第199話 背負うべき罪と仲間の意味
「――――嘘…………アライアさんが……死んだ?」
全員が集まったところでレイズの口から語られた事実にパーティの皆が目を見開き、サーニャが呆然と呟く。
パーティのリーダーであるアライアの死。
それに対して皆の反応は突然の訃報に衝撃を受けたというより、あまりの事に理解が追い付かず、呑み込めていないように見えた。
「……質の悪い冗談って訳じゃないのよね?もしそうなら――――」
「冗談でこんな事を言うと思うか?信じる信じないは勝手だが、全部事実だ。アライアの奴は神を名乗る化け物を相手に俺達を逃がすべく一人残った。命を代償にする力を使って、な」
ノルンの淡い期待をばっさり切り捨てたレイズの言葉に場の空気がより一層重くなる。
「…………なったばかりとはいえ嬢ちゃんも魔女だ。魔女が三人いて逃げるのがやっとの化け物がいるなんて信じ難いが……まあ、事実なんだろうな。らしいっちゃらしいか」
大きくため息を吐き、頭を掻きながら空を見上げるウィルソン。
この中では一番、アライアと過ごした時間が長いであろう彼の胸中を察する事なんて私にはできないが、それでも大切な人を失った喪失感は嫌という程知っている。
それでもウィルソンが……いや、パーティの皆が涙を流さないのはまだ実感が沸かないからだと思っていたけれど、冒険者という命の危険を伴う仕事をしている以上、少なからず覚悟をしていたのかもしれない。
「…………正直、アライアさんが死んだなんて信じられないのが本音だ。あの人はどんな危機だって余裕の笑みで乗り越えてきた……だから…………いや、それは俺の勝手な願望か」
力のない自嘲の笑みを浮かべたトーラスがそのまま地面に座り込んで俯く。
普段の様子からは想像もできない姿を見せるトーラス。それだけ彼にとってアライアが大事な存在なのだろう。
そんな存在をトーラスから……皆から奪ってしまった。アライアの死を悼む姿を前に私の心にその事実が重く圧し掛かる。
「…………アライアさんが死んだなんて信じない……きっと今も助けを待ってる……いかなきゃ」
虚ろな目をしたサーニャが譫言のように呟きながらふらふらと外の方へと歩き出した。
「どこに行くつもりだ?アライアは死んだ。それは紛れもない事実――――」
「ッだから信じないって言ってるでしょ!どいて!早くアライアさんを助けに行かないといけないんだから!!」
誰がどう見ても正気とは思えない様子にレイズが肩に手をかけて止めるが、サーニャはそれを振り払い、凄まじい剣幕で叫び怒鳴る。
これまで一緒に過ごしてきた中でサーニャのあんな表情は見た事がなかった。
「……無駄だ。あの化け物に勝っていたとしても、戦いが終わればアライアは消滅する……それに、だ。仮に助けに行ったとして、足手纏いにすらなれない実力で何ができる?」
「ッ…………それは……でも……!!」
「あれから一晩は経った。もう戦いは終わっているだろうな。だから今から向かったところで何の意味もない……はっきり言ってやろう。お前のそれはただある筈のない希望に縋っているだけだ」
反論しようとするサーニャの言葉すら叩き潰すように冷たい現実を突きつけるレイズ。
その苛烈な振る舞いはまるでわざと嫌われ、自分へ憎しみの矛先が向くよう仕向けている風にも見える。
「……みんながみんな貴女みたいに割り切れる訳じゃないのよ。それにどうしてわざわざそんな物言いを」
「俺は事実を言ったまでだ。止めなければコイツは本当に向かおうとする。ならその希望がまやかしだと教えるべきだろ。別に死を悼むなとは言わないが、アライアはもういない。今後、パーティをどうするかも決める必要もある……いつまでも俯いてばかりはいられない」
ノルンの疑問を遮り、レイズは正論をぶつける。
突き放すような態度、下手をすれば感情のままに殴りかかられてもおかしくないレイズの言動はあまりにも露骨だ。
ここまでくると、やはりレイズには何かしらの意図があるのだろう。
「…………そりゃそうだけどよ。今、訃報を聞いたばかりでそれを呑み込めてすらいないんだ。今日の今日で決める事でもねぇし、少しは――――」
いつもの調子とは違い、ほんの僅かに怒気の込もった声を出すウィルソンだったが、言葉を言い終えるよりも先に現実を突きつけられ、呆然としていたサーニャがゆらりと動き出した。
