第218話 悍ましい切り札とベールの検証
生き物の焼ける独特な臭いが漂う中、ベールへ荒い息と共に血走った視線を送るヨージ。自慢の合体させた魔物もやられてしまったこの状況……いくら睨んだところで彼にできる事はない。
たとえ追加でランドワームを呼んだところでベールの操る強酸の水流の前に一瞬で溶かされてしまうだろうし、仮に再び強力な魔物を呼び出そうとしても、それより早く対応できる。
「……いくら叫んだところで強くはなれないよ。それとも何かまだ切り札でもあるの?」
「…………切り札……そう、切り札だ!俺はまだ負けていない!!」
唾を飛ばしながらヨージは叫び、指を鳴らす。すると、近くにあったランドワームの死体が動き出し、ヨージの下に集まり始めた。
「これは……」
次第に最初の死体だけでなく、上空でバラバラにされた個体の破片、終いには酸の球体で覆われているギガントリルワームの破片さえも蠢き集い、吸い込まれるように彼の身体へ纏わりついていく。
ずるずる、ぐちゅぐちゅ、気味の悪い水音を立てながらヨージの身体が魔物達の肉片に覆われ、やがて全身を包んでいった。
「――――本当はもっと実験してから使うつもりだったが、こうなってしまって仕方がない。見るがいい、これが俺の切り札だ」
音が止み、蠢いていた肉片が形を成す……そして、流動していた肉体が落ち着き始め、その姿を現した。
「……随分と変わった姿になったね。自分と死体を融合させるなんて」
大きさこそ、かろうじて人間の形を保っているものの、その身体を覆うのはランドワームに似た外皮、そして全身のいたるところに眼球のような器官が覗いており、正直な感想を言うのなら悍ましい。
当のヨージ本人はそれに気付いているのか、いないのか、微かに人間だった頃の面影を残す顔を狂気の笑みに染め、変わらずの血走った眼に口の端から涎を垂らしている。
「ククッ……なんとでも言え。姿形なんてどうでもいい。この溢れる力……これなら俺は組織…………いや、世界の王となるのも夢じゃない」
「世界の王……尊大な発言だけど、流石に増長し過ぎじゃないの?」
「……ただの増長かどうか、その身で確かめてみるがいい!!」
そう言って離れた位置から振りかぶったヨージはそのまま拳を放った瞬間、腕が伸縮し、凄まじい速度でベールへと迫る。
人体の構造を無視した予想外の攻撃に対し、ベールはぎりぎりのところで反応。咄嗟に身を捻る事で直撃は逃れたようだが、脇腹を掠めたらしく、僅かに表情を崩し、額には冷や汗が浮かんでいた。
「っ……なるほどね。融合した魔物の力を使える……いや、それだけじゃない。あの大きさの質量を人型に凝縮する事で爆発的な身体能力を得たのか」
「アはハッそうダ!コレガおれノチカラだァァッ!」
魔物と融合した影響なのか、最早、人の言葉すら怪しくなってきたヨージだが、理性と意識は残っているらしく、愉悦の笑みと共に再び腕を伸縮させ、攻撃を仕掛けてくる。
再度、ベールへ迫る高速の打撃。どうやら取り込んだ魔物の力が馴染んできたようで威力も速度も先程より上がっており、今度は直撃はおろか、掠めるだけでも致命傷になりえるだろう。
まあ、それはその打撃がベールに届けばの話だが。
ヨージの放った一撃が当たる直前、ベールは僅かに上体を逸らす。たったそれだけの動作だったが、致命を狙った打撃はまるで彼女の身体を擦り抜けるように外れてしまった。
傍から見ればかわしたというより、狙いを外してしまったように思える状況。ヨージもまた、自分が狙いを外してしまったと考えたのか、その後も連続で攻撃を放つも、悉くが当たらない。
「ア?何故ダ、ナゼ当タらナい。オれノ攻ゲキハ最強のハズだ!」
一向に当たる気配が見えない事に業を煮やし、聞き取り辛い言葉で焦りを叫ぶ。
異形と化し、攻撃、速度共に桁違いの力を得ようと、結果は先程の焼き増し。激情に駆られ、攻撃を繰り返すヨージとそれをかわし続けるベールの構図だった。
「――――最強、ねぇ……確かに速度と威力は上がったけど、それだけ。攻撃をするのは結局、貴方自身……元々、平和な世界で暮らしていた、それもここまでの戦いを見る限り、転生してから間もない一般人の打撃なんていくら早くても避ける事は難しくない」
「ナんダと……!」
「要するに素人の攻撃なんて微塵も当たらないよ~って事かなぁ?」
「ッコろス!!」
真面目くさった雰囲気を引っ込め、ベールは小首を傾げながら再び挑発。ヨージはいとも容易くそれに乗り、伸縮を繰り返して攻撃を何度も仕掛ける。
……確かにベールの言う通りだ。速いけど、よくみればただ拳を突き出し、振り回しているだけだ。あれならどれだけ速度があってもかわせる。
仮にヨージがベールを倒すのなら最初の一撃しかなかった。不意を突いた超速度の一発だったからこそ、ベールに当たったのだ。
だから今のように見切られてしまえばもうベールに攻撃が当たる事はない。
とはいえ、ベールも脇腹を負傷している以上、長引けばどんどん不利になってしまうが、彼女がその程度の事を考えていない筈がない。
「……うーん、流動、伸縮する身体は面白そうだけど、これ以上、戦闘で見られるものはないか。ならもういいかな」
全ての攻撃をかわしつつ、そう呟くベール。額にこそ冷や汗が浮かんでいるものの、表情、そして動作には幾分かの余裕があった。
そこから何度かの攻防の後、一向にベールへ攻撃が届かない事に苛立ったヨージは大きく振りかぶり、さらに威力の込もった拳を繰り出す。
「しネェぇェぇッ!!――――――――アぁ?」
怨嗟の込められた大ぶりの一撃を繰り出そうとした瞬間、間の抜けた声と共にヨージの右手が根元から吹き飛んだ。
「ア……アぁぁぁァァッ!?おレのウでガァァぁぁッ!!?」
鮮血を撒き散らし、その場で転がりながら喚き叫ぶヨージ。おそらく、今まで戦いでまともな傷を負った事もなかったのだろう。
今が戦闘中だという事すら忘れ、尋常ではない様子で延々と叫び続けていた。
「腕の一本くらいで煩いなぁ……魔物を取り込んでるならその程度、問題ないでしょ、と」
たぶん、最初にヨージの片腕も同様に切り飛ばしたのだろう。
軽い調子の言葉と動作で酸の水流を操り、微塵の躊躇もなくヨージの残った四肢を切り飛ばした。
「がァァァぁぁッ!!?」
「だから煩いって……はぁ、仕方ないなぁ」
手足を切り飛ばされ、痛みで悶絶するヨージの近くまで歩み寄ったベールはため息を吐き、白衣の裾から別の小瓶を取り出して中身を振り撒く。
すると、中の液体が意思を持ったように動いてヨージの傷に纏わりついた。
「ウゥぅぅ……」
「これで止血はしたし、大丈夫だよね。それじゃ、まぁ……検証を始めようか」
倒れ伏し、呻く事しかできないヨージを見下ろしたベールは口の端を歪めてそんな言葉を口にするのだった。




