第221話 神の思惑と拳王からの提案
「……どうしてそんな事を知っているのかとはあえて聞かない。けど、貴方の言う通りだとして神は強力な能力を持つ駒を増やしてどうするの?」
転生者に力を与えてまで手駒を増やす理由が分からない……というより、神という存在が何を目的にしているのかも不明だ。
二年前、お姉ちゃんの身体を乗っ取った何かも確か神を名乗っていた。
あの時の会話を思い返すと、アレは転生者に力を与えている存在とはまた別の存在だと思われる。
アレの目的は長老の願いも相まってエルフの管理だったが、元々、安寧と管理がどうとか言っていた。
転生者に力を渡してこの世界に放つなんて安寧と管理とは程遠い行為……とはいえ、ここで指す神とアレが違う存在だとしてもその根本が違うとは思えない。
だからこそ目的が分からないし、不気味に映る。
それにソフニルの言っている事が全て本当だとしたら彼らは神についての情報を他にも知っているかもしれない。
直接的じゃなくてもアレに繋がるかもしれない情報を引き出せる絶好の機会……悟られずに上手く立ち回る必要がある。
「そう、ですね……どうするか、と聞かれれば分からないと答えるしかないのですが、その行動から察するに神はこの世界に混乱を招きたいのではないかと思われます」
「混乱?何のために?」
「それが分かれば苦労はしません。神の考えは人類に理解できないもの……それは貴女が一番知っているのではないですか?」
質問に質問で返してくるソフニル。二年前の事について彼は何も知らないはずなのにまるで私が神を自称するものと戦った事を知っているかのような口ぶりだ。
あの戦いの事を知っているのは〝絶望の魔女〟とあの時のパーティの皆だけの筈だけど……
新たに浮かんだ疑問に内心、首を傾げるものの、いくら考えたところで答えは出てこない。
「貴方が何を……いや、これ以上の化かし合いは不毛でしかない。確かに二年前、私は神を自称する何かと対峙した。その時、アレが語っていた目的は安寧と管理だった。そう思えば貴方の言う通り、余人には理解できない考えを持っているように思える」
「理解していただけたようでなによりです……しかし、なるほど。貴方が対峙した神の目的は安寧と管理ですか……」
問答が不毛だからと色々明かしてしまったが、少し喋り過ぎたかもしれない。
どうやら私が神を自称するものと対峙したことを知ってはいても、戦いの内容ややり取りまで知られている訳ではなかったらしい。
「――――で、そろそろ面倒な話は終わったか?ならちっと、俺の趣味に付き合ってもらうぜ〝魔女殺し〟」
ソフニルとの会話の最中、ずっと大人しくしていたバーニスが急に割り込み、言葉を言い終えるより先に殴りかかってきた。
おそらく全力ではないのだろうが、強化魔法の乗った〝拳王〟の一撃をまともに食らえばただじゃ済まない。
一応、会話をしながらも警戒をしていた事が幸いして避けられたものの、ここでバーニスが殴りかかってくるのは予想外だった。
「……何のつもり?戦う気はないんじゃなかった?」
「ああ、そのつもりはなかったよ。そっちの嬢ちゃんとはな」
拳を構え、臨戦態勢を取るバーニスは獰猛な笑みを浮かべて答える。つまり、彼の指すところの嬢ちゃん……ベールと戦うつもりはなかったが、私は別だという事だろう。
「バーニスっ一体、なんのつもりですか?ここは退くと言ったはず……」
「ハッ、悪ぃがその話はナシだ。あの嬢ちゃんやそこらの有象無象なら戦う気もなかったが、あの〝創造の魔女〟を殺した〝魔女殺しの魔女〟ってなら話は別……強ぇ奴と戦うのが俺の目的だからな」
声を荒げるソフニルに対して面倒そうに答えるバーニス。そのやり取りや〝死遊の魔女〟の事を鑑みるに彼らの組織は人員の統率が取れている訳ではなさそうだ。
「……ルーコちゃんに止められたからしぶしぶ実験を中止にしたけど、向こうがその気なら再開してもいいよねぇ?」
私達の話を聞いていたベール口の端を歪め、液体の入った小瓶を取り出しながら好戦的な笑みを浮かべる。
たぶん、彼女は実験、検証を途中で止められた鬱憤を晴らすつもりだ。
「チッ、嬢ちゃんには用はねぇんだが……しゃあねぇ、こうするか。魔女殺し、俺と一騎打ちをしろ。俺を満足させる事ができりゃあお前の質問に答えてやる」
「っ勝手な事を……」
ベールの参戦を嫌ってか、バーニスがそんな提案をしてくる。
ここまでの言動や態度を考えればバーニスの提案は嘘ではないと思う。それにソフニルと違って打算のないバーニスから得られる情報は大きい。
しかし、それは〝暴炎の拳王〟を相手にしなければならないという事だ。
私の出会ったのが例外ばかりだから勘違いしそうになるけど、一対一の戦いにおいて、魔法使いは近接職に不利を強いられるのが普通だ。
魔法は主に中遠距離の物が多く、無詠唱の魔法もあるが、発動の隙を狙われやすく、強化魔法にしても練度に関しては当然、近接職の方が高い。
そこに加えて近接職には技がある。だから基本的に魔法使いと近接職は戦いにならない。
それは最上位の称号持ちだろうと変わらず、むしろ顕著にその相性は現れる。
つまり、魔女と拳王が戦えば不利は必至……その点を踏まえて提案に乗るかどうかを考える必要があるのだが――――
「……分かった。その提案に乗ってあげる。だから二人は手を出さないで」
「なっ、貴女まで何を……」
「む~……ルーコちゃんがそう言うなら仕方ないなぁ。でも、これは貸しだからね~」
得られる情報の貴重さを考慮すれば、バーニスの提案に乗る以外の選択肢はない。
幸いというべきか、過ごしてきた環境のおかげで私も魔法使いの中では例外の立ち位置にいる。相手が拳王でも後れは取らない……はずだ。
「ハンッ、そうこねぇとなぁ!いくぞ魔女殺しぃ!!」
喜色を浮かべたバーニスが叫びと共に爆炎を立ち昇らせ、私の方へ踏み込もうとしてくる。けれど、それよりも早く私は動き出し、足元に風の塊を発生させて加速、勢いを乗せて強化魔法で駆け出した。
「――――先手必勝」
「!?」
立ち昇る爆炎を潜り抜けて超至近距離まで接近した私はそのまま掌底をバーニスの鳩尾に叩き込んだ。