「…………どうして…………なんで…………だれが…………だれの……せいで……わたし……だれ……を」
ぶつぶつと呟きながら視線を彷徨わせたサーニャはやがて一つの結論を導き出し、ある一点へと辿り着く。
「サーニャ?」
ただならぬ様子にウィルソンが声を掛けようとしたその時、ばっと顔を上げたサーニャが杖を取り出し、辿り着いた視線の先…………私の方へとそれを向けた。
「あな……たの……おまえの……せい…………かえ……して……アライアさんを……返してっ!!」
激情と共に叫び、魔法を放つサーニャ。
あまりに突然の出来事を前にして近くにいたウィルソンやノルンだけでなく、レイズでさえも反応が遅れ、私はただ為すがままに飛んでくる魔法を受け入れようとしていた。
……アライアさんを殺したのは私の行動の結果……ならこれは受けるべき罰だ…………なら――――
ただただ怒りに任せて放たれた無詠唱の魔法とはいえ、無防備なまま食らえば怪我じゃ済まない。
けれど、アライアを殺してしまったという罪悪感が防ぐこともかわす事も許さず、ぼうっとただ飛んでくる魔法を見つめた。
「――――ッ!!」
サーニャの凶行に驚き、誰もが動けない中で唯一、反応したトーラスが魔法の間に割り込み、腕を交差させてそれを防いだ。
「トー……ラス……さん……どうして……?」
口から洩れる疑問はどうして反応できたのか……ではなく、どうして私なんかを庇ったのかというもの。
トーラスからしても私はアライアさんを死に追いやった憎むべき相手のはずだ。
これまで一緒に過ごしてきた中で多少なり、情が沸いていようとアライアの死を前にすればそんなものは吹き飛んでしまう程度のものでしかない。
だから私にはトーラスの行動の意味が本当に分からなかった。
「っ……サーニャ。今のは仲間に向ける魔法の威力じゃないだろ」
私の疑問に答えることなく、トーラスはサーニャに視線を向けてそう言及する。
「……どうして庇うの?アライアさんはその子のせいで……その子が勝手に抜け出さなければ――――」
「だからルーコが悪いとでも言うつもりか?確かに勝手な行動の結果がアライアさんの死に繋がっているのかもしれない……だが、こいつが殺したわけでもなければ、元凶だって別にいる……ルーコを攻撃するのは違うだろ」
「ッそれは…………お兄ちゃんにとってアライアさんはその程度の存在だったの?目の前に死ぬ一因を作った相手がいるのに何もしないどころか庇うなんて……信じられない」
「……お前のそれはただの八つ当たりだ。ルーコを傷つけたところでアライアさんは返ってこない。それにあの人がこんな事を望むと思っているのか?」
サーニャからぶつけられる言葉に対してトーラスが苦しそうな表情を浮かべながらも返す。
あくまで冷静に努めようとするトーラスと今にも二発目の魔法を放ちそうな勢いのサーニャ。
こうなってしまった要因は間違いなく私だ。
意図していなくても、ここにいるだけで皆を傷つけるのなら私は――――
「……煩い……煩い煩い煩い煩い!最初は認めないとか言ってた癖に!こんな時ばっかり……なら今度は私が認めない!アライアさんを死に追いやったこの子を仲間だなんて!!」
「ッ……この分からず屋が!!」
サーニャとトーラスの衝突は最早、喧嘩なんて生易しいものではなく、本気の殺意が込められた衝突が始まろうとしたその瞬間、ここまで見ているだけだったレイズ達が止めに入り、寸前のところで二人を取り押さえる。
「離して!私はアライアさんの敵を――――」
「っ頭を冷やしなさい!ルーコちゃんは仲間でしょ!」
「どけノルン。ここまで頭に血が上っている以上、こうした方が早い」
ノルンに羽交い締めされてなお、暴れるサーニャの鳩尾目掛けてレイズが一撃を見舞い、その意識を刈り取った。
「…………ウィルソン、もう大丈夫だ。サーニャが気絶したなら俺が動く理由もない。離してくれ」
「トーラス…………」
気を失ったサーニャを見つめて俯き、トーラスは力なく首を振り、ウィルソンがゆっくりと手を離す。
「……サーニャの奴は混乱していただけだ。本気であんな事を思ってる訳じゃない。だからルーコ――――」
「っ……」
トーラスが何かを言おうとしたのは分かったけれど、これ以上、この場にいる事に耐えられなくなった私はそれに答える事なく、立ち上がって駆け出し、自分の部屋へと走った。




