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〝凡才の魔女〟ルーコの軌跡~才能なくても、打ちのめされても、それでも頑張る美少女エルフの回想~  作者: 乃ノ八乃
第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

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第22話 塞がれた逃げ道とお姉ちゃんに秘密の下見(前編)

 

 姉と話した夜から数日が経ち、ついに下見を決行する予定の日がやってきた。


 まだ日は昇り初めたばかりのようで室内は薄暗く、辺りは静まりかえっている。


 そんな中、いつもより早く目を覚ました私は上半身を起こしてから伸びをし、軽く体を動かしながら窓の外に目線を向ける。


「……よしっ、体調は万全。天気も悪くなさそうだし、これなら下見も問題なくできそう」


 明け方のせいか、まだ少し肌寒さを感じるも、ぐっと我慢して布団を後にした私はそのまま部屋を出て、水場の方に向かった。


 水の張った桶の前に立って顔を洗い、寝癖のついた髪を簡単に直しつつ、今度は炊事場の方に足を向けようとする。


「……あ、服着替えるの忘れてた」


 踵を返して水場の方に戻り、着替えてから脱いだ服を畳んで籠の横に置いておく。


 あんまり汚れてないけど、洗うかもしれないし、ここに置いておけばいいかな。


 私は別に気にしないけど、姉は一回でも着た服は汚れてなくても洗おうとするので、ここに置いておけば気付くだろう。


「さてと、何か食べるものはっと……」


 改めて炊事場の方に向かい、棚を物色して食べるものを探す。


 普段は姉が朝ごはんを用意してくれるのだが、今はそういう訳にもいかないので自分で何とかしないといけない。


「んー……流石にそのまま食べれるものはないなぁ……」


 そもそも基本的に火を通さなければ食べられないものが多く、保存のきく食べ物も少ない。


 野草なんかは食べられない事もないが、物凄く不味いし、それを食べるくらいならまだ何も口にしない方がいい。


「……仕方ない。準備してた保存食を食べようかな」


 お昼用に準備していたものだけど、念のため多めに用意していたから量的にはたぶん大丈夫だと思う。


「そうと決まれば書き置きを残してと……」


 棚に立て掛けられた木の板と木炭を取り出し、〝今日は一日書庫に籠るのでお昼はいらない〟と書き残して食卓の上に置いておく。


「気軽に紙を使えたらいいんだけど、貴重品だからね」


 書庫に大量の本はあるが、紙自体は外から仕入れないと手に入らない。一応、製法が書かれた本があるけど、流石に作るのは難しいだろう。


「……よし、じゃあ少し早いけど書庫に行こっと」


 炊事場内を軽く見回してから扉の方に足を向け、そのまま外に出る。


 外はまだ少し薄暗く、静まりかえっていて誰もいない。


「やっぱりこの時間に起きてる人はいないみたい」


 基本的にエルフという生き物は怠惰な生活を送っており、決まった時間に起きるという習慣がない。


 というのも他のエルフ達は食料を確保するための狩りなどの必要な行動以外、特にする事がないため、どうしても寝ている時間が多くなってしまうらしい。


まあ、ここの事しか知らないからエルフ全部がそうとは言いきれないけど……。


 誰もいない集落を見渡しながらそんな事を考えいると、いつの間にか書庫の前まで来ていた。


「うーん、ここはより一層薄暗い……」


 構造的に窓の位置が悪いのか、この書庫には日がそこそこ高くならないと光が差し込まない。そのため明け方は夜かと見間違う程に室内の様子がわからなかった。


「明かりは……まあ、すぐに出るから点けなくてもいっか」


 今日は本を読む訳でもないからと、点けないまま目を凝らして準備しておいた荷物を探す。


 まあ、荷物と言っても小さな手提げ袋に水と保存食を入れただけで大した重さもないものだ。


 流石に何度も通いなれた場所だけあって、すぐに荷物を置いた場所までたどり着く事が出来た。


 荷物を取った後、外に出てから中身を確認し、その中から干し肉を一つ取り出して齧りながら目的の場所へと移動する。


「えっと、確か……ここだ」


 狩場とは逆方向にある集落の端、周りに建物もなく、ここには滅多に誰も近付かない。


 それはここが森の外に通じる道だからというわけではなく、ただ単に何もないからという理由だ。


 狩りをするにもいつもの場所の方がやり易いだろうし、この辺には食べられるような野草も生えていないため、ここに他のエルフはこない。


 全員の行動を把握しているわけではないので正確な事は言えないが、たぶんここに来たのは私以外だとあの人くらいだろう。


「ふー……ここからは気を引き締めていかないとね」


 大きく息を吐き出して心を落ち着かせ、進む方向へと目を向ける。


 あくまで今日は下見……帰りを考えつつ、行けるところまで進んで、危ないと思ったからすぐに引き返せばいいだけ……。


 外に出るまでの正確な距離がわからない以上、今日だけで道を把握出来るとは思っていない。


「よし……行こう」


 緊張しているのを自覚しながらも、心を奮い立たせ、しっかりとした足取りで外に向かう道へと歩き出した。



 歩き始めてから少し経ち、すっかり日が昇って明るくなった道を進んでいると不意に何かが地面を這いずる音が聞こえてくる。


「この音は……」


 足を止め、辺りを警戒しながら見回すと、少し遠くの方に大きく長い胴体を持つ手足のない魔物が木々の間を這いずり、移動しているのが見えた。


こっちには気付いてないみたいだからこのまま……。


 何度か闘った事があるから倒せない事もないが、避けられるならそれに越したことはない。


 音が遠退くのを待ってから移動し、魔物に気をつけながら再び進み始める。


 それから何度か魔物と遭遇しかけたものの、全てをどうにかやり過ごし、戦わないまま結構な距離を進んできた。


「こっちの道もいつもの狩場と同じような魔物が出るみたいだね……」


 ここまでに見つけた魔物の種類を思い浮かべ、そんな独り言を漏らす。


……それなのにどうして向こうが狩場になったんだろう。


 ずっと同じ場所で狩りをしているから今の場所から変えがたいというのは分かるが、魔物の種類に大差がないならこっち側でもいい気がする。


「……まあ、そんなこと考えても仕方ない……ん?」


 独り言を続けながら進んでいると遠くの方に茶色の体毛で覆われた四足歩行の魔物がいるのが見えた。


こっちに気付いた……?


