第206話 乱戦と準備と精密狙撃
「――――堕ちる空、捲り上がる大地、降り注ぐのは嵐の種、抗う事は能わず、ただただ吹き荒れる雨風が過ぎ去るのを祈るのみ」
遥か空の上、箒に乗って地面を這いずる魔物が豆粒くらいの大きさに見える程の高度まで上昇した私は、討伐目標であるアミルアントを見下ろしながら詠唱を口にする。
――――『曇落晴嵐』
呪文と共に周囲の空気が一変、重く暗い靄が渦巻き、暴風と豪雨を孕んだ無数の雲が創り出され、アミルアントの群れへと降り注いだ。
無数の黒雲はゆっくり振り落ちると、その瞬間に破裂し、凄まじい質量の水と風がアミルアントの群れを呑み込んでいく。
「…………これで一番近い分隊は壊滅状態、ギルドの資料通りなら他の個体にも状況が伝わるはず……うん、やっぱり集まってきた」
少し離れた位置から集まってくる別のアミルアント達を見つけたところで高度を下げ、狙撃銃を構えたイストのところまでぴょんと一気に降りた。
「っ普通に降りてこいよ……ったく心臓に悪い」
「わざわざ下まで降りるのが面倒だったから。そんな事よりも首尾はどう?」
ちょっと近くに降りたくらいでぶつぶつ文句を言ってくるイストの言葉をばっさりと切り捨てて尋ね返す。
「……聞く必要ある?さっきまで上から見てたでしょ」
「そうだけど、上からだと豆粒くらいにしか見えなかったから詳細までは分からない」
「……詳細も何もお前の魔法でアミルアントが次から次に呑み込まれておしまい。気付いた他の奴が向かってきてる。上から見た景色と変わらない……というか、本当に俺、必要?」
狙撃銃を構えたまま視線を変えずにそんな事を聞き返してくるイスト。
おそらく、アミルアントの群れが抵抗もできずに吞まれていった光景を見たからこそ出た言葉だろう。
確かにさっきの魔法を連発できるのなら私一人でも十分かもしれない。
でも、あの魔法は通常時の魔力を半分以上、持っていくほどの消費量……後先を考えなければ連発できるが、一人で行動している私にとってそれは致命的だ。
だから私は何重にも保険を掛けて戦いに臨む。
イストを雇ったのもその一環……私が余力を残すために彼は必要な存在なのは間違いない。
「必要だから雇った。さっきの魔法は連発できないし、効率も悪い。群れを殲滅するためには準備がいる……分かった?」
「……その単語を並べてぶち切ったみたいな喋り方はどうにかならない?聞き分けのない子供に言い聞かせてるみたいで嫌なんだけど」
「違うの?同じ事を何度も聞くからてっきりそうだと思ってた」
小首を傾げて聞き返すと、イストは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら大きくため息を吐いた。
「…………はぁ……うん、そうだな。俺が悪かった。それで?ここからはどうする?」
半ば投げやりというか、諦めた表情のイストがそう返してくる。
「……当初の予定通り、私が向かってくる群れを引き付けつつ、準備を進めるからイストはそのさぽーと?をお願い」
「さぽーと……ああ、サポートね。了解、望むようなサポートができる保証はないけど、まあ、依頼を受けた以上、それ相応の働きはさせてもらいますか」
まだ異世界から伝えられた単語を使い慣れないせいか、私の発音に一瞬、眉を顰めるが、すぐに意味と自分の役割を理解して、何を言わずとも再び狙撃銃を構えるイスト。
その姿を確認すると同時に私はアミルアントが向かってきている方向へ駆け出しながら何もない地面に一定間隔で銃杖を撃ち放った。
一つ――――二つ――――三つ――――
頭の中で撃った数と位置を把握しつつ、走り続けたところでアミルアントの分隊と接敵。向こうが気付く前にこちらから攻撃を仕掛ける。
タンッタタンッと引き金を連続で弾き、魔法を乗せて魔力弾を放つが、アミルアントの甲殻は堅く、一撃では仕留めきれない。
……やっぱりこの程度じゃ駄目か。でも――――
仕留め損なった、あるいは魔力弾を搔い潜ってきた個体がその強靭な顎を開いて襲い掛かってこようとした瞬間、乾いた音が響き、アミルアントの胴体に風穴が空いた。
「――――次」
一匹、また一匹と私に襲い掛かろうとした個体から穴が空いて息絶えていく。
この現象を引き起こしているのは紛れもなくイストの狙撃だ。
襲い掛かってくる個体を的確に判断し、私に当たらない、かつ動きを阻害しないようにアミルアントの急所を撃ち抜く超精密射撃……いくら的が大きいとはいえ、乱戦の最中でそれができるイストの腕は凄まじいの一言に尽きる。
「……それでこそ雇った甲斐がある。後は援護がある内に数を減らしつつ、準備を進めるだけ」
イストの狙撃は正確無比かつ、急所を一撃で撃ち抜き、仕留める威力を秘めているが、それゆえに欠点もある。
それは威力と飛距離を出すために魔力ではなく実弾を使用する必要があるという事だ。
破落戸を追い払った時のように非殺傷なら魔力弾でも問題ないのだが、アミルアントの甲殻を貫くには実弾に魔力を集束させなければならない。
つまり、実弾を装填し、魔力を込める工程を挟む以上、弾を撃ち切った後に必ず援護が途切れる事になる。
まあ、その間は途切れる事を前提に私が動けば良いだけのだけど。
とはいえ、弾にも限りがあるだろうからあまり悠長にもしてられない。
アミルアントの群れ……その本隊が合流し、徐々に集まってくる頃合いを見計らいつつ、隙を見て地面に魔力弾を撃ち込む。
できる事ならアミルアントの群れを全部この辺りに集めたいけど……流石に女王までは出張ってこないか。
イストの援護を受けながら少しずつ、確実に削っていく。
そうしてある程度の数が集まってきたところで下準備も終わったため、牽制に土魔法で壁を生成して跳躍。
箒の上に立って空中からアミルアントの群れを見下ろし、その詠唱を口にする。
「……点を結ぶ魔、繋ぐ文字列、浮かぶ記号、一つ一つは意味を成さず、結び繋げて形を為す……大地を割り、水を孕んだ大嵐、囲い刻まれる魔法陣、紡いだ軌跡が厄災を招く――――『三つ重ねの反天災』」
瞬間、群れの足下から光が立ち昇り、線と線を結ぶように連結……やがて幾つもの魔法陣を形成。
そして、最後にはアミルアント達を囲むように巨大な魔法陣が大地に広がっていった。




