第207話 儀略魔術と一筋の流星
「――――やっぱり魔女ってのは化け物だな」
狙撃銃越しに見えた光景にイストは思わずそんな言葉を漏らす。
視界に広がっているのは空へと立ち昇る巨大な竜巻。
地面を削って取り込んだであろうソレはぎゃりぎゃりと激しい音を立てながらその場に止まっている。
中を確認する事はできないが、響く不快な音と竜巻の規模を考えれば、巻き込まれたアミルアントの群れは全滅しているだろう。
「……化け物は失礼。魔女ならあのくらいの火力は片手間で出す」
魔術を撃ち終え、一度、合流しようとした矢先、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたのでそんな反論を口にする。
そう、魔女……いや、魔女に限らずとも、最上位の称号持ちならばあの程度の火力を出すのは容易い。
なにせ、本気を出した彼、彼女達は街一つを軽く消し飛ばすのだから。
「聞こえてたのかよ……てか、片手間の割には色々、前準備してなかった?」
「……それはあくまで普通の魔女の話。私があの規模の火力を出そうと思ったら魔力を全部注いでも足りない」
いくら年月が経とうと、私の魔力は依然として少ないまま。
無論、どうにか増やす手立てはないかと、模索しているものの、未だにその手段は見つかっていない。
だけど、代わりに私の生み出した技術……魔力の結晶を使って不足を補う手段は手に入れた。
「……なるほどね。さっきまでの行動は足りない魔力を補うための準備ってわけか」
「そういうこと。結晶化した魔力を弾丸として一定間隔に放ち、地上に魔法陣を描いて魔術を使う技術……私はこれを儀略魔術って呼んでる」
この方法を用いれば事前に結晶化した魔力を通して魔術を行使できるため、起動に必要な分だけの消費で済む。
実際、今の魔術も使った魔力はせいぜい『暴風の微笑』一回分程度……条件さえ整えば何回でも行使できるだろう。
「……呼んでるって事は一般的な技術じゃない?」
「少なくとも、私以外が使ってるのは見た事がない。まあ、そもそも魔力の結晶化ができる前提の技術だからたぶん、他の人には使えないと思う」
「ほー……便利そうな技術だと思ったが、凡才の魔女の特権って訳ね」
「特権っていえる程のものでもない。準備に時間も掛かるし、欠点も多い」
少ない魔力で大規模な魔術を発動させる……利点だけ見れば画期的な技術に思えるが、まず結晶化の習得が不可欠だし、事前に幾重もの準備も必要な上、魔力の変換効率も良くない。
なにせ、魔力結晶を消費する際におおよそ九割が魔法陣の生成に割かれるため、魔術を発動させるのにおおよそ十倍の量が必要なのだから。
「そんなもんかね…………と、どうやら本命がやってきたみたいだな」
どことなく気のない返事をしていたイストが表情を変え、竜巻とは別の方向を見据える。
それに倣い、同じ方へと視線を向けるも、別段、変わった様子はない。
という事は視覚ではなく、聴覚……イストにしか聞こえない何かが変化が起きたのだろう。
案の定、イストの発言から数分も経たないうちに視線の先の地面が隆起し、中からアミルアントの群れと一際大きい個体が這い出てくる。
「……いよいよ群れの危機だと判断して本体が出張ってきたってこと。ならあの大きい個体が女王か」
どうやら魔力を半分以上、消費してでも数を減らした成果が出たようで、巣の奥で引き籠っている女王を引っ張り出す事に成功したらしい。
「……群れの立て直しを考えるなら、女王は脅威に立ち向かうより逃げた方がいいだろうに」
「そこまでの知能はない、もしくは直接出張れば脅威を排除できると判断したかのどっちか。どちらにせよ、私達にとっては都合が良い。イスト、狙える?」
もっともな意見に相槌を打ちつつ、端的に尋ねると、イストは少し考え込むような仕草の後、口を開いた。
「…………できなくはないが、あの巨体を仕留めるならそれなりに時間が掛かるぞ?」
「できるなら問題ない。イストは女王本体を、私は取り巻きを減らしつつ、注意を逸らす」
大言壮語を吐かないイストができるというのなら問題はない。
多少、時間が掛かるとはいえ、もう一度、儀略魔術を使うために魔力結晶を消費するよりはずっといいだろう。
……最悪の場合は惜しまず儀略魔術を使う。まあ、でもこの分なら必要なさそうだけど。
駆け出す直前、集中し始めた様子のイストを目にしてそう確信した私は思考を切り替え、時間稼ぎに徹するべく立ち回りを組み立てる。
「……わざわざ気を引かなくてもその習性上、アミルアントは私の方を脅威だと認識している。なら下手に派手な魔法を放つより、単純に足止めが効果的」
走りながら独り言のごとく呟き、牽制に先頭の個体へ魔力弾を放ちつつ、加速。
甲殻に弾かれるのも織り込み済みで次弾を放ち、今度は魔法で地面に働きかけて僅かな地割れを引き起こした。
「――――!?」
効かないとはいえ、飛んでくる魔力弾に意識を割いた先頭の個体は突然の地割れに対応できず、足を取られて体勢を崩してしまい、そのまま転倒、巨体故に後続を巻き込んで群れ全体の行動を乱す要因となってしまった。
「ご愁傷様。悪いけど、さらに利用させてもらう――――」
転倒した個体に向かって大量に水を生み出すだけの魔法を放ち、その周囲に水気をばら撒く。
そして再度、同じ場所に狙いを定めて今度は氷の魔法を撃ち放った。
満ちた水気との相乗効果で広まった氷魔法は拘束だけでなく、熱を奪い、身体の働きを鈍らせるため、群れの動きがそこで完全に止まる。
「――――さて、どう動くか…………ああ、なるほど。そうくるんだ」
先頭集団の総崩れによって動きを止めた群れをどう立て直すか、様子を窺うつもりだったけど、女王の判断は迅速だった。
凍って動けなくなった仲間を足場にして半ば無理矢理、行軍を続けようとする。
その際に仲間の身体が踏み抜かれ、頭蓋が潰れようとなんら気にする事ない。
ただただ脅威を排除するための駒だと言わんばかりの行動だ。
「……兵隊は使い捨て、か。それだけ私を脅威に思ってるみたいだけど、残念。本命はあっち」
今にも私の方へ襲い掛からんとする女王だったが、すでに遅い。
乾いた銃声が響き、女王の前足……その関節が弾け飛んだ。
「――――――――ッァ!!?」
間髪入れずに轟く発砲音。その全てが寸分違わず女王の足関節を撃ち抜く。
「アミルアント……その女王ともなれば硬度は他の比じゃないだろうに…………次で終わりかな」
断末魔ともいえないそれを眼前に浴びながらそう呟いた瞬間、私の背後から輝く一筋の流星が駆け、女王の命をいとも容易く摘み取っていった。




