第205話 込み上げる思い出とイストの真価
作戦と準備に奔走している内、目まぐるしく一日が過ぎ、あっという間に出発の日となった。
準備を整え、集合場所に向かうと、すでにイストが壁に背中を預けて立っているのが見える。
集合時間にはまだ少し早いけど、きちんと先に来ている辺り、ちゃんとしているなと思う。
「……普段は捻くれているのにこういうところは律儀なの?」
こちらに気付いたイストへ開口一番、思っていた事をそのまま口にすると、彼は眉を顰める。
「……捻くれてるのと律儀なのは関係ないでしょ。というか、待ってた相手に掛ける第一声がそれはないんじゃないの?」
「…………つい思ってる事が口に出た。ごめん」
素直に謝る私にイストは小さくため息を吐いて頭を掻き、面倒くさそうにこちらへ歩いてくる。
「いや、謝られても……まあ、いいか。それより昨日、見せてもらった資料の通りなら目的地まで徒歩だと一日は掛かる。さっさと出発した方がいいんじゃない?」
確かに資料にあるアミルアントが目撃された場所は街の近辺とはいえ、徒歩だとそれなりに時間がかかる……というか、それくらいは離れてないと、事態はもっと緊急性の高い事になっていただろう。
私一人なら箒で飛んでいくのだが、イストも一緒となるとそうもいかない。
だから徒歩の場合、イストの言う通り、早く出発した方がいいのは確か……でも、彼を雇うと決めた時点でこうなる事は分かっていた事だ。
「……徒歩で出発するならね。とりあえず外に行こう。たぶん、準備してあるだろうから」
「準備?」
疑問には答えず、ただついて来いと言わんばかりに先を歩いて門の外へ向かうと、そこにはギルドの職員と一台の乗り物が見えた。
「――――魔女ルルロア様、魔動車の準備は済んでおります。どうぞ」
頭を下げるギルドの職員にひらひら手を振り、イストを連れて魔動車の前まで足を進める。
「今回はギルドからの依頼で経費は使い放題……だから事前にこれを手配してもらった」
「使い放題って……そこにまだ職員の人がいるんだから言い方を考えなさいよ……」
「?」
「……ああ、それは素でやってんのね。まあ、職員の人が気にしてないならいいか」
苦笑いを浮かべているギルド職員と一人で勝手に納得した様子のイストに小首を傾げながらも、別段、気にする意味もないかと思い、そのまま魔動車に乗り込んだ。
早速、街を出発し、魔動車に揺られること十数分、運転している私の横で、イストが青い顔をして口元を抑えている。
「……魔動車は初めてだった?」
「…………うぷ……こんなの……そんなに……乗る機会……ないだろ」
イストの状態は私も覚えがある。
魔動車ではないけど、初めて箒に乗った時に陥った症状……いわゆる乗り物酔いだ。
「……窓を開けて外の空気を吸った方がいい。治るわけじゃないけど、少しはましになる」
「う……そう……させて……もらう…………うぷ」
窓を開けて風を浴びながらも、ぐったりしているイストを尻目に私は魔動車を走らせる。
そういえばあの時も魔動車だったっけ…………
ふと込み上げる思い出。少しだけ頭に過った過去を無理矢理、押し込め、運転に集中する。
「…………ちょっとだけ飛ばす。舌を嚙まないように」
「は?ちょ、待っ――――」
抗議の声を上げようとしたイストを無視した私は誤魔化すように魔動車の速度を上げる。
だって今更、振り返ったところで何もならない……ただ、ただ、虚しくなるだけだから。
魔動車を飛ばし気味に走らせたせいか、数時間もしない内に目的地付近まで着いてしまった。
このまま目撃情報があった地点へ向かってもいいけど、速度を出した分、魔力を無駄に消費してしまったし、数時間、乗りっぱなしは流石に少し疲れた。
だから向かう前に休憩を挟むべく、魔動車を止めて外に出たのはいいが、私以上にイストの方が酷く疲れた様子だった。
「大丈夫?今にも倒れそうだけど」
「……これが大丈夫なように見えるんだったら眼の医者に掛かった方がいいんじゃない?というか、誰のせいだよ、誰の」
ただでさえ濁っている目をさらに濁らせたイストが恨みがまし気な視線を向けてくる。
たぶん、乗り物酔いに苦しむ中で私が魔動車の速度を上げた事に対しての抗議なのだろう。
「まさか貴方がそこまで酔うなんて思わなかったから……確かにその脆弱性を考慮しなかった私の失敗」
「……え、何、俺が悪いみたいな話?それは流石に酷くない?」
「…………仕方ない。そこまで早急に動かないといけない訳じゃないから一旦、休憩にしてあげる」
「はぁ……ここに魔動車を止めた時点でそのつもりだろうに……お前の方が性格は捻くれてるんじゃねぇの?」
「…………」
せっかく休憩にしてあげると言っているのに何やら不満そうな顔で聞き捨てならない事を口にしたイストへ鞄から取り出した飲み物を投げつける。
「ちょっ……そんな勢いで投げたら危ないだろ」
「ちゃんと受け取れたから問題はないでしょ…………あと私の性格は捻くれてない」
「…………そういうところが捻くれてるって――――」
文句を無視して鞄からもう一つ、飲み物を取り出して口をつけていると、不意にイストが表情を変えて何もない方向に視線を向けた。
「何か聞こえた?」
「……ああ、見つけた。音的に資料の特徴と一致する。たぶん、巣もここからそこまで離れてない」
私の視界には何もない平原が広がっているが、イストはまるで見てきたかのようにそう言いのける。
「数はどれくらいか分かる?あとできれば巣の規模も把握したい」
「……一番近いところで十数匹の集団、後は同じ規模が別方向に三つだな。巣の方は……詳細までは分からないが、ざっくり百匹以上は残ってる」
「…………なるほどね、そこそこの規模の巣って訳か。まあ、最悪の状況でないだけ良しとしよう」
イストからもたらされる情報を基にこれからどう動くかを頭の中で組み立てていく。
情報が間違っている……なんて事は一切考えない。
そもそも、彼を雇った理由の大半はこの凄まじい索敵能力にこそあるのに、そこへ疑いを持ったら意味がないだろう。
彼……イストの特異な能力とは異常といえるまでの聴覚だ。
ただ音を拾うだけではなく、情報として処理し、視覚から得るものとなんら遜色のない精度で状況を把握できる。
これだけ聞くと凄まじく便利な能力だが、イスト曰く、制御が利かず、普段から耳に栓をしていなければまともに生活を送れないらしい。
無論、そこまでの代償を負う能力故に当然、絶大……疑う余地なんて微塵もなかった。
「で、どうする?奇襲は掛けられるが、最初の集団を倒している内に他が集まってくるだろうな」
「…………いや、それでいこう。むしろその方が好都合だ」
わざわざ集まってくれるのならそれを利用しない手はない。
鞄の中から今回の討伐のために用意したとあるものを取り出した私はイストに目配せをしてからその準備へ取り掛かった。