 かなりの距離が開いていた筈なのに、その魔物は私の方に向かって一直線に駆け出してくる。


「個体差はあっても、基本的に獣の視力はそこまで良くない筈なんだけど……」


 本から得た知識と戦った経験からそう思っていただけにこの距離で気付かれるとは思わなかった。


あの個体だけが特別目が良いとか……いや、それなら他にも音や匂いの可能性も……。


「ガルアアアッ!」


「って考えてる場合じゃなかった。今はあの魔物をどうにかしないと」


 弓を引くような動作を取り、向かってくる魔物に狙いを定めて詠唱を口にする。


「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟」


 手早く倒さないと他の魔物が寄ってくるかもしれないし、戦闘が長引けばそれだけ魔力を消費する。


……だからこの一撃で仕留める━━『一点を穿つ(ピアート)……っ!?』


 詠唱を終え、呪文と共に集束させた風の矢を放とうとしたその瞬間、横の方から巨大な何かが飛び掛かってきた。


 矢を放ってからだと回避が間に合わないと直感で判断し、ほとんど反射的に魔法を解いて強化魔法を使い、その場を離脱する。


「っこいつは……さっきの……!」


 飛び退きながらさっきまで私のいた場所に目をやると、ここに来て最初に見つけた魔物が地面を抉っていた。


「フシュルルルル……」


 飛び込んできた魔物は獲物を仕留められていない事に気付いたらしく、その長い体を動かして私の方に頭を向けてくる。


「……どうにも私の方に狙いをつけたみたいだね」


 同じ魔物という括りでも、やつらに仲間意識なんてものはない。他の魔物は等しく餌あり、下手をすれば似たような姿の魔物でも殺し合う事だってある。


 にもかかわらず、この魔物は後ろから迫るもう一体の魔物には目もくれずに私の方を狙ってきていた。


「ガルアァァッ!」


 目の前の魔物をどうしようかと考えていると、その後ろからもう一体の魔物が巨大な体を飛び越え、鋭い爪を振り上げて攻撃を仕掛けてくる。


「っこっちの魔物も私だけを狙ってる……!?」


 向かってくる鋭い爪を退く事でかわし、追撃されないように距離を取って体勢を立て直そうとする。


 いくらなんでもこれはおかしい……同じ種類ならまだしも、ほとんど共通点のない魔物が互いに牽制もせず私だけを狙ってくるなんて……。


「シュルルル……」

「グルルル……」


 魔物達は私の方を向いたまま様子を窺うように唸り声を上げている。


 その姿はまるで誰かからの指示を待っているようにも見えた。


「……なんにしても先に進むにはこの魔物達を倒さないと駄目って事ね」


 もちろん、引き返して逃げるという選択肢もあるが、それはどうしようもなくなった時の最終手段だ。


 二対一とはいえ、何度か戦った事のあるこの魔物達相手なら勝機は充分にある。


「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟」


 再び弓を引くように構えて、先程と同様に四足歩行の魔物の方に狙いを定めて詠唱を始めた。


 ここまで間合いがある上に魔物達が様子を窺って仕掛けて来ないのならもう一度この魔法で……。


━━『一点を穿つ暴風(ピアートウェストリア)


