第212話 ギルドの規定と差し伸べられた手
「――――何で……何で誰も助けてくれないんだよっ!」
ベールの後を追って人だかりまでやってきた私の耳に聞こえてきたのは幼い子供の叫び声だ。
人だかりのせいで姿は見えないし、話の内容も分からないが、状況から察するに声の主である子供がギルドに依頼をしようとやってきたものの、何かしらの事情でそれが受理されなかったといったところだろう。
「はーい、どいてどいて~私が通るからね~」
ざわざわとした空気なんてお構いなしと言わんばかりに人だかりをかき分け、子供のいる場所へと躍り出るベール。
交わした言葉こそ多くないが、それでも彼女が周りの空気を読むだとか、雰囲気に合わせるだとかの行為とは無縁の人物である事は分かる。
だからベールが何も気にすることなく人だかりに突っ込んでいったのには驚かなかった。
けれど、そこからの彼女の行動は正直、意外だと思った。
人だかりをかき分け、子供の前までやってきた彼女は屈んで目線を合わせ、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ねぇねぇ、君は何に困ってるのかな?お姉さんに教えてくれる?」
「え……ええっと…………」
突然の登場と問いに先程までと打って変わって子供は困惑の表情を浮かべている。
まあ、子供の心境を考えればそうなるのも無理はないと思う。
でも、このままだと話が進みそうにないので仕方なしに口を出す事にした。
「……どいて。この人だかりはどういう状況?」
僅かに威圧と魔力を込めた言葉で人だかりの間に道を作り、ギルドの職員へ視線を向けて尋ねる。
外野からどう思われていようと、魔女は魔女。
圧力に怯みながらも、冷や汗を浮かべたギルド職員はここに至るまでの事情を懇切丁寧に説明してくれた。
話を聞くにどうやら大まかな事情は私の予想した通りだったらしく、住んでいる村が魔物に襲われ、運よく逃げ延びたあの子供がギルドに駆け込み、助けを求めた。
しかし、依頼として持ち込まれたそれをギルドは受理せず、困り果てた子供が周りの冒険者に助力を頼むも、取り合ってもらえず、先程の叫びに繋がったようだ。
「…………なるほど、事情は分かった。でも、その子の依頼を受理しなかったのはどうして?報酬は持っていたって話だけど?」
命からがら逃げてきた子供が金銭を持っているというのは少し違和感を覚えるけど、村の大人が救援を期待して託したと考えれば辻褄は合う。
そして金銭……報酬があるのならギルドとしては依頼を出したところで不都合はないはずだ。
「……ギルドの規定で十五歳以下の方の依頼は受理できないんです。例外として、冒険者登録を済ませた方ならそれも可能ですが、この子はそのどちらも満たしていない。それに加えてギルドへ依頼を委託するには身分を証明できるものが必要になります。ですからギルドとして、その子の依頼を受理する事はできません」
「規定、ねぇ……そういう決まりがあるのも、その意味も分かるよ?でも、もう少し融通を利かせられないの?こんな小さな子が必死に頼んでるんだよ?」
「…………先程も申しましたようにギルドとしては依頼を受理する事はできません。それがギルドの規定ですから」
話を聞いていたベールが口を挟み、嫌みを込めて食い下がるも、ギルド職員は譲らず、厳しい表情のまま頭を下げる。
たぶん、この職員も子供の事を気には掛けているのだろう。
ギルドの職員という立場上、規定や規則に逆らうことはできないが、それでも自分にできる範囲での助言はしてくれている。
とはいえ、助言が有用か否か、その答えはこの状況が物語っていた。
「……つまり、ギルドを通しての依頼が無理でも、個人で請け負う分には問題ないってこと。でも、まだ誰も依頼を受けていないのはどうして?」
「そ、それは……」
周りにいた冒険者に尋ねるも、彼、あるいは彼女達は視線を泳がせて言い淀む。
あの子供が持っている報酬の額は分からないが、仮に私の予想通り託されたとしたらそれなりのはず。
それにたとえ報酬の額が低かったとしても、誰かが正義感に駆られて子供を助けようと動いてもおかしくはない。
にもかかわらず、誰も依頼を受けていないどころか、私の質問に言い淀むという事は襲撃してきた魔物が余程、厄介なのかもしれない。
「…………この子の話を聞くに、村を襲ったのはランドワームという魔物の群れだ。奴らは巨体な上に地中を自由に移動し、大地を自在に操る。おまけに外皮も硬く、単体で相手をするにも並の冒険者じゃ何人いても歯が立たない。助けたくても――――」
「だから諦めたの?こんな小さな子が必死で助けを求めてるのに?」
「っ――――」
冒険者の一人が意を決し、事情を説明するも、途中でベールから投げ掛けられた言葉に俯き、黙ってしまう。
「……自分の実力を正確に把握して依頼を選ぶのは冒険者としての常識。だからそれを加味して受けない選択をした彼らを責めるのはお門違い」
「…………確かにルーコちゃんの言う事はもっともだけど、私が言いたいのはそういう事じゃなくてね――――」
「ここで彼らを責めても何もならない。それよりも貴女には他にやる事があるはず」
子供が可哀そう、助けてあげたいと思う気持ちは分かるけど、冒険者という命がけの仕事をしている以上、そういう気持ちより自分の力量を考えるべきだ。
足りない力量で依頼を受けたところで失敗するだけ……それどころか、今回の場合、助ける前に自分達がランドワームの餌になる可能性が大きい。
だから彼らの選択は懸命で正しく、責められる謂れはないだろう。
まあ、ベールの言わんとせん事も分かるし、思うところがないわけでもないけど。
「……そうだったね。うん、ルーコちゃんの言う通りだ。私がするべきなのはどうでもいい非難じゃなかったよ――――ねぇ、君。その依頼、私に受けさせてくれないかな?」
「…………へ?」
私の言葉に何度も頷いたベールは、ぱちんと自分の頬を叩いてから戸惑った様子で成り行きを見守っている子供の方へ向き直り、笑顔を浮かべてそう尋ねた。




