第208話 流れ作業と独特の距離感
流星に撃ち抜かれ、女王が絶命した瞬間から残されたアミルアント達は一気に統率を失い、倒すべき標的からただの大きな的へと変わった。
そこからは特に苦戦する事もなく残りの群れを倒していったのだが、それは最早、戦いというより、流れ作業といった方が正しいだろう。
ともかく、女王の死から瓦解した群れの殲滅は程なくして終わり、討伐の証となる部位を剥ぎ取ったところでイストと合流した。
「――――お疲れ様。おかげで想定より早く済んだ」
開口一番、労いの言葉を口にすると、イストは眉根を寄せ、どことなく居心地悪そうに頭を掻く。
「……そりゃどうも。どういう想定をしてたのかは知らないが、まあ、お気に召したなら良かった」
「?なんでそんなに不服そうなの」
戦果としては十分。あまりに上手く事が運んだから勘違いしそうになるが、普通の冒険達パーティなら最初の集団に遭遇した時点で全滅している可能性が高い。
最初の集団を察知できたのはイストの能力のおかげだし、アミルアントの甲殻を撃ち抜き、的確に弱点を突いて屠れるのは彼の狙撃がそれだけ優れているからだ。
精度はもちろん、威力に関しても優れているのは女王を屠ったあの一撃を見れば明らか。
そもそも、前提として、魔女である私の戦いに狙撃とはいえ、ついてこれている時点で彼の実力は一般的な冒険者よりも圧倒的に上なのは間違いないだろう。
「…………別に、何でもない。ただ、全部が全部、お前の掌の上かと思うとなんだかなって思っただけ」
「……全部が全部って訳じゃない。だから想定よりって言った」
「でも、大まかには最後の展開が見えてたって事でしょ?……だからどうって訳でもないけど」
視線を逸らしつつ、首筋に手を当てて呟くイスト。
正直、面倒くさいなと思うし、わざわざ機嫌を取る必要もないのだろうけど、それでもなんとなく、不貞腐れているような態度を放っておけなくて、ついつい言葉を返してしまう。
「…………私はイストの能力を買って依頼した。だから想定という名の期待をするのは当然。そして貴方はそれを上回る成果を出した。それじゃ不満?」
「いや、不満って事は――――」
「なら問題ない。それより、最後の流星みたいな一撃はなんて技なの?」
不満がないのならそれでいい、とイストの言葉に被せるよう話を打ち切り、気になっていた事へ話題を切り替えた。
「はぁ……まあ、いっか。最後のアレは流星なんて大層なもんじゃないよ。ただ弾丸に通常の十倍以上の魔力を込めて撃っただけ。魔力は割に合わないし、手間は掛かる上に威力が強過ぎておいそれと使えない……欠点だらけの一発。名前なんてない」
「……ふむ、それは良くない。せっかく格好いい技なのにもったいない……よし、私が名前を付けてあげる」
「いやいや、別に頼んでないから。詠唱や呪文の必要な魔法ならともかく、ただ中をぶっ放すだけなのに名前も何もないでしょ」
「そんな事はない。必要の有無にかかわらず、名前は大事。その在り方を現し指す言葉があるのとないのでは雲泥の差がある」
名前なんていらないって意見を否定するわけではないけど、それでも名は体を表すという言葉があるように、指し示すための言葉は必要だと私は思う。
「言ってる意味は分かるけど……」
「分かるなら問題はない。名付けて減るものじゃないから…………うん、あの流星みたいな一撃は『致命の流れ星』に決めた」
「ヴォル……なんだって?」
「致命の流れ星。標的の命を一撃で穿つ流星という意味。どう?格好いい?」
我ながら良い名前を付けたと思いながら尋ねると、イストは何とも言えない表情の後、やけに優し気な視線を向けてくる。
「格好いいって……あー…………うん、そうね。かっこいい、かっこいい」
「……なんか引っかかる言い方。本当に格好いいと思ってる?」
「うんうん、思ってる思ってる。オレ、ウソツカナイ」
「…………まあ、いいか。それじゃあ街に戻ってギルドに報告しよう。死骸の後処理をしてもらわないとだし」
言及するだけ時間の無駄、そう思考を切り替えた私は踵を返して魔動車を止めてある方へと歩き出す。
群れの規模によっては日を跨ぐ可能性もあったから、ここまで早く済んだのは良い意味で誤算だった。
……もう討伐したってあのギルドマスターが驚いて目を剥くかもね……どうでもいいけど。
その後、物凄く嫌そうな顔をしたイストを無理矢理、魔動車に放り込み、街へ向けて走り出した。
道中、イストは案の定、顔色を悪くし、口元を押さえながら窓際にへばりついていたけど、私はお構いなしに魔動車の速度を上げる。
その度、あるいは魔動車が何かに引っ掛かって跳ねる毎にイストから恨みがましい視線を向けてくるものの、どこ吹く風と無視をして、そのまま速度を落とす事なく走り続け、程なく街へと到着した。
数時間前に出発した私達がもう戻ってきた事に門番の兵が怪訝な表情を浮かべているのが見える。
門番が依頼の内容を知っている筈もないが、ギルドの職員が魔動車まで用意して送り出しているのを目撃している以上、普通に考えてそんなに早く帰ってくるとは思わないだろう。
「随分とお早い帰還ですね。忘れ物ですか?」
「ううん、依頼が終わったから帰ってきた。魔動車は後でギルドの職員が取りに来ると思うから」
「は?え、あ、ちょっと――――」
ぎょっとする門番を尻目にしつつ、乗り物酔いで動けないイストの首根っこを掴んで引きずりながらギルドまで向かう。
抗議の声を上げる余裕もないのか、為すがまま引きずられるイストの姿に道行く人達の視線が痛いくらいに向けられてくる。
まあ、奇異に見られたところで何かが減るわけでもないと、特に気にすることもなくギルドの前までやってきた。
「…………ん?」
イストを引きずったまま入り口を潜ろうとしたその時、ふと、奇異の視線とは種類の違う気配を感じて思わず立ち止まる。
すると、その気配の主はこちらが気付いた事に気付いたらしく、意外にもそのまま逃げ隠れる事もなく、姿を現した。
「――――ヤッホ~可愛いエルフの美少女ちゃん♪ちょっと私とお茶しない?」