 形成された弓の弦を引き絞り、魔物の頭部目掛けて矢を射ち放つ。


「ガルァッ!?」


 肉眼では視認不可能な速度で放たれた矢は過たず四足歩行の魔物の頭部を捉え、撃ち抜くかに見えた。


 しかし、実際は四足歩行の魔物は横に吹き飛び、代わりにもう一体の魔物の尾から血が噴き出していた。


「……まさか私が魔法を放つと同時に尻尾でもう一体を弾き飛ばして当たるのを防ぐなんて」


『一点を穿つ暴風』は貫通力こそあるものの、効果範囲が小さく、重要な器官を狙わなければ相手を仕留める事が出来ない。


 だからこそ四足歩行の魔物の方の頭部を狙ったのだが、尻尾を撃ち抜かれるの承知で庇うとは思いもしなかった。


 確かにあの長く大きい体なら要所に当たらない限り大した被害にはならないだろうが、それでも自分が被害を受けてまで他の魔物を庇うのはあまりに異常だ。


「シュルルルッ」


「グルァ……」


 撃ち抜かれた箇所を気にした様子もなく、その長い体を動かし、眈々とこちらを狙う魔物。もう一体の方も突き飛ばされた衝撃から回復したらしく、起き上がって私を見据えていた。


「……これは逃げた方がいいかも」


 前例のない異常事態を前に思わずそんな言葉が漏れる。


 このまま戦っても勝てるとは思う。けれど、私だけを狙い、連携するような素振りも見せる魔物がこの二体だけとは限らない。


 最悪の場合、魔物に囲まれて逃げられなくなる可能性もあった。


「━━〝立ち込める煙、隠れ偽る白、広がれ〟」


 地面に手をついて詠唱、魔物達が飛び掛かってくる前に逃げる算段をつける。


白煙の隠れ蓑(モクロークビシティ)


 呪文と共に不透明な煙が広がり、私も魔物達も呑み込んで辺りを白一色に塗り替える。


「シュル━━?」

「グルァ━━?」


 突如として視界が白に覆われた事で戸惑っている魔物達を他所に私はくるりと反転し、強化魔法を使って全速力で駆け出した。


 混乱してる今の内に振り切らなければ匂いを辿って追ってくるかもしれない。


だからここは魔力を惜しまずに全力で強化魔法を使って逃げる━━……っ!?


 思いっきり踏み込んで加速し、煙幕を抜けて一直線にきた道を戻ろうとした矢先、前方の景色が歪んでいるのに気付き、慌てて足を止める。


「これは……半透明な壁……?」


 近付いて触れてみると硬質的な感触で、簡単には壊れそうにない。


この壁、ここら一帯を覆うように続いてる……これじゃ逃げられない……。


 明らかに人為的なものだ。おそらく誰かが私を閉じ込めるために魔法でこの壁を張ったのだろう。


「何度か魔法をぶつければ壊せる可能性はあるけど……」


 それをしている最中に魔物達に追いつかれたら目も当てられないし、壊せなかった場合の魔力消費も洒落にならない。


「ガルァァァッ━━」


 そうこうしている内に魔物の鳴き声が段々と近付いてきた。


「っ……悩んでる時間はないみたい」


 背中に嫌な汗が滲んでいるのを感じながら、迫ってくる魔物達を迎え撃たんと身構える。


こんなところで死ぬわけにはいかない……絶対に生きて戻る……!


 そう心の内に決意を固め、緊張や恐怖を振り払うように深く息を吸い込んだ。


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