っこの感覚と圧力は醒花の発動前に似てる……?
今、ソフニルが放っているのは〝創造の魔女〟、〝絶望の魔女〟、〝死遊の魔女〟……私を含めた魔女達の切り札たる〝醒花〟を発動する直前のような圧力となんら遜色がない。
考えてみれば……いや、考えるまでもなく、ソフニルは〝魔女〟と同じく最上位に位置する称号である〝賢者〟だ。
ならそれ相応の力を持っていてもおかしくはない。
「不本意ではありますが、実力行使を以って貴方を無力化します」
「へぇ……そりゃ面白れぇ。お前に俺が止められんのか?」
「……逆に聞きますが、止められないとでも?」
言葉の応酬、そして数秒の睨み合いを経た後、張り詰めた空気を破り、先に折れたのはバーニスの方だった。
「…………まあ、しゃあねぇな。本気でぶつかれば村が吹っ飛んじまうだろうし、今日のところは魔女殺しの実力を多少なりとも見れただけ良しとするか」
数秒の睨み合いで二人の間にどんな思惑や考えがあったのかは知る由もないが、結果として戦闘態勢を解いたバーニスが、がりがりと頭を掻く。
「……賢明ですね。こちらから仕掛けたというのは重々承知ですが、そちらも退いてくださいますか?」
圧力はそのままに私の方へ視線を向けて問うてくるソフニル。ここで私が否と答えれば彼はその力を解き放ち、全力でこの場を離脱しようとする。
鏡での瞬間移動を可能とする魔法を持つソフニルを相手に逃げられないよう立ち回り、戦うのは骨が折れる。情報を得られないのは痛いが、どのみち逃げられるのなら無駄な労力を割くより大人しく引き下がった方が利口だ。
「……分かった。不本意ではあるけど、私としても不毛な戦闘は望まない」
戦意を解いて続行の意思がない事を伝えると、ソフニルもまた圧力を霧散させ、ほっと胸を撫で下ろした。
「理解して頂けたようで安心しました。ここで退いてもらえるかどうかは賭けでしたので」
「ハッ、よく言うぜ。ここで魔女殺しが続行しようとしたところで逃げ果せるだけの算段は付いてたくせによ」
「……何のことかわかりませんね。それよりさっさと引き上げますよ。魔女殿の気が変わらない内に」
バーニスの言葉に惚けて見せたソフニルは踵を返して手を翳し、大きな鏡を呼び出す。おそらくあれが転移するための鏡……という事は言葉通り、撤退するつもりなのだろう。
「わーったよ。ったく、あーそうだ。魔女殺し……いや、凡才の魔女」
肩を竦めたバーニスが渋々と言った様子で鏡に入ろうとしたその時、何かを思い出したかのように足を止めて声を掛けてくる。
「まだ何か用?」
「そうツンケンすんなよ。戦いは水入りになっちまったが、そこそこ楽しませてもらった礼だ。神について知りたきゃ神聖教国にいけ。それじゃあな」
一方的にそう言い、バーニスは手をひらひらさせながら鏡の中に消えていく。そしてその後にソフニルも続き、「色々とお騒がせしました。それではまたいずれ」と言い残して鏡ごと消え去ってしまった。
「…………またいずれ、ね。まあ、気にするだけ無駄か」
彼等の目的が神である以上、どこかでかち合う可能性は大いにある。
その時に敵対しているかどうかは分からないが、それを今考えたところでどうしようもない。どちらかといえば今はソフニルよりもバーニスが言い残した言葉の方が重要だ。
神聖教国……私の目的は彼等とは違うけど、神についての情報が少ない現状、行ってみる価値はある。
指示に従うのは癪だし、下手をしたら思惑通りに動かされている可能性も捨てきれないが、それでも今まで欠片も掴めなかった情報を掴める絶好の機会を逃す手はない。
「――――あーあ、せっかく自由に実験できる検体が手に入るかもしれなかったのになぁ……けど、ま、いっか。本来の目的は達成できたわけだし、ね?ルーコちゃん」
「…………本来の、目的?」
「またまた~惚けちゃって……あの転生者を倒したら依頼達成だって認めてくれるんだったよね?止めこそ横槍が入っちゃったけど、ほとんど私が倒したのは事実だもん」
「…………あ」
バーニスとソフニルの登場ですっかり忘れてた。そういえば元々はベールをパーティに入れるかどうかの話だ。
確かに依頼の内容が虚偽だった時点でそんな話をした覚えはあるし、彼女の言う通り、あの転生者を戦闘不能に追いやったはベールに間違いない。
流石にここから倒したのはバーニスだから無効というのは苦しい。
今更、なかった事にはできないし、仮にそういったところでベールは今まで以上に付きまとってくるのは想像に難くなかった。
「ふふーん♪ルーコちゃんとパーティ♪パーティ♪」
「はぁ…………」
上機嫌に鼻歌を歌い始めたベールを尻目に大きなため息を吐いた私はこれからの事を考えて憂鬱な気分になる。
…………明日から本当にどうしよう。




