第209話 奇怪な少女と運命の出会い
「……いえ、結構です。すいません、急いでますので。それじゃ――――」
突如として現れた奇怪な格好をした少女からの誘いに対して、私の取った行動は極力、関わらないよう、敬語で丁寧にお断りする事だった。
「ちょ、ちょい待ち!なんでそんな足早に立ち去ろうとするのさ!それになんで敬語!?」
「…………や、あからさまに変……怪しい格好をした人には流石に関わりたくないから」
目立つ桃色の髪に大きい眼鏡のような保護具を頭に掛け、服の上からだぼっとした白衣を着て、余った袖をぷらんぷらんさせている。
どこかの魔法研究施設ならともかく、往来でする格好ではないし、そこに目を瞑ったとしても、顔見知りですらない相手に突然、それもあんな文言で声を掛けてくる人物と関わり合いになりたくないと思うのは自然だと思う。
「今、変って言った!言い直してるけど隠しきれてないからね!?」
「……別に隠したつもりはない。というか、もういい?私、まだ用事があるから」
勢いよく近付いてきた少女に対して一歩引き、一定の距離を保ちながら一応、会話に応じつつ、それを切り上げてこの場を去ろうとする。
しかし、そうはいかないと言わんばかりに少女は先回りをして私の肩をがっと掴んできた。
「いいわけないよね?私、まだ何もしてないし、用件も言ってないんだから」
「……用件はさっきのふざけた誘いだったんじゃないの?なら断ったはずだけど」
「ふざけた誘いって……や、お茶に行きたいのはもちろん、本当だけど、用は別にあって――――」
少女が真剣な表情で言い淀みながらも、何かを口にしようとしたその瞬間、私達の周りに複数の影が差した。
「よお、お嬢ちゃん。この間はよくもやってくれたなぁ?」
「お礼をしにきたぜ?」
「今度こそ一緒に来てもらおうか。まあ、少し痛い目を見てもらうけどな」
その影の正体は先日、エルフだから高値で売れるという理由で私を攫おうとし、イストによって撃退された破落戸の集団だった。
「……誰?」
相手が誰かと認識した上で、私はあえて尋ね返す。
撃退したのがイストだということに気付いてない彼等が当初の目的に加え、私への復讐を果たすためにきたのは明白。
逆恨みでしかないし、迷惑極まりないが、下手に暴れられてぐったりしているイストや目の前の少女へと矛先が向くのはよろしくない。
だからこそ、挑発の意味を込めての返答だった。
「誰……だと?舐めてんのかこのガキぁ」
「ふざけやがって!この前みたいにいくと思うなよ!」
案の定、いとも容易く私の挑発に乗った破落戸達は殺気立ち、今にも襲い掛からんとしている。
ここまでくれば後は襲い掛かってきた彼等を返り討ちにするだけの簡単な作業だと思っていた矢先、さっきまで前にいたはずの少女がいつの間にか私と破落戸達の間に立っていた。
「ちょっとおじさん達、何の用?今、私がこの子と話してるんだけど?」
少しだけ怒気の込もった声と共に破落戸達を睨む少女。おそらく、行動から見て私を庇ったのだろう。
確かに何も知らない人から見ればエルフの少女が破落戸達に襲われそうになっているように見えるかもしれない。
けれど、私は魔女……庇われる必要もないし、むしろ、少女自身を危険に晒す分、邪魔とさえいえる行動だった。
「……下がってて。ここは私が――――」
「ああん?んだ、このガキは」
「顔立ちは悪くなさそうだが、見るからに奇怪な格好……頭のおかしな奴か」
「ま、こうやってしゃしゃってくる時点でおかしいのは確かだろ。二人まとめて捕まえちまえば問題ない」
「だな。おい、嬢ちゃん方。ちょっと俺達と来てもらおうか?」
少女を止めようとする私の言葉は男達の声に掻き消されてしまい、そのまま会話が進んでいく。
「……にゃるほどね。こりゃとんだ下衆野郎だ。というか揃いと揃っておかしいだのなんだのって……流石の私もカチンときちゃったかな」
「……カチンときたからどうだってんだ?なぁっ!」
私が止めるよりも先に破落戸は動き出し、大きく振り被って少女へ殴り掛かろうとする。
……多少、乱暴になるけど仕方ない。このまま殴られて怪我をするよりはマシだと割り切ってもらおう。
ここまでくると安全に下がらせるのは難しい。
だから引き倒してでも少女を下がらせようとしたのだが、結果的に言えばそれこそ必要なかった。
「――――は?」
その声は破落戸の誰かが発した驚愕のものだった。
大きく振りかぶり、放たれた破落戸の拳はぷらんと垂れ下がった白衣の袖にあっさり止められている。
それを為した少女は小首を傾げ、つまらなさそうな表情を浮かべていた。
「ま、やっぱり街の破落戸ならこの程度だよね〜……暴れられても面倒だし、手っ取り早く終わらせるよ」
「っこのおかしなガキをぶっ殺せぇぇ!!」
押しても引いてもびくともしない拳に恐怖を覚えた破落戸は仲間へと叫び、一刻も早く少女を排除しようとする。
けれど、破落戸が襲い掛かるより早く少女が拳を離して白衣の裾を翻し、袖の中で指をぱちんと弾いた。
瞬間、彼女の周囲に拳ほどの水塊が無数に生成され、ぽわぽわと漂いながら破落戸達へと向かっていく。
「な、なんだこりゃ……」
「水の塊か……?」
「はっ、こんなもんで何を――――」
突如として現れた水塊に困惑する破落戸達だったが、他に何か起こるでもない状況を前に彼女の攻撃が失敗したと判断したのか、それを鼻で嗤い、再度、仕掛けようとしてくる。
「……残念、逃げないならこれで終わり」
温度のない彼女の台詞と共に水塊が漂いながら向かってくる破落戸達の顔へ迫り、そのまま張りついた。
威力や速度がなかろうと、水の塊が顔に張り付けば当然、呼吸ができなくなる。
そうなればどんな屈強な人物だろうと関係ない。
「――――ッ!!?」
ようやく自分たちがまずい状況に置かれたのを理解した破落戸達が空気を求め、慌てて張り付いた水塊を剥がそうと藻掻くが、液体を物理的にどうにかできるはずもなく、そのまま意識を失い、次から次へと倒れていく。
倒れていく仲間達の姿にまだ無事な破落戸達が恐慌に駆られて逃げ出そうとするも、すでに周囲は水塊だらけ。
ゆっくりながらも追尾してくるそれらを避ける事は叶わず、数分も経たない内に破落戸達は全員、地面に沈んだ。
「…………貴女は一体、何者なの?」
無詠唱で発動された魔法とその操作でいとも容易く破落戸達を撃退した実力を前に、私は僅かな警戒を込めて尋ねる。
「そっか、自己紹介がまだだったっけ。私はベール・サントリオン――――可愛いものが大好きな通りすがりの〝化学の魔術師〟だよ?」




