第210話 我儘な少女となしくずしの約束
科学の魔術師を名乗る少女……ベールが破落戸達を制圧した直後、ギルドの職員が騒ぎを聞きつけやってきて、私を含めた関係者は奥へと呼びつけられ、事情を聴取されていた。
まあ、聴取といっても、周囲の証言から私達が一方的に絡まれていた事は証明されているので、本当に経緯の説明だけだったのだが。
「――――いやぁ、まさかギルドの人に呼び出されるなんて思わなかったな~ね、ルルロアちゃん?」
聴取の際、呼ばれたのが運の尽き……とまでは言わないが、あまり関わり合いになりたくなかったベールに私の名前を知られてしまった。
「……私は報告があるから。それじゃ」
早口でそう告げ、そそくさとその場を去ろうとしたのだけど、やっぱりそう上手くはいかないらしく、にっこり笑顔のベールが服の裾を掴んで引き止めてくる。
「駄・目だよ?ここまできて逃がすわけないじゃん」
「……言い方が犯罪者のソレに聞こえる。さっきの破落戸と変わらないんじゃない?」
強面の破落戸達と比べれば見た目こそ可愛らしいかもしれないが、やっている事としては正直、大差はない。
誘拐しようという訳ではないにしろ、彼女は私の嫌がる意思を無視して付き纏おうとしているのだから。
「ちょ、犯罪者は言い過ぎじゃない?それに破落戸と変わらないっていくら何でも酷すぎだよ!?私はただ可愛い女の子と仲良くなりたいだけなのに……」
「私は仲良くなりたいと思ってないから。他を当たって――――」
「やだ!ルルロアちゃんと仲良くなりたい!だから一緒にパーティ組も?」
突き放そうとした私の言葉を遮り、まるで子供のように駄々をこねるベール。けれど、どれだけ駄々をこねようと、私は誰かと仲良くなる気もないし、まして、パーティなんて組む気は微塵もない。
だからここは変に期待をされないようきっぱりと断り、拒絶するべきだと、大きなため息の後でその言葉を口にする。
「……私は特定の誰かと仲良くなる気も、パーティを組むつもりはない。だから諦めて」
「や!だってさっき引きずってた男の人とはパーティ組んでたんでしょ?なら私だってルルロアちゃんとパーティ組んでも問題ないよね?」
「…………彼は必要だから雇った傭兵みたいなもの。いつも組んでるわけじゃない」
面倒な事を言い出すベールに内心、辟易しながら私はそう返す。
一緒に聴取を受けた関係上、私とイストがパーティ組んで依頼をこなしていた事を彼女は知っている。
それをどう受け取るかは彼女次第だったが、やはりというべきか、他の人が組んでるなら自分もと言い出した。
こうなってしまえば断りきるのが難しくなってくる。
一番楽なのはイストに私との関係を説明してもらう事なのだが、面倒になりそうな気配を察したのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
「でも組んでたのは確かだよね?じゃあ――――」
「私は魔女。その他の冒険者とは隔絶した力を持っている……だから足手まといはいらない。分かった?」
普段ならここまで自分の実力を高く吹聴したりしないけど、こういえばベールも言い返す事はできないだろう……そう思い、言葉を選んだのだが、彼女はそれを聞いてにやりと笑いつつ、白衣を翻してくるりと回り、再度、私の方へと向き直る。
「ふーん、そっかぁ……なら足手まといじゃないって証明できたらパーティ組んでくれるって事だよね?」
「いや、そう訳じゃ…………」
「よーし、それじゃあこうしよっか。ルルロアちゃんが難しい依頼を選んで私がそれを受け、見事達成できたらパーティを組む。駄目だったら諦める。どうかな?」
反論を封じるように言葉を被せて強引に約束を取り付けようとしてくる。
「私になんの利点が…………いや、分かった。それでいい。その代わり約束はきちんと守ること。いい?」
「オッケ〜オッケ〜……ルルロアちゃんこそ守ってよね?」
「……私は約束を違えない。依頼はまた明日、ギルドで伝えるから」
「分かった!それじゃまた明日ねルルロアちゃん♪」
私の言葉に満足したのか、満面の笑みを浮かべたベールは大きく手を振りながら踵を返し、そのまま走り去ってしまった。
「…………嵐みたいな奴だったな」
「あ、私を見捨てたイスト。やっぱり近くにいたんだ」
ベールがいなくなったと同時に物陰から現れたイストに皮肉をたっぷり込めてぶつけてやる。
依頼の報告や報酬の受け渡しがある以上、イストがあのまま帰るはずがない。
なら見つからない程度の距離に隠れて聞き耳を立てていたに決まっている。
「……見捨てたなんて人聞きの悪い。ただ俺がいたところで話が拗れるだけだと思って」
「よく言う。どうせ面倒だと思って逃げただけの癖に」
そう言ってジト目を向けると、イストはそっぽを向き、誤魔化すように口を開いた。
「…………そういえば、あんな約束をして良かったのか?今更だけど、明日なんて言わずに有耶無耶にする事もできたでしょ」
イストの言う通り、後日、知らせるとでも言って彼女を追い返し、この街を去るなりすれば面倒な事にはならなかっただろう。
「……できたかもしれないけど、私はまだこの街でやる事があるから鉢合わせないようにするのは面倒だし、下手に逃げて付け回されるより、条件を呑んでスパッと関係を絶った方が後腐れない」
「けどそれはお前の出す依頼をあいつがこなせなかったらの話だ。逆に達成されたらどうする?」
「……それはない。あの子の実力は大体、分かった。だからそれに合わせて難しい依頼を選ぶ。万が一の事を考えて私も同行するから安全面も大丈夫。完璧な作戦」
破落戸達を制圧した魔法の腕は相当なもの。おそらく、それも実力の一端でしかないのだろうが、それでも、大まかな予測は立つ。
なら私はそこから彼女の実力では達成困難な依頼を見繕えばいい。
「完璧……ねぇ……足下をすくわれないといいな。まあ、俺には関係のない話だけど」
「はぁ……別に何かしてほしいだなんて思わないけど、その言い方はむかつくかも」
「……関係ないのは事実でしょ。それよりさっさと報酬を受け取りにいかないと」
腹いせに報酬を減らしてやろうかという気持ちがほんの少しだけ芽生えるが、流石にそんな事をすれば信用に関わるし、働きに対しての正当な対価を支払わないのは違うと思い止まり、再度ため息を吐いてから踵を返してギルドの受付へと足を運ぶ。
「…………物凄く気が重い。今日は帰ったらすぐに寝よう」
報酬を受け取り、イストへの対価を払い終えたところでそのままパーティを解散した私はその足で宿屋へと向かうのだった。




