第200話 拭えない涙と身勝手な旅立ち
――――また私のせいで人が死んだ。
部屋に駆け込み、鍵をかけて布団に飛び込んだ私の脳裏に浮かんだのはその一言だった。
閉鎖的な集落で周りとの違いから外の世界を夢見た結果、お姉ちゃんが得体のしれない何かの依り代になった。
二級魔法使いへの昇格試験で、次こそ実力を見てもらうと約束したブレリオさんは私を庇って命を落とした。
魔術師への昇格を懸けた特例試験、正々堂々とぶつかりあったグロウさんは私との戦いを経て国の闇を知り、追及して呑み込まれ、変わり果てた姿になった彼を自らの手で討伐した。
そして今回、言いつけを破って集落に戻った私を助けるためにアライアさんが犠牲になった。
私に関わった人は死ぬんじゃないか……そんな考えが頭を過る。
もちろん、ブレリオさんを殺したのは死遊の魔女だし、グロウさんを化け物に変えたのはあの国の闇で私じゃない。
けれど、私がもっと強ければ違う結果になったのではないかとどうしても思ってしまう。
それにお姉ちゃんとアライアさんを殺したのは私の身勝手さだ。
外への想いを捨てて、おとなしく暮らしていれば今もお姉ちゃんと一緒に過ごせていただろうし、きちんと言いつけを守っていればアライアさんは死なず、みんなと変わらない日常を送っていたと思う。
でも、私は自身の想いを優先させ、結果としてその全てを壊してしまった。
失われた命も、壊してしまった関係も、もう元には戻らない。
いっそこの命で償えるのなら……そう思って死にたくなるけれど、今、死ぬわけにはいかない。
ここで死を選んでしまえば、アライアさんが何のために命を懸けてまで私を逃がしたのか、という話になってしまう。
だから私は生かされた責任を取らなければならない。
その責任の取り方が正解なのかは分からないけど、ただ立ち止まって泣くだけなんて許されない。
たとえ、それが間違っていようと、私は全てを犠牲にして望みを叶える。
そうでもしなければ背負った命の重さで潰れてしまいそうだから。
「――――もうここにはいられない。どれだけ時間が掛かっても、どんな手段を使っても、お姉ちゃんを助ける…………私にはそれしか……残ってないから…………」
自分に言い聞かせるよう呟き、拳を握る。
私にはその資格がないって分かってる……でも、今だけは……これで最後にするから…………
心の中で誰に向けたものでもない言い訳を浮かべながら私は必死に声を抑えて枕を濡らした。
どれくらい経ったのかは分からないけど、気が付けば辺りが暗くなっていた。
たぶん、途中で眠ってしまったのだろう。
拠点の中は静まり返っていて、まるで私しかいないのではないかと錯覚しそうになる。
……レイズさんが気を使ってくれたのかな。
あんな事があったのに部屋に逃げ込んだ私がこの時間まで眠りこけていられたのはおそらく誰かがみんなを止めてくれたからだ。
そしてサーニャやトーラスはもちろん、ノルンとウィルソンでさえ、冷静ではいられなかったあの状況で私を気遣う事ができるのはレイズだけ。
今の私にはみんなに合わせる顔も、話す言葉も見つからない状態だから素直にその気遣いはありがたかった。
「……今の内に荷物をまとめよう…………必要なものだけを集めて――――」
起き上がり、身体を動かそうするが、全身が気怠く、思ったように動かない。
これは身体の問題ではなく、精神的な問題……今すぐ治るようなものではないし、どうしようもないからと、無理矢理、動き始める。
誰にも気付かれないよう音を立てずに荷造りを進めていく。
思ってたよりも物が少ない…………それもそっか……私、ほとんど書庫に籠るか、修行してるか、だったから…………
この部屋……というより、この拠点で過ごした時間は集落で暮らしていた時と比べればそんなに長くはない。
けれど、変化のない集落の暮らしとは違って、短いながらも様々な出会いや色々な出来事の起きた外の世界での日々は私の中でとても色濃い時間だったと思う。
「これで準備は終わり……………………行こう」
最低限の家具以外がなくなった部屋を見つめていると、過ごしてきた日々の思い出が込み上げてくる。
でも、思い出に浸る権利も、後ろ髪を引かれて立ち止まる資格もない。
私は戸に手をかけて静かに部屋を出ると、そのまま誰もいない廊下を進み、外へと出る。
やはりというべきか、日は完全に沈んで空は真っ暗になっており、空から僅かに差し込む光だけが、辺りを照らしていた。
「――――行くのか?ルーコ」
突然声を掛けられて振り向いた先には建物の壁に寄り掛かって腕を組むレイズの姿があった。
「…………どこに、とも、どうして、とも聞かないんですね」
「ハッ、俺はこれでもお前の師匠だぞ?そんな事は聞くまでもない」
口調こそいつものようなものだが、その声は小さく、どこか寂しげにも聞こえる。
「止めるつもりですか?」
「…………いいや、俺にはお前を止める理由もつもりもない。どちらかといえば見届けと餞別を渡すために待っていたってところだ。ほら」
肩を竦めたレイズはそう言って何かをこちらへ投げ渡してきた。
「――――っ――――っ!」
投げ渡されたのは全身をぐるぐる巻きにされた黒毛玉……死遊の魔女ガリストの成れの果てだった。
「……どうして私にこれを?」
「お前の目的には必要だろ?契約先はその封を解いた者に代わる……煮るなり焼くなり好きにしろ」
それだけ言うとレイズはさっさといけと言わんばかりに手をひらひら振る。
「レイズ……さん……」
「……他の連中がどうだかは知らないが、どんな道を進もうと俺はお前の師匠だ。それだけは忘れるな」
「…………はい」
ありがとうございます、と出そうになった言葉を呑み込み、溢れそうになる涙を堪えて私は箒を取り出す。
ここで振り返ればきっと私は泣きついてしまう。
たぶん、それでもレイズは何も言わずに受け入れてくれるだろうけど、それじゃあ駄目だ。
泣いて、甘えて、許される……そんなのは私が、私自身が許さない……ううん、許せない。
だから私は振り返らない。
レイズにも……パーティの皆にも言わなくちゃならない事、言うべき事があるのに私は何も言わずに去ろうとしている……そんなのは分かっている。
でも、それでも、私はこのままここを出ていく。
伝えるのが怖いから、なあなあで許されてしまうのが怖ろしいから、逃げるためにたった一つの目的に縋ってここを去る。
胸に残る苦しさや罪悪感はこの先もきっと消えない。
身勝手で恩知らず……自分可愛さに逃げ出す私をどうか……どうか――――――――許さないでください。
ここまでご覧くださり、ありがとうございます。
このお話……200話を持ちまして、第四章の本編は最後となります。
物語を書き始めた当初の構想でこの展開を思い描き、いつの間にか三年の月日が経っていました。
ここに辿り着くまで随分と寄り道をしたり、プロットにない方向へお話が膨らんだりと、紆余曲折ありましたが、どうにか当初、思い描いた区切りの地点までくる事ができました。
これも偏に読んでくださる読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
この後、幕間を挟んでから新章を始める予定です。
もしよろしければこのお話が良かった、このキャラクターが好き、ルーコちゃん可愛い!など、一言でも構いませんので感想を頂けると、嬉しく思います。
ではでは、最後にもう一度、ここまでルーコちゃんの物語にお付き合いくださり、ありがとうございました!
これからも彼女の物語をどうかよろしくお願いします。




