第219話 決着と降り注ぐ爆炎
戦いは終わり、結果として化け物と化しながらも、四肢をもがれて倒れ伏すヨージとそれを見下ろすベールといった形で決着がついた。
けれど、どうやらベールとしてはここからが本番らしく、懐から小さな刃物を取り出し、ヨージへとにじり寄っている。
彼女の指す検証というのがどんなものなのか、取り出した刃物を見れば想像に難くないが、ヨージがこの村にもたらした被害を考えると、わざわざベールを止めようとは思わなかった。
「アぁ……なんデ……さいキョうノちかラが……ナんで…………」
ベールが新たに撒いた液体は止血だけでなく、鎮痛効果もあるのか、痛みの悶えていたはずのヨージは多少、落ち着きを取り戻し、譫言のようになんでなんで、と呟き続けている。
「はぁ……煩いな~これから検証なんだから静かにしてよ。というか、なんでも何も、私に負けた結果が今の貴方の状態でしょ?」
「ッおレのチカらハサイきょウのハずダ!マけるワケがナい!!」
「本当に往生際が悪いね〜……その力が有用なのは認めるよ?でも、さっき言った通り、使い方が悪い。せっかく魔物を使役できる能力なのに使うのはランドワーム一辺倒だし、わざわざ負傷した個体を回復させて自分から隙を作るのも論外だと思う」
「なッんダと……!」
仕方ないと言わんばかりにヨージの負けた理由を論うベール。確かに彼女の言う通り、ヨージの特異能力は強力無比なものにも関わらず、使い手の拙さが目に見える部分が多かった。
ランドワーム以外の魔物……例えば空飛ぶ魔物や小回りの利く魔物を使えばもっと戦いを有利に進められただろうし、負傷した個体は放置して新たに召喚した方が隙も作らないし、効率もいい。
まだまだ粗を挙げればきりがないが、その中でも極め付けは――――
「そもそもの話、魔物と自分を合体させる意味ある?そりゃ身体能力は格段に上がったけど、言語に支障が出る程に知能が下がるのは致命的……というか、酸の水流に対して対策もなしに肉弾戦を挑む時点で間違ってるよ」
「ッ…………!!」
ぶつけられる正論にヨージは怒りで顔を真っ赤にしてベールを睨みつけるが、四肢をもがれた彼には最早、なす術がない。
「これで負けた理由には納得した?ああ、ちなみにこの酸は色々な魔物や動植物から抽出して創り出した私の特製、使った魔術は液体の質量を操作できるものだよ。と、疑問にはあらかた答えたし、これで静かにしてもらえる?心配しなくても今、傷口に当ててる薬品は鎮痛効果もあるから――――」
早く検証に取り掛かりたいという意図から、言葉を並べ立てたベールがそこまで口にしたその瞬間、空中から何かがヨージの真上に凄まじい勢いで落下してくる。
轟音、そして派手に巻き上がる土煙と爆炎。伝わってくる衝撃と威力を見るに逃げる事も出来ず、その中心にいたヨージは跡形もなく吹き飛んでいるだろう。
「――――チッ、ずいぶんと手ごたえのない転生者だなぁ……あぁん?」
身に纏う爆炎で土煙を払い、機嫌が悪そうな声を上げたのはどこか見覚えのある上半身裸の大柄な男……二年前、街を崩壊寸前まで追い込んだ騒動の折に〝死遊の魔女〟と共に現れた謎の組織の一員である〝暴炎の拳王〟バーニスだった。
「〝暴炎の拳王〟……どうしてここに……?」
意味の分からない状況、そして突然現れたバーニスを前に思わずそんな呟きが漏れる。
「……あぁ、転生者にしちゃ随分と弱ぇと思ったが、先客がいたのか。獲物の横取りたぁ悪ぃ事をしちまったな」
距離が離れているせいか、私の呟きは聞こえなかったらしく、バーニスはがりがりと頭を掻きながら軽くため息を吐く。
どうやら口振りから察するに転生者であるヨージを狙ってきたようだが、その理由や意図は不明のままだ。
以前、見た時の印象とは違い、多少、理知的には見えるものの、あの惨劇を引き起こした組織の一員と考えると、油断はできない。
「――――ちょっとちょっとぉ……せっかくこれから楽しい楽しい検証だったっていうのに一体何してくれてるんですかぁ?」
突然の来訪者、目の前でヨージが殺されたであろう状況を前に何の物怖じもせず、僅かな怒気を含ませてバーニスへと言葉をぶつける。
たぶん、彼女の抱いている怒りは人の死に対してではなく、ヨージへの検証を邪魔された事に対してだろう。
別に人の価値観はそれぞれだし、その事についてどうとも思わないが、ここまでの彼女を見るに、どこか普通の人とは違う感性を持っているのは間違いない。
「はぁ……だから悪かったって言ってんだろ。アンタの復讐を邪魔するつもりはなかったんだよ」
「……復讐?何言ってるの?私はせっかくの検体を壊された事に怒ってるだけだけど?」
何を的外れな事を言っているんだと目を細めるベールだったが、バーニスは意にも介さずに言葉を続けた。
「ハッ、別に隠す事じゃねぇだろ。そりゃその検証とやらも嘘じゃねぇだろうが、アンタのその眼、それは恨みと憎悪を抱いてる。今、俺が殺したやつか、それとも転生者そのものにかは知らねぇがな」
「…………もういいや。それじゃ責任を取って代わりに貴方に検体になってもらおうかな」
これ以上、応じるつもりはないと、会話を打ち切ったベールは待機させていた酸の水流を操り、バーニスへとぶつける。
私と違い、ベールはバーニスの素性も所業も知らない筈だが、ギガントリルワームを一瞬で溶かす酸を微塵の躊躇いもなくぶつける辺り、打ち切った話は彼女にとって触れられたくない部分だったらしい。
「おいおい、俺ぁやりあうつもりはなかったんだが……チッ、しゃあねぇか」
舌打ちの後、バーニスは大きく一歩を踏み出し、全身から暴力的なまでの炎を立ち昇らせて迫る酸の水流を迎え撃つ。
衝突する炎と水流。普通の水ならともかく、酸を蒸発させる事なんてできるのかと考えるも、結果として水流は凄まじい蒸気と臭気を撒き散らしながら消えていった。
「……ふーん、高密度の魔力を含んだ炎の鎧ってとこか。さっきの転生者と違ってちょっと面倒な相手だ」
酸の水流が通じなかった事にベールは動揺した素振りすら見せず、冷静に戦況を分析する。
彼女はこのまま戦闘を続行する気満々のようだが、この状況で私はどう動くべきだろうか。
確かにあの組織の一員であるバーニスは敵と言える存在かもしれないが、まだ向こうは私の存在に気付いておらず、言動から察するに彼も目的を達し、戦闘の意思はないように見えた。
ならここで無理に戦う必要もない……けど、ベールが退かない以上、私も傍観したままという訳にはいかなかった。
「――――二人共そこまで。ここで私達が争う必要はありませんよ」




